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ブリリアタワー浜離宮の誕生物語(34)


第三章 マンションの完成を目指して

12. 事業収支の検証と組合員への利益還元

1) 分譲住戸と権利者住戸の建築費の比較

 9. 無償セレクト・有償オプションで述べたように分譲住戸との大きな仕様格差に少なからぬショックを受けた。権利床住戸の仕様を当初の計画以上に落とし、コストを浮かせ、その分、分譲住戸の仕様を上げ、より高額で販売しようとしているのではないかという疑念をもった。そこで2021年10月に理事会でこの疑念をぶつけ、仕様格差は適正範囲内にあるのかどうかを検証しようと提案した。
 その為には権利床と分譲床の建築費の差を検証してみてはどうかとの提案が他の理事からあり、① 階高(5cm−20cm)差による躯体工事費の差額、② 共用部分及び室内の仕様差(壁紙や床の仕様)、③ 住戸内の標準設備・機器の仕様差の三項目に分け工事費の差額を検証することになった。
 これまで東京建物の分譲事業採算の犠牲により事業収支の赤字を解消し、建替推進のピンチを救われた事があった。だから建替組合の役員の間では事業採算に関しては下手に口出しせず、東京建物に任せて置くべきだと言う雰囲気がある。私はこれを東建マジックと密かに呼んでいた。東京建物は信頼できる事業協力者であることは疑わない。しかし、彼らは慈善事業をしているわけでは無く、利益追求が彼らの使命であることを忘れてはならず、お互いの利害を認識しながら適正な距離感で付き合わなければならないと考えていた。
 シティーコンサルタンツがこの建築費の差額を検証してくれた。事業協力者側より自主的に提供されたデータを基に計算されたものであり、また、彼らもその検証のプロでもなく、正確性には多少疑問があったが、途中経過として5億円の差額が見られた。ほぼこの金額に収まるだろうとの見込みと更に詳細を検証するには時間がかかると言うことで一旦この作業は中断された。よく考えれば分譲住戸は専有面積合計では権利床住戸とほぼ同じだが、戸数では30%ほどに過ぎず、権利床は戸数が多い事から各住戸単位の設備費用は安いが総額では逆に高くなるかもしれないと言う考えに至り、建築費の総額を比較しても余り意味がない事に気づいた。
 正直言ってこの5億円と言う金額の評価ができなかった。大き過ぎる差額か、適正か、少ないのか?我々には判断基準がなかったのである。
 しかし、これまで分譲住戸に関しては建替組合には関係ないものと工事や仕様に関して全く議論して来ず、いわばブラックボックスであった。そのブラックボックスを少しでも解明できた事は成果と言える。

 しかし、理事会での議論はそれ以上には活発にはならず、もとより分譲住戸との仕様格差は合意事項であり、分譲住戸の仕様を高め、より高額で販売することにより保留床単価を上げる事ができ、そのおかげで還元率100%が維持できたと言う見方に収まったように見えた。仕様を権利床と同じ品質にすれば、分譲住戸の価格が下がり、保留床単価が下がれば、事業収支は赤字になる。逆に権利床住戸の仕様を上げればコストが掛かりこれまた赤字になるという論理である。
 理事会役員の中では。分譲住戸、権利床住戸との建築費の差も大きすぎるとは言えないとの見方が多いように見えた。

2) 保留床単価の検証

 建築費の差額の検証では糸口を掴めず、違和感の解消はならなかった。上記の理事会での意見、つまり仕様格差は還元率を維持するためのやむない手段であると言う見方は保留床単価が適正であると言う前提により成り立っている。そこで視点を変え、保留床単価が適正かどうかを検証することにした。
 建替実施計画の段階では保留床単価は低すぎると感じていた。ただし、その時点では建築費の見積もりが低いのは明白で、建築費が上がれば、保留床単価を上げて事業収支のバランスをとる前提であった。事実、建築費の上方修正に対し、保留床単価は5万円/坪を上乗せし、455百万円に修正された。従い建築費が最終的に確定するまで保留床単価の検証はできなかった。
 しかし、ある程度、建築費も確定して来ており、大きく事業支出が変更になる可能性は少ないだろうと判断したこと。また、東京建物の社内で、事業計画が最終承認されてからでは保留床単価の変更は困難と判断した事より、2022年1月の理事会で保留床単価の検証を提案した。
 2018年の建替実施計画の時より抱いていた保留床単価の疑問を納得できる形で明らかにしない限り私の中で建替事業は完了できなかった。

 下表を作成し、東京建物の分譲事業の粗利を各段階ごとに比較してみた。建替提案時、2017年の建替推進の初期と比較すれば、実施計画案、2021年の見直し時点のいずれよりも大幅に粗利が増加している。従い、粗利の減少要因となる保留床単価の上昇の余地は十分にある事は明白である。(粗利=分譲価格ー保留床単価。つまり、保留床単価=分譲価格ー粗利と言う関係にある)

