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マンション建替物語 番外編

マンション建替の動機と採算


1.初めに
 
  
 私は多摩ニュータウンの一角、稲城市に住んでいます。ニュータウン地区にできた最初のマンションに1989年に住み始め、30年以上が経過しました。ニュータウンの稲城地区では旧住宅供給公団の所有地もほぼ完売し、漸く街が出来上がった状況です。しかし、最初に開発されたニュータウンの中心地である、永山、多摩センター地区では多くの公団住宅が築後40−50年が経過し、老朽化が目立ち空き家も増えつつあるのではと想像されます。稲城市は開発が遅かった事よりまだ、住民が若く、小さな子供たちも多く活気に満ち溢れていますが、いずれ、他の地域同様な現象が起きるかと不安があります。かかる状況下でも、ニュータウン地域外では未だに山林開発により大規模な住宅地が作られています。この開発を目の前にして、街が活気付くと喜ぶ気にはなりません。隣町の永山地区や多摩センター地区の公団住宅街の後を追い、将来の大規模なゴーストタウンの基礎を築いているだけなのではないかと不安を感じます。一方、都心では、新築マンションの販売が大幅に減少しています。価格の高騰が原因とされていますが、そもそも都心部に住宅用地が少なくなっている事が理由なのではないでしょうか。一方将来的に人口減少による住宅の需要も減少する事は明らかでしょう。かかる状況下では、より良い住環境を創るため、無闇に住宅を増やすのではなく、都内通勤便利地区では老朽化マンションを建替える。郊外では団地の建替により住居の再生だけでなく、余剰空間に企業や商業施設を誘致し、住職接近の環境づくりをすることにより地域の活性化を図る事が大切なのではないでしょうか。 
   マンションの建替は権利者の合意形成が困難で建替の実績も極めて少なく実現は容易では無いと言われています。しかし、最近、都内の団地の建替や都心マンションの建替の記事を目にする事が少し増えてきた様に思えて希望が膨らんで来ました。では、普通のマンション、団地の建替の現実と実現性はどうなのか? 以下、マンション建替の動機と経済的な側面からの建替の実現性につきマンション建替に関わった経験を基に考察して行きたいと思います。

2 . マンション建替の動機について

1)地震対策
 マンション建替の動機として最も大きなものは地震対策では無いかと思います。2011年3月の東日本大震災を経験された1982−3年以前に竣工した旧耐震のマンションに居住されていた多くの方が、地震の恐怖を体験され、地震対策の必要性を実感されたのではないでしょうか。そして多くの管理組合で地震対策が検討されたと思います。その対策として耐震補強、免震改修、建替が考えられます。
① 耐震補強
 アウトフレーム耐震工法では、バルコニーや廊下などの跳ね出し床があって、柱、梁を直接補強する事が困難な建物に向いています。眺望、採光、通風に与える影響は比較的少ない。ただし、耐震性能には限度があり、この工法では対応できない建物もある。

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 アウトフレーム制振工法は、公共の建物(役所、学校等)で最もよく見られる工法であり、制振ブレースが導入され、耐震性のは向上する。しかし、制振ブレースが配置される住戸の眺望、採光、通風に影響が出て、住戸間の不平等性が大きくなる事より合意形成が難しい。また、全体の外観も損なわれ、マンションの資産価値を落とす。ただし、板状建物で、廊下側に制振ブレースを設置できる構造であれば、これらの欠点もある程度回避する事ができる。

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免震改修
 建物の地下を掘り下げ、免震装置を設置する方法で、耐震性能に優れているし、外観への影響は無く、住環境への影響も少ない。ただし、費用も高く、また、耐震補強(7−10ヶ月の工期)に比較し後期も長い(14ヶ月)

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建替
建物はその規模、構造にあった、耐震、制振、免震の3構造から選ぶ事が選ぶ事ができ、性能的には最も安心できる。また、必要となる費用はケースバイケースであるが、費用に比較し完成後の満足感は最も高いと思われる。

