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盲導犬

初春のある日、例年どおり地元の税務署まで確定申告に行った。例年どおり人が多く、行列ができていた。列の前のほうに一人の女性と盲導犬が並んでいる。犬は水色のポーチを背負っていて、そこにはご主人の名前と緊急の場合の電話番号が記入され、大きな字で「お仕事中です」と書いてあった。

盲導犬は主人の傍にぴったり寄り添ったまま進んでいく。狭い場所でも彼女に忠実についていくのだろう。順番がきて税務署の職員が大きな声で彼女に申告書の説明をし、彼女が時折質問する。口を開くたびに盲導犬は彼女を見上げる。彼女が黙って話しを聞いている時は、犬は周囲を眺めている。

狭いブースに一人ずつ税務署の職員がいて、出入り口にはカーテンがかかっている。盲導犬は入り口の内側をふさぐように、門番のようにご主人を守っている。申告の込み入った手続に必要な資料を取りに行くのだろうか、税務署員が席を立って盲導犬に話しかけた。「失礼しますよ。ちょっと通してくれませんか」

犬はちょっと彼女を見てから、体をずらして道をあけた。

盲導犬がとても可愛らしかったので、私は犬の写真を撮ってもいいかご主人に尋ねた。彼女は嬉しそうに犬に言った。「この人もあなたの写真を撮りたいんだってよ。おまえがハンサムだからね」

ぼくが撮った盲導犬

税務署の用事が済んだ帰り道、もう一度あの盲導犬を見かけた。犬は主人を誘導して、道路の花が咲いている側を歩いていった。もう片側の花を植えていないほうには見向きもしない。道を渡るときも、盲導犬はご主人の先に立って、赤信号になると立ち止まり、頭を高く上げて、青になるのを待って渡った。渡り終えると、盲導犬は突然振り返って、ご主人と一緒に今渡ってきたばかりの道に一礼した。 

盲導犬とそのご主人は弱者かもしれないが、感謝のなかで生活しているのだ。先ほど見た盲導犬の穏やかなまなざしを思い出したとき、心が熱くなった。

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