分譲事業の粗利

 建替提案の粗利は108万円/坪(分譲単価528万円−保留床単価420万円)、粗利率は20.45%(108/528万円)であった。検証時は分譲販売価格が573.3万円に、粗利額は118.3百万円/坪に、粗利率は20.63%になっていた。では、建替提案の条件と比較して分譲価格が573.3百万円になった場合の適正なる保留床単価はいくらになるべきか?下記のように想定した。
a)粗利は定額108万円/坪の維持を条件とする場合
 保留床単価は465.3万円/坪となる。
 組合収支は約2.62億円の増収となり、本来は権利床の仕様の向上のために使われなければならなかったと考えられる。もし、仕様の変更をしないなら事業収支の黒字分は権利者に還元されなければならない。
b)粗利率の維持を条件とする場合。
 保留床単価は456万円(粗利率20.45%)〜458.6万円(粗利率20%)が適正水準であると判断される。
 現在設定されている保留床単価は適正価格に近いとは言え、1−4万円の上方修正は必要で、最低でも25百万円以上の事業収支の改善になる。

 しかし、粗利は定額か定率のどちらで決定されるべきなのかは素人にはわからず、事業協力者の専門家としての意見も聞きながら理事会で議論し、的確な粗利=保留床単価を検証・確定する事を理事会に提議した。
 常識的には粗利率が適用され、最悪の場合、保留床単価の改善は1万円/坪で、26百万円の事業収支の赤字解消がせいぜいだろうと覚悟はしていた。(当時の事業収支見通しは予備費はほとんど使われておらず、これを取り崩せば26百万円程度の赤字に収まっていた。)
 しかしながら、理事会では私の提案に対して前向きな意見も出ず、討議は進まなかった。理事会の役員達が本件に興味が無いはずはないと思うのだが、私の理論・提案がよく理解できなかったのだろうか?仕方なく、本件は継続審議とし、更に建築費等の支出が確定する時期まで待つことになった。
 シティーコンサルタンツよりは「理事長である私と意思疎通をより密に行い、整理すべき項目を洗い出した上であらためて理事会にて協議して行く」との提案があった。

 理事会はコロナ禍でZOOMによるWEB会議で行われていた。理事・監事の半数は音声のみの参加で表情を読み取る事ができず、議論が進まない時は全員が何を考えているか全く読めない。また、以前は理事会の後に有志で昼食会を持ち、そこでは本音の意見交換ができていた。WEB会議ではそれも不可能である。オンライン会議はかかる複雑な議題の討議には向いていない様だ。

3) 東京建物との協議

 理事会で本件が議論にならなかったことに失望していた。やはり東建マジックの威力かなと思った。2022年前半は3月の臨時総会、5月の総会と前半はその準備に追われたが、少し余裕のできた7月に東京建物から本件につき私と個別に話をしたいとの申し出があった。事業協力者側の思惑はよくわからなかったが、シティーコンサルタンツが本件の審議時に表明した「今後の進め方については理事長と論点整理をした上で、理事会に計る」と言う方針に基づく面談と了解した。

(1)意見交換

 しかし、東京建物の面談の目的は私の保留床単価の見直し提案は事業協力者として受け入れられない事を私に説得することだったとわかった。理由は私が危惧していた様に、既に事業採算が社内の承認を受けており、今から保留床単価(つまり東京建物の分譲事業における仕入れ価格)の変更は不可能ということであった。もし、建替組合として保留床単価の変更を要求するなら法的な手段で解決するしか方法はないとまで言われた。しかし、私は論理の正しさには自信があったので、法的手段により第三者の意見を聞いて判断するのも公平な方法で良いのではとの意見を述べた。そうなったとしても東京建物の担当者と喧嘩をしようとするのではなく、お互いの信頼関係は変わらないと思っていた。
 第一回目の面談はお互いの立場、覚悟を示しただけに終わった。東京建物はこれまで還元率100%が建替組合の最終目標と考えていた節がある。実際に建替組合の役員の殆どがそう思っていたと思う。従い、私のこれまでの提議が心外で煩わしいものに映った様だ。しかし、東京建物も私の主張は理解し、現状で何ができるか検討することを約束してくれた。