2)建物、設備の老朽化
  昔に建てられたマンションでは5階建て以下でエレベータがないマンションが多くあります。高齢化社会においてエレベーターのないマンションは中古市場では需要がなく、いずれ売るに売れなくなる可能性が高いと思われます。また、管理が行き届かず、気がつけば修復に多額の費用がかかると言う老朽化したマンションは中古市場では買い手がなく、負動産になるでしょう。このようなマンションはおそらく、住民が高齢化している、もしくは外部所有者が増え賃貸住戸が多く、管理組合が機能しておらず、マンション再生の主導者がいないと言う問題点があると思われます。しかし、建替を望む動機は下記の様に多いのでは無いかと思われます。
*旧式な設備を一新し快適な住環境を手に入れたい。
*資産価値を高めたい。相続をする時により高い価値のある不動産を残してやりたい。
*転出補償金を貰い新しい生活を始めたい。快適な住居への転居。高齢者施設への入居等。

3)老朽化した団地の活性化
   私の住んでいる多摩ニュータウンでは少々、都心まで通うには時間がかかりますが、住環境が素晴らしく、生活には満足しています。しかし、ニュータウンの中心地である多摩センター、長山地区では、ネットで物件を検索すれば、これらの団地の2ldkや3dkの物件が平米単価10万円程度で売りに出されています。50m2の部屋なら500万円程度です。これらの団地の容積率は50%程度です。50m2の部屋の土地持分は100m2程です。土地の評価は恐らく2千万円以上でしょう。また、建物の外観も写真で見る限りはきちんとメインテナンスがされているようです。それなのに、なぜ土地代の1/4にも満たない価格にまで下がっているのでしょうか?おそらく、高齢化社会にあってエレベーターのないマンションは敬遠されるという非常にシンプルな理由からだと思われます。
 しかし、これらの団地は容積率が50%と非常に恵まれています。つまり、都心並みに400%の容積率を使えば、同じ土地面積に8倍の容積を持つマンションの建設が可能です。もちろん、住居を無闇に増やすのではなく、高層住宅に建替える事により、できた余剰の土地を企業誘致等の地域活性化のために活用する事によりニュータウンの再生が可能になるのではないでしょうか。
 若い人が共稼ぎのため、通勤の便が良い都内へと移り住みます。そして親も子供世帯と近くに住むためにやはり都内への移住すると言う傾向もあるでしょう。しかし、この傾向はいつまでも続くものでしょうか。折しも今世間ではコロナ禍の話題一色です。しかし、その中で、時差出勤で通勤ラッシュの緩和やテレワークの導入と言った働き方改革のきっかけになる様な動きも出て来ました。これらの動きがニュータウンの活性化に繋がればと少し期待を持てるようになりました。

2. マンション建替の経済的側面の考察

1)マンション建替事業の仕組み
 マンションの建替はコスト0で出来ると信じている人達もいるし、それが常識であった時代もあったかも知れません。しかし、それは土地が暴騰したバブル時代の限定された時代の事例だと思われます。通常は容積率に余裕があり、従前の建物2倍以上の大きな建物が建てられると言う恵まれた都心のマンションや行政より多額の補助金が貰えるといった特殊な状況でない限り、無コストで建替を実現する事は困難だと思われます。
 建替事業の仕組みは通常は割増された容積率がある場合、マンションデヴェロッパーを事業協力者として、割増分の専有部分を分譲マンションとして販売し、その収入を建替工事費他の費用に充てます。従い、割増容積率が高くなればなるほど、有利になります。元々容積率の上限以下で建設されていたマンションや総合設計制度などの容積率の割増制度を使った建て替えが可能なマンションに有効です。
 還元率とは従前の占有面積と比較し、追加費用無しで取得できる建替マンションの専有面積の割合の事です。還元率100%とは無コストで建替後のマンションで同じ面積の専有部を取得できる事であり、50%であれば、無コスト取得できる専有面積は従前の半分であり、同じ面積を維持するためには追加費用を払う必要があると言う事です。
(事業の仕組みの図解)

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2)容積率の割増を取得できない場合
 上記から見ると容積率の割増がないと建替は非常に困難であると思われます。しかし、分譲マンションの価格の構成を見れば、 土地代+建築費+販売経費+利益=分譲販売価格となり、
保留床が無く、その分譲販売の必要がなければ、事業パートナーを建設会社とすれば、土地代、販売経費、利益は不要となり、建築費のみで建替マンションを入手できることになります。これら個々の価格要素の占める割合はケースバイケースでしょう。しかし、建替前のマンションがほとんど市場価値がない様な場合でも一般の新築価格の半額程度でマンション建替を実現できる可能性もあります。

