「危なかった」釣り体験記 5

暗闇の磯で一人思ったこと

 釣り人にはそれぞれに様々な釣りの楽しみ方がある。
 トローリングや沖釣りで大魚を手にすることを狙いとする人。
 ただウキを付けた竿を眺めながら、さして魚が釣れることにこだわる事なく、天気の良い一日をゆっくり楽しもうという人。