(2) 組合保留床の売却にあたり

 2022年秋ごろには、11. 建替組合保留床の販売で述べたように、組合保留床の販売の議論も本格化していた。理事会では組合保留床の販売利益はまずは事業収支の赤字補填に使われると考えられていた。赤字を埋められなくても、不足分は東京建物が埋めてくれるから組合にとっては同じ事であり、組合保留床販売に熱が入らなかった。そこで、私は理事会で、組合保留床の販売益は全額を組合員に還元できる様、東京建物には販売前に26百万円の赤字を負担してくれる様求めた。もちろん、東京建物よりは簡単には了承は得られなかった。
 10月に東京建物と再度、面談を持った結果、東京建物が上記26百万円の赤字を補填し、組合保留床の売却益は全額を組合員に還元することに合意した。ただし、事業収支における保留床単価を上げる事は約束せず、その補填の方法は東京建物が検討することになった。社内的には保留床単価の変更は認められていないためと推測し、深くは追及しなかった。大切なのは結果である。
 理事会では東京建物よりその旨の報告があり、理事会で承認されたが、やはり26百万円の赤字補填の方法は示されず、もやもや感は残った。しかし、事業収支の上ではこの赤字補填は実質的に保留床単価を1万円あげる事になり、粗利率を20.45%に修正される。これで保留床単価の検証において最低限の要求は満たされた事になる。
 ただし、当時の消費税還付金等の未確定の収入の見通しはかなり少なめに見積もられている印象を持っていた。従い、これらの収入が見通しと比較し増収となった場合、それが赤字補填に使われ無いように予防線を張り、増収分は全額を組合員に還元できる様交渉し下記を認めさせた。東京建物も、これまでの話の筋道からこれらの条件を飲まざるを得なかった。
① 2022年の東京建物の分譲時には販売単価は坪平均600万円を超えていた。しかし、2018年の建替実施計画の分譲単価573.3百万円は東京建物が価格下落リスクを取って決定したものであり、これを尊重し、事業収支上の分譲価格の変更は求めない(保留床単価はあくまで実施計画案の分譲価格573.3万円を基準にする)。しかし、建替実施計画よりの設計変更が、より高額で分譲販売する目的のためであれば、設計変更に起因する建築費の増加は東京建物が負担する。
② 今後、消費税還付金等、現在の収入予想と比較し、増収があった場合はそれを組合員に還元し、上記の26百万円の穴埋めには使わない。
② 最終的な保留床単価は私が決める事ではなく、理事会にて改めて討議をした上で決定すること。

(3)事業収支の確定

 2023年2月に3回目の面談を持った。下記が東京建物より提案された。理事会で新しい提案の承認を受ける際に不要な紛糾を避けるために、事前に私の意見を聞きたいと言う目的であったようだ。その提案は前回の面談時の合意に基づくものであり、異存はなかった。提案は3月の理事会にて報告、討議の上、承認された。

① 東京建物が23百万円の赤字負担。(前回より赤字が若干減っていた。)組合保留床の販売益52百万円は全額組合員に還元。
② 建替実施計画よりの設計変更に伴う工事費用82百万円を(分譲住戸の質の向上を目的とした工事として)東京建物が負担する。これらの設計変更の多くは理事会で討議され、承認していたものだが、金額については協議されたことはなく、事業収支の支出として算入されていなかった。ただし、消防設備の変更のための工事費は分譲価格とは無関係な建物の基本工事に属するものでこれは建替組合負担とする。
③ 消費税還付金等の収入、予備費、行政による完了検査後の追加工事費等が確定し事業収支が最終的に黒字になれば、それを組合員にこれまでに徴収されていた建替負担金の一部払い戻しとして還元する。この時点では消費税還付等2億円近い増収の可能性がある事を知らされた。やはり、収入見通しはかなり低めに見積もっていた様だ。

 上記の建築費の負担に関しては前回の面談時に要望していた事ではあったが、設計変更の数と金額は想定していたよりも遥に多かった。同時に、収入増の見通しも予想以上であった。恐らく、東京建物は当初、理事会を混乱させないため、消費税還付金等の増収が明確になった段階で建築費の増加を報告し、増収と相殺する事の承認を受け、還元率100%を維持すると言うシナリオを描いていたのではないかと想像できる。しかし、前回の面談時に金額については想定できないまま、合意した事業収支の黒字化と組合員への還元方針が上記の提案に繋がった。
 ともあれ、上記の社内許可の取得は簡単ではなかったと思われる。東京建物の担当者の努力は評価したい。

 7月の理事会では建物検査の結果による追加工事の建築費もほぼ確定し、消費税還付金の増減等の微調整はある前提で、8月の竣工前の最後の建替組合臨時総会のための資料として事業収支予想が作成された。
 保留床単価は459.1百万円/坪となり、粗利率は19.9%、粗利額は114.2百万円/坪となる。組合員に払い戻される事業収支の黒字は2.2〜2.4億円の見込みとなり、還元率は103.2〜103.5%に向上した。
 保留床単価の検証の提案において、現実的な対応策と考えていた粗利率による保留床単価確定法で想定した以上の結果になった。これで2018年7月の建替実施計画案の作成時より抱えていたわだかまりがようやく解消できた。この払い戻しが床暖房等のオプションへの支出、多くの1R住戸の権利者が支払った増床負担金、また5年近くになる転居費用の幾分かの補填になり、権利者の皆さんの負担が少しでも減れば幸いだ。

 東京建物は住戸抽選後に発生した大量の転出者の権利床の売却による3.03億円の収支改善は予想していなかったはずで、建替実施計画段階では想定されていた建築費の増加は最悪、粗利額を108百万円まで引き下げ、約1.5億円の収入増と不足分は消費税還付金等で賄う覚悟はしていたのでは無いだろうかとふと思った。

以上


 

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