3)転出補償金
 マンション建替を推進するにあたり、必ずしも建替マンションの住戸を取得する事が目的とは限りません。転出を選択し、転出補償金を取得すると言う選択もあります。その金額は少なくとも従前資産(マンションの市場評価額)よりも大きくなければ意味がありません。まとまった資金を入手できれば新しい生活の資金になるでしょう。
 尚、転出補償金は円滑化法案に基づく用語であり、等価交換法や敷地売却制度では異なる用語が使われる。

4)地震対策手法のコスト比較
1 .1)で述べた地震対策としての3手法のどれを選択するかはそれぞれの建物の状態、市況、外観等により総合的な判断が必要となるでしょうが、経済的な側面からのみからの判断であれば、下記のような費用の比較が有効であると思います。

耐震補強、免震改修の場合:工事費+大規模修繕費(大規模改修費)
建替          :建替負担金+工事期間中の仮住まい費用(もしくは喪失する家賃)

+大規模修繕費:費用だけでなく、快適さの比較も行うため、不具合の修繕だけでなく、新築同様の快適さを得るため、性能や機能をグレードアップさせる費用(大規模改修費)を見積もる事が必要。また、共用部だけでは無く、専有部のリフォーム費用も見積もるべきである。
+建替負担金:従前と同様の面積を取得するために必要な負担金

5)建替の是非の判断基準

建替費用=従前資産+工事中の住居費(or喪失する家賃)+建替負担金<従後資産

従後資産が建替費用を上回るかどうか?
従前資産:建替前のマンションの売却可能価格 2,000万円と仮定
工事期間中の住居費または賃貸用の部屋の喪失家賃:15万円x36ヶ月と仮定
建替負担金:従前と同じ専有面積を取得するのに必要な費用:1,500万円と仮定
従後資産:建替後のマンションの価格
 以上の仮定に基づけば 建替費用は2,000+15x36+1,500=4,040万円となり、従後資産がこれを上回れば経済的には建替を推進する価値はあると判断できます。しかし、もし、従後資産が6,000万円と仮定すれば、建替後の資産価値が2,000万円程増える事になります。理論的には建替負担金が3,500万円近くかかったとしても建替の価値があると言えますが、負担金が大きくなるとそれだけ負担が出来なくなる所有者が増え、合意形成が困難になるでしょう。
 上記はあくまで経済的側面よりの考察ですが、実際の判断には転居時の環境変化によるストレスや新築マンションに住む事ができる満足感等精神的な側面をも加味して判断することが重要になります。


3 . 建替反対の理由と対策

 円滑化法や敷地売却制度では区分所有者の80%の賛同があれば、建替決議は可能です。しかし、少数であると言え、そのために不幸になる人がいれば建替を進める事はできないでしょう。反対者の分析と対策の検討が重要であると思います。

1)建替資金が無い
 資産を残すべく子供たちがおらず、かつ、年金生活で資金的に余裕がないと言う高齢者は多いと思われます。この様な場合、高齢者は通常の住宅ローンは受けられないが、建替後のマンションを担保とした融資(リバースモーゲージ、リバース60等)を建替負担金、工事期間中の住居費等に充てる事ができます。ただし、これの融資は竣工後のマンションが担保となる為、建替組合がそれまでの期間の融資を行う、上記の融資が実行された段階で返済を受ける等の援助が必要となります。

2)高齢者対策
 高齢者で建替後のマンションに何年住めるかわからない。それなら現在の環境を変えたく無いと言う反対は多いと思われます。その様な人達に建替に賛成してもらうためには親身になった対応が望まれます。
①資産として子供たちの優良不動産を残すと言う動機付。
②高齢者住居に入居するなどより良い生活環境に移るための資金作りとする。(転出補償金)
 東京近郊では熱海や伊豆半島に高齢者用のマンションがたくさん建設されており、新しい生活環境で余生を過ごすのも楽しいのではないか。
③転出補償金を使い、生活の品質・環境を落とさない様な転居先(引越し先)の紹介・斡旋。
④親しい居住者が同じ様に仲間で生活できる様な転居先の斡旋。

3)その他の問題点
①反対の理由ではないが、認知症問題も大きな障害になる。後継人がしっかり決まっていれば問題はないが、身寄りがない場合は揉める元になる。できるだけ早期に事情を把握し、対応策を講じる事が重要。
②所有者が死亡したが、相続人が不明。若しくは相続人が多数に渡り、連絡が取れない等の問題。これも対応に時間がかかる為、早期に実態把握が必要。


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