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13.地平線プロジェクト(11)「廻光―龍骨」

小名浜に打ち上げられた北洋船の側板を一枚ずつはがす作業もようやく終わり、船の骨組みが見えてきた。その曲線は美しかった。同じような船を自分で作ったことのある船大工の鈴木愛三さんは、誇らしげに、「このカーブは全部手作業で作ったんだ」と言った。


船は独特の構造をしており、安易に解体すると組み立てられなくなってしまうために船大工の手を借りていた。愛三さんはこのような木造船の作業から長く離れており、なつかしさのせいか、作業の合間によく昔の話をしてくれた。ちょうど夢から覚めさせられたような気持ちだとも言った。

十数メートルある廃船は、展示場であるいわき市美術館の2階に運び込まれるために、5つに切断されていた。美術館の入り口は狭く、廃船を5つに切断しても搬入にはぎりぎりである。1つの骨組みが重さ2t以上あり、とうてい人力では持ち上がらない。このため美術館のエレベーターから館内を移動させる為に、特製の台車が必要となった。
これは小名浜製作所の小野社長に製作をお願いした。忙しいときの急な依頼にもかかわらず、社長は蔡と実行会の熱意にこたえてくれた。

蔡さんの個展開催初日を3日後に控え、美術館への搬入が始まった。十数個の作品を二日間で展示しなくてはならず、スケジュールと作業分担を決め取り掛かった。膨大な量の展示だった。
入口エントランスには「三丈の塔」、中に入って「菊茶」、「水晶の階段」、「龍骨」の搬入、組立…。10tの塩を箱に入れラップをかける等、スタッフは何人いても足りなかった。実行会スタッフ、ボランティア、美術館の職員、全ての人の熱意が集中しそれが形となって、蔡さんの作品となっていく。こんなに忙しく、また厳しい労働の中にも、不満があらわれる事はなかった。

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みんなが自由に参加し、自分の力を十分に発揮した。そして力を発揮できる喜びを全員が感じていた。「龍骨」は大変な苦労の末に組みあがった。

船大工の鈴木愛三さんが美術館の中に展示された龍骨の前に立ち、「最後のいい思い出になった」と言った。その顔には自分の能力をフルに発揮してひと仕事やり終えた人の持つ満足感がいっぱいだった。

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