【朗読用台本】ビーアヘッド・ゲームウィンドウ

“ビーアヘッド・ゲームウィンドウ “
 
ジャンル:朗読 人間ドラマ
 
こちらは朗読を想定した台本になります。
よろしければお読みいただけると幸いです。
 
◆内容
クルミはイヤな仕事のストレスをネットゲーム「ポプステ」で発散していた。
それなりの順調な日々。それはとある出来事によって簡単に崩れ落ちた。
 
◆登場人物
クルミ:仕事に疲れる入社二年目の女性。趣味はネットゲーム。
 
・声劇・朗読等で使用される際は作者名をどこかに表記またはどこかでご紹介下さい。作者への連絡は不要です。
・性別・人数・セリフの内容等変更可です。また演者様の性別は問いません。
・自作発言はセリフの変更後でもお止めください。
・アドリブ可。好きに演じて下さいませ。

(以下本文)
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現実はクソゲーである。誰かが言った。それは間違いである。

現実は、無理ゲーである。

いくら勉強をしたところで、会社に居座る害悪もとい他人の粗探し発見器の前では何の意味もない。

奴らに目をつけられれば最後、重箱の隅どころか裏までつつくハゲタカ。しつこいったらありゃしない

立場と実績を盾に持つ兵隊どもに通る剣や槍などは、社内のコンビニや近場のドラックストアには売っておらず、よって出る杭は大人しく打たれ続けるのであった

あわれ、クルミ24歳入社2年目

だが私は彼らとの戦い方を知っている。奴ら兵隊との対応法、それは逃げることだ

極力関わらない。可能な限り接しない。何か言われたらひらりとかわす。

野心は持たない。なんとなく過ごせばいい。ごまかせばいい。これ人生の鉄則

ただ、それでもやはりストレスは溜まる。社会人だもの、会社勤めだもの。そんな時、私ならこれだ

「ポップステップ・ダンジョンズ」通称ポプステ

いわゆるソシャゲ、ネットゲームというやつだ。家に帰ってご飯食べてお風呂入って着替えて、一通り済ませた後はPCの前に座りカチっと電源を入れる

黒い液晶画面が私の顔を映すのを忘れると、私のお気に入りのサマトキ様の壁紙が睨んでくれる。そんなに見つめないで、キュンキュンするから

ああっと、これはこれでいいんだけど、今日は違う方だ。ポプステの世界に入らないと、私はストレスの重力に従ってしまう

ポプステはPCやスマホで出来る、簡単なロールプレイングゲームだ。

可愛い2頭身のキャラクターを操作して、クエスト、つまりお使いを受けて、アイテムを拾いに行ったり、魔物を倒したり、ダンジョンに潜ったり

簡単で単純な作業しかないのだけど、これがいい。「簡単」な作業で「難なく」仕事が達成できるのがいい

私はこの1年、ポプステの世界にどっぷりだった。最初は動画サイトの広告をみて、暇つぶし程度にはいいか、と思って始めたのだが、これが私の心を射抜く

今までゲームなんてしてこなかった私だが、マスコットのようなマイキャラがピコピコクルクルと、あざとくも可愛く動く様は当時の荒んだ私を癒してくれた

そして、ゲームには現実がいない

そう、ここはゲームの世界で、現実の世界とは入り混じらない。それが一番の魅力だ

資料作ってマニュアル作ってコピーして、いやここは違うもっと見やすく要点をまとめて、これはこうだって最初から分からない?

