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29.ドロップオフ

・帽子が空を飛ぶ

■6月5日

◎午前4:00
激しく叩くドアの音で目が覚める。「はい」と言って飛び起きる。ラス機長が起こしてくれたのだった。この瞬聞から「補給」という現実が始まる。楽しい夢を気持ちよく見ていたような気がするが思い出せない。

◎午前5:15
副操縦士のマイクが後ろを振り向き、親指を上げ、「行くぞ」の合図をする。離陸。雲はあるが視界は良好。風は昨日ほどでないがかなりある。ツインオッター機は1分間に150mずつ上昇、1200mの高さに雲がある。可変ピッチのプロペラ音が腹に響く。時々、気圧の変化によりドラム缶が膨れ「バン」と大きい音がして、まだすっきり目覚めてない頭を刺激する。夕べ、戻って来たコースをどんどん北へ向う。

◎午前5:35
高度3000mに到達。急にプロペラ音が静かになる。前方の視界はかなり良い。大場さんの所まで2時間42分で到着する予定。途中、クリームで包まれたようなたくさんの白い山を越す。所々に霧が出ているのが分かる。遠い谷間に霧が溜まっている。雲より密度が薄いような感じがする。

◎午前7:20
あと、1時聞10分。下を見るとビッチリと雲の海。ラス機長が無線で何か話している様子。こんなに雲があっては、補給物資のドロップ・オフ(投下)もできないのではと心配になる。

◎午前7:57
19分前、高度を徐々に下げ始める。高度2200m、ずっと雲の中。このまま雲が続くのか心配になる。やがて、900mまで下がってくると薄っすらと黒いリードが見えはじめ、どんどん視界がよくなる。雲の下はよく見えるようだ。これなら大場さんを見つけられる。目的地まであと4分。リードがたくさんある。副操縦士のマイクが進行方向左側を指差す。見つけたようだ。

◎午前8:20
左手に大場さんを発見。黄色いテントの前で手を振っている。上空を2回旋回した後、マイクが言う。「雪のコンディションが悪く。着陸できない。ドロップ・オフ(投下)しよう」。投下に必要な手煩を考える。忘れてならないのがメッセージだ。持参したメッセージの封筒の表に「滑走踏の状態が良くないので着陸できません」と走り書きをし、ダンボールにガムテープで貼り付ける。

マイクが風圧で戻されるドアを手で押して、私がダンボールを押し出すことにする。落とすタイミングを間違えるととんでもない所に落下してしまう。飛行機のスビードは時速100km以上だ。最悪の場合は、たくさんあるリードの中に落ちてしまう。合図は機長が機内の電気を点けたらすぐ投下する。私は後ろ向きなので見えない。マイクが「ゴォー」と声をかける。

押し出した瞬間ドアの金具に梱包したロープが引っかかって、食料が入ったダンボールが半分以上、外へ出たままになってしまった。「マズイ」。ドアはすごい風圧で荷は挟まったままだ。無理矢理落とそうと体を乗り出したとたん、私のかぶっていた毛糸の帽子が空に飛んだ。落ちていくのが隙聞から見えた。私でなくて良かった。挟まった荷を2人でなんとか引き上げる。また、旋回をする。次はマイクが足でドアを押す方法にする。1回旋回するのに暫くかかる。その間に投下する3分の1ぐらい出しておく。ドアから入る風がすごく冷たい。マイクは素手なので冷たそうだ。「手袋、必要か」と聞くと「大丈夫」だと答える。

30cm程、開いたドアから外を見ると飛び降りられそうな感じがする。今度はしくじらないでやろうぜと目で話す。「来た」。彼が足でドアを押す。私が持ち上げぎみに荷を押し出す。上手く行った。

次は燃料だ。これは小さいので上手く行った。残るは一番大きな21kgの食料の入ったダンボールと軽いが長いストックとパドルの入った荷物だ。マイクが「一緒にやろう」と言う。私が食料、彼がパドルを用意する。これが最後だ。2人共、緊張しているのがわかる。合図だ。それっという感じでほとんど同時に放り出した。いいタイミングだった。

時計を見る。午前8時40分だ。大場さんを発見してから投下終了まで20分かかった。この投下のために昨日の朝から無線で打ち合わせをし、途中まで来ては戻って、あっという間に24時間経っている。副操縦席に戻ったマイクがこちらを見てローパス(低空飛行)するぞと言う。最後の確認だ。白い雪の上に4つ荷物が見えた。すぐそばにテントと大揚さんが見える。安心した。ツインオッター機はすぐに上昇を始め、“じゃ帰るよ''の合図をするように翼を振った。

          ユーレイカヘ向かうツイン・オッター機内にて 志賀

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