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魚谷選手の九蓮宝燈チャレンジについて

Mリーグ2/14第1試合。セガサミーフェニックス魚谷選手に南1局そして南4局に難易度の高い役満の代表格、九蓮宝燈を狙える手が入りいずれも役満狙いを選択したことが話題になった。

放送対局で果敢に役満を狙うチャレンジ精神を称賛する視聴者がたくさんいた一方、一部では批判の声も上がった。ポイントは以下の2点だろう。

・期待値的に九蓮宝燈狙いは損ではないか?
・シーズン終盤のセミファイナル進出を賭けたゲームで役満狙いは個人プレーに走りすぎではないか?

この件に関して、思うところがあるのでnoteに記事を書いてみます。

南1局の九蓮宝燈チャレンジ

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6巡目に高目の4pを引いてピンフ一通の六万九万待ちテンパイをした場面がこちら。点数状況は上下が離れており、トップ目の松ヶ瀬選手とは23500点差である。ここでの選択は3つある。

・西切りリーチ
・西切りダマ
・七万八万落とし

まず西切りリーチ。出アガリ親満確定でツモって一発か裏で6000オールとなり松ヶ瀬選手をわずかにかわすことができる。特に6m9mが悪そうにも見えない。これが最も一般的な選択だと思われる。

次に西切りダマ。この手を5800点でアガるのは非常にもったいないのだが、松ヶ瀬選手からの直撃かツモ以外あがらないという選択肢を取ることができる。両脇から出たら見逃してツモ切りリーチするという戦略もある。もちろんピンズを引いてきたらテンパイを外してチューレンを狙う。結果ただのメンチンになっても良し。これも有力な一手だろう。

最後に七万八万落としであるが、場に1枚切れの西を引いてきたときにメンホン高目一通の四面張にできる以外のメリットがない。チューレンを狙うにしても、西切りダマと比較するとかなり劣るように思う。しかし実際に魚谷選手が選択したのは七万八万落としだった。その理由を考えると、「六九万ではあがりたくなかった」のだと思われる。相当チューレンを意識した打牌なのは間違いない。

この局面について色々な意見があるが、打牌の優劣に関しては
西切りリーチ > 西切りダマ > 七万八万落とし
という見方が強い。僕も同じ見解である。七万八万落としは損得ではなく役満効率で選択した打牌であり、実力派女流プロと評判の高い魚谷選手がこの選択をしたことにしたとガッカリしたという声も見かけた。

南4局の九蓮宝燈チャレンジ

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2人が箱下でトップ目の松ヶ瀬選手とは23500点差である17100点差で迎えたオーラス。トップ逆転の条件はハネ直・倍ツモ。ここで魚谷選手は役なしテンパイを外し、松本選手の切った六索にチーテンも取らず、12巡目にメンチンテンパイまで辿り着いた。なんとこの手も一索か八索の手替わりでチューレンに変化する。半荘で2回もチューレンが狙える手が入ること自体、奇跡的なことだろう。さて、ここでの選択肢は2つしかない。リーチをするか、しないかだ。

リーチをすればツモって倍満で逆転できる。ダマテンなら、松ヶ瀬選手からの直撃を狙いつつチューレンの変化を待てる。しかしどちらが期待値の高い選択かと言われれば、リーチではないだろうか。なぜならば、直撃できる確率はツモあがりの確率より低いからだ。松ヶ瀬選手のツモ筋に三六索がいる確率と、自分のツモ筋に三六索がいる確率自体は等しい。しかし、松ヶ瀬選手が三六索を引いてきてもそれを河に切るとは限らない。親が六索切っているとはいえ、ハネ直は警戒するはずであり、三六索を使えないテンパイが入っているときしか切ってくれないのではないだろうか。

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実際の魚谷選手はダマテンに構えた。しかしチューレンに変化することはなく、松本選手の切った三索で跳満をあがり、2着のまま試合を終えた。試合後のコメントでは「三六索待ちは薄いと考えていたので見逃すつもりはなく、手替わりしなければどこかのタイミングでリーチをかけてツモ倍狙いに切り替えるつもりだった」と語っている。「視聴者にチューレンを見せたい」という思いと、「トップを目指すべきではないか」という思いの狭間で葛藤があったのではないかと思う。

この選択に関しても、「チームポイントを優先するならリーチ一択だ」「チューレン狙いにしたのなら松本選手からアガるのは中途半端だ」といった批判が見られた。

どちらの場面も下2人との点差が離れており、チューレンを狙うこと自体は許される状況といえる。しかし、それがチームにポイントを持って帰るための最善手だったかというと、やはり疑問が残るといわざるをえない。チューレンをあがるために損な選択を選んだという腕達者な麻雀プレイヤーたちの評価は僕も正しいと思う。

しかしである。ここまで書いておいた上で、それでも魚谷さんのファンの1人として彼女の選択を擁護したい。2回の九蓮宝燈チャレンジは本当に間違っているのだろうか?