それがゲームでは右クリック・左クリック・ダブルクリックで事が済む。実に簡単。素晴らしい

ゲーム最高!世の中のゲーム依存症達の心が分かる。ずっとこの非現実に住んでいたい、と思う私は末期かもしれない

今夜も、そうやって現実逃避を楽しんでいた

しかし、今日は予想外にも、イレギュラーが発生した

ギルドメンバー、分かりやすく言うと、いつも遊んでいる友達に

「ラインを交換しませんか」

と、誘われてしまったのだ

結局「考えとく」みたいなノリでその場を凌いだ。

いつもパーティーを組んで遊んでいたトンボキリ君(名前)とは、よくチャットで雑談していた

話題に出るのは会社の愚痴とか、愚痴とか…それ以外思い当たらない。話題が貧相なうえ人が離れていく内容だ。反省しよう

でもトンボキリ君はうんうんと聞いてくれて、促してくれて、聞き上手だった。見習いたい

とてもいい人だと思う。こんな毒にも薬にもならない、というか、もはや毒寄りの話を聞いてくれるのだ。満面の笑顔アイコンで

でも、ラインの交換となると話は別だ。ラインはいわば現実側のもの

私にとってゲームは非現実・空想世界。決して現実と混ざってはいけないのだ。

そう、現実と非現実。この境目は絶対に超えてはならない。どちらかが溢れたら最後、私は自分を保てなくなるだろう

ごめんよトンボキリ君。今度レアアイテム贈るから許してくれ

そんな夜を越えて次の朝。私は現実で満員電車に詰められる。こういう時、スマホを見るのはやめてほしい。肘が当たるから

それでなくても、昨日優しい人の誘いを断ったことで、罪悪感がちらつくのに、これ以上気分の照明を暗くしないでくれないか

ここまでして、今から向かう場所に価値はあるのか。いや、無い。ハッキリ

でも、行かなきゃいけない。価値の無いあのアナグラは、それでも給料は捻出してくれるのだ。金銭というエビで釣られる鯛とはまさに私の事である

何度、溜息を口の中に生み続ければいいのか。電車のドアが開いたので、人の濁流に乗って改札を出るとしよう

色々あって色々過ぎて、夕刻の帰宅。うちの会社の数少ない良い所は、定時もしくはその近辺の時間に、会社の門から私を吐き出してくれるところだ

だが、気分は最悪。就業中はとことんミスをしまくり、面倒な上司に睨まれ続けた。ワザとじゃないんだよ、こっちは

泣きっ面に蜂。気分が落ち気味の時にこんな追い打ちはないだろう。私は涙をぐっとこらえてキーボードを叩く羽目になった

こんな日はやはり、ポプステの世界にダイブしないと、私はもたない。

もう一つの世界、もう一人の私。ちょっとの事で一喜一憂できて、ギルメンとの他愛ない会話に花咲かせて

いつも通りデスクトップのショートカットアイコンをダブルクリックして、タイトル画面を起こす

スライムみたいなぷにぷにした字体と、元気な女の子のタイトルコール。ワクワクさせてくれる演出だ

いつも通りセーブデータをダウンロードして、ポプステの始まりの街にたどり着く

トンボキリ君がいた。昨日の事はどこ吹く風で、一緒にクエストに行こうと誘ってくれている。ありがたい。彼とはとても仲良しだから、これで嫌われたらどうしようとか考えちゃった

いつも通りに、いらないアイテムを売って装備を整えて、それでいざダンジョンに、という時に

「そういえばポプステ、サービス終了するらしいよ」

トンボキリ君のチャットが飛んできた。思わず、え?と聞き返しの文を返す

「あれ?お知らせ読んでなかったの?サ終するんだよ。来月の末に」

彼は何ともないように返してのけた。サ終?終わる?この世界が?私の楽園が?

泣きっ面にやってくる蜂は、最後にどデカい針を隠し持っていたようだ。私の心に、穴をあけるバンカーのような

翌朝からなんだか体が重く感じた

いや、そりゃあんまり有名じゃないゲームだし?いつかはこういう日が来るって分かってたけど?

どうしよう。別のゲーム探す?そ、そうだよ、ゲームなんてごまんとあるんだし、別のものを始めればいい

でも、そこにトンボキリ君はいるのかな?

今までと同じように、現実を入れることなく楽しく遊べるのかな。今までと同じように、色んな人とお話できるかな。選んだゲームを、既に会社の人が遊んでたりしないかな

不安は募るばかり。頭の中を回りまわって、壊れた蛇口から漏れる水滴みたいに、私に疑問を落としてくる。

どうしよう。どうしよう。どうしよう。私の中で、ポプステがこんなに大きな存在になってるなんて知らなかった。サ終なんて嘘だって言ってよ

視界から徐々に明るさが抜けていく。暗さが植え付けられていく。私の支え。私を助けてくれるもの。こんなに簡単になくなっちゃうの?

当たり前だが、こんな時でも、仕事は関係なく進められていく。上司の声だってフロアに響く。ああ、うるさい。うるさい。うるさいうるさい。

もう、人にばっか押し付けてないで自分でやれよ!!

…気づくと、フロアはしんと静まり返っていた。え?なん、で?もしかして、私?もしかして今、声に出てた?