役満の価値は

魚谷選手は試合後のインタビューで、「九蓮宝燈は役満の中でも特別なものだと思うので、どうしても狙いたかった」と語った。ほとんどの役満を制覇したベテラン雀士の中には失笑される方もいらっしゃるだろうが、役満は麻雀の華であり、殊に放送対局においてはルール上設定されている点数の何倍もの付加価値があるというのはまったく正しい価値観であり、否定できるものではないだろう。

YouTubeにアップロードされているMリーグの公式動画を再生数順に表示すると黒沢咲の四暗刻単騎を筆頭に役満アガリがずらりと並ぶ。かつて小島武夫がモンド名人戦であがった九蓮宝燈は800万回以上再生されている。

今期、Mリーグでは役満がまだ出ていない。その第1号がチューレンなら、盛り上がるのは間違いないし、ずっと先まで語り継がれる可能性が高い。来期のCMに使わるのもほぼ確実だろう。視聴者だけでなく、スポンサーも役満を待ち望んでいる。Mリーグは現在最も多くの人が見る麻雀対局であり、麻雀のルールも正確に把握できていない視聴者もいる。ライトな麻雀層に、一番わかりやすく訴求できる手段、それが役満なのだ。

Mリーグ全体の盛り上げのために役満を狙う、それは本当に批判されるような行為なのか?Mリーガーの使命は麻雀の楽しさ・素晴らしさを世に広めることではなかったのか。にもかかわらず、多くのMリーガーたちは「視聴者に役満を見せてあげたい」という心の余裕すらなくなっているのではないか。

一部の層からの批判やバッシングを恐れず、九蓮宝燈の夢を追った魚谷選手の勇気ある選択は評価されるべきだと思う。

セガサミーフェニックスというチーム

いくら放送対局に役満に価値があるといっても、セミファイナル進出に向けて混戦となっている状況、終盤の大事な試合でチームポイントを優先せず、個人的な思い(あるいは欲望)でチューレン狙いに走るのはあまりに自己中心的ではないかという批判もある。

「全てのチームが優勝を目指して戦っており、そのために選手ひとりひとりができることのは、できる限り個人のポイントを積み上げ、チームに持って帰ることである。期待値的に最善とは思えない役満狙いはチームプレーに反している!」

まったく正論に思える。ドリブンズやパイレーツなら間違いなくそう考えるだろう。しかし、その考え方がまるで全チームの共通認識であると麻雀ガチ勢のみんなは勘違いしていないだろうか。そもそもセガサミーフェニックスってそんなチームだったっけ?

「セガサミーのドラフト選考基準はよくわかない」

Mリーグファンの間でよく言われることである。Mリーグは2年目で男女混成が義務づけられたが、2019のドラフトでセガサミーは和久津プロを指名した。2020シーズンでセガサミーは最下位に沈み、和久津選手は残念ながら2年目で契約終了になった。次のドラフトは戦力補強をするのかと思いきや、指名したのは当時Eリーグ所属で大きなタイトルも獲得していない東城プロだった。この記事でドラフト指名に関して深く追求はしないが、セガサミーが勝利至上主義のチームでないことは確かである。優勝する確率を上げるだけなら、当然実力・実績のある男子プロを加入するはずなのだから。

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僕はセガサミーフェニックスのサポーターではないのでそれほど内情には明るくないのだけど、試合内容に関しては各選手にいっさいお任せで自由に打って良いらしい。もちろんセガサミーの選手だって他のチーム同様に優勝を目指して必死で麻雀を打っていることに変わりはないだろう。

しかし、セガサミーフェニックスは「ユーザーに感動体験を届ける」「チームの象徴である不死鳥のように不屈の精神で戦う」といった理念を麻雀を通して表現することも、勝つことと同じくらい価値のあることと考えているのではないだろうか。

彼女が他のチームの所属であるなら話は変わってくるかもしれないが、「魚谷選手の九蓮宝燈狙いはチームプレーの精神に反した自分勝手な行為である」という批判は正しいようで、的外れに思えてならない。そう考えるMリーグファンは間違いなく別のチームのサポーターになるだろう。セガサミーフェニックスのサポーターでこの選択に失望する人はほとんどいないのではないだろうか。だってセガサミーフェニックスはエンタメ路線のチームなのだから。

魚谷選手は期待値を常に追っているのか

今まで魚谷選手の雀力を評価してきた人の間でも、今回の選択に失望したという人は少なからずいるようである。実は僕も役満にそれほど強い思い入れはないし、むしろシビアに打ってMリーグで今以上に勝ってほしいという気持ちはちょっとある。本当はね。

ただ、魚谷選手がデジタル派の雀士であることは広く知られているが、彼女は必ずしも期待値を追って麻雀を打っているわけではない。

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これはFocusMという対局で実際にあった牌姿である。ちなみに東は1枚切れ。魚谷さんがここから切った牌はなんと三索だった。「この手をメンホン三暗刻なんかであがりたくない」と対局後に語った。もちろん小四喜狙いで、それが駄目でも四暗刻!という一打。九筒は山にいそうな牌だった。この三索切りと、今回の七八万落としはとてもよく似ている。

「人々の記憶に残り続ける麻雀プロになりたい」

それが魚谷さんの麻雀プロとしての究極の目標だ。麻雀で勝つことも、タイトルを数多く獲ることも、彼女にとってその夢を叶えるための手段に過ぎないのだと思う。テレビ対局で役満を狙うことだってそうだし、一部では酷評されたけれども苦しい状況で悪あがきする姿を見せることだって、きっとその夢につながっているのだろう。彼女の麻雀人生に幸あれ。

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