…恥ずかしい

とても、とても恥ずかしい。もうやだ。こんなの私じゃない。現実と非現実。境目は絶対守ってなきゃいけないのに

…結局、その後、腹が痛いと言って、逃げるように早退した

帰りの電車の座席で、私はカバンを抱きしめて顔を隠し、我慢できず泣いた

ゲーム如きで、と私も思う。でもだって仕方ないじゃん。1年だよ?1年も一緒にあったのに、それが無くなるなんて

おでこに押し付けた感触はとても無機質で、私を隠すには小さくて、多分周りの人には、私が泣いてるの、バレちゃってるだろうな

なんて恥ずかしい人間なのだろう。もう消えたい。現実から、飛び去りたい

最寄り駅についた私は周りの事など目もくれず、一目散に自宅の玄関へ向かい、食事も入浴も構わずPCの前に座った

それからの私は、憶えていない。ただひたすらに、楽しさも忘れて、虚構を謳歌した

トンボキリがログインしました

私がその通知に気が付いたのは22時頃だった。涙も枯れてヒドい顔をしていた

トンボキリ君はいつものようにクエストのお誘いチャットを送ってきた。それに従って、集合場所である街の噴水前に向かった

いつも通り手を振る動きをして私を呼ぶトンボキリ君を見て、胸の真ん中からこみ上げるものがあった。彼はホントにいつもと変わらない

彼なら、話していいかな。引いたりしないかな。大丈夫だよ、優しいから

そんな甘い考えに後押しされ、私は昨晩から今までの事を打ち明けた

とても恥ずかしい。サ終知って凹んで会社で叫んだ挙句逃げ帰って電車で泣いて、その果てがゲームに没頭。なんてダメ人間だ

チャット文が延々と続く。こんな面白くない文章、トンボキリ君は読んでくれるのかな。いや読んでくれなくてもいい、とにかく吐き出したかった

鼻の奥がツーンとしてきて、キーボードを叩く音に私の嗚咽がゆっくり重なっていった。泣いているのだ。涙は電車で枯らしてきたと思ってたのに。このまま水分不足で死ぬか、私?

情けなさと虚しさを乗せた駄文に返してくるのは、いつもの「うんうん」という簡素な相槌だった

終わり、デス。と、しるし代わりの単語を打って、私の愚痴の波は収まった

終わってみると、なんと自分は恥知らずな事をしているのだと気が付いた。顔が赤くなりそうだ。

短い時間が流れた。10秒、20秒、30秒。トンボキリ君は今返事を打ってくれているのだろうか。それとも、呆れてスルーするだろうか

返ってきた文はとても意外なものだった

「じゃあさ、やっぱり俺とライン交換してよ」

意味が分からなかった。ここに来てライン?どういう事かと聞き返した

「また一緒に遊びたいから」

ここに来て新しい疑問が浮かんだ。何故私なのだろう。こんな私ではなく、もっといい人がいる筈だ

すると、返事はまたもや意外なもので

私と遊んでいると、とても楽しいと、彼は言う。リアクションが面白かったり、ピンチの時は助けてくれたり、楽しいねって言ってくれたり

…していただろうか。覚えがない。私は、ただやりたいことをやりたくて、それをしているだけだ

それがいい、らしい

他には素の私は素敵、とか…言ってたかもしれない…ごにょごにょ

要するに、ポプステが終了しても、私と遊びたいから、ラインを交換したい、という事、らしい

そこまで言われると、とても断りづらい。

ラインを交換すれば、その次は何が続くか分からない。それこそ、リアルで会おう、なんて話も出てくるかもしれない

それは非現実で接している彼を、現実の世界に移す行為だ。歓迎できることじゃない。

でも、トンボキリ君は、私の話を聞いてくれて、私の中でとても仲良くなりたい人になった

彼のお陰で、悲しみが少しだけ減った。ほんの少しだけ。心に溜まった水がカップで掬(すく)われたみたいに、彼の言葉が、ほんの少し、救ってくれた

しゃーない。ラインぐらいなら、いいかな?

なんだか、照れ笑いがでちゃうな

その後

散々悩んだが、出社ことにした

フロアに入ると、やはり私は注目の的で、まあ自分がやったことだし、しょうがないのだが、同僚にチラチラと横目で見られているのを感じる

想定外な事があった。あのうるさい上司が優しかったのだ

後から聞くと、私が叫んでいるのを上層部の人がたまたま見ていて、私の様子が、まるで上司が私を責め立てているように見えたんだという

普段の行いもあってか、パワハラを疑われ、奴は厳重注意を受けたそう

それなら、私の怒鳴り声も無駄じゃなかったのかな?

そして、ラインを交換したトンボキリ君はといえば、今度は直に会おうと誘ってきた。う、やっぱり来た

トンボキリ君ってこんなにグイグイ来るタイプだったの?そ、それは流石に現実と非現実の境目が、その、あの

どうしよう。これってやっぱり、恋とか、付き合うとかそういう話に発展しちゃうのかな。考えすぎ?

ポプステがサービス終了するまで、あと僅か

やっぱり寂しいし、悲しいし、終わってほしくない。でも、現実も非現実もそんなに甘くなくて、私を次のステージに押し出そうとする

現実が無理ゲーなら、非現実は理不尽ゲー。バグやら運営やら何やらで、あるはずのものを、ピタッと、無いものにしてくれやがる

はあ。しょうがない。行ってやるわよ、次のステージ。嫌だけどね

こんな気持ちにさせてくれたのは、何のお陰かな?

これから、何を私の支えにしてやろうか

(終わり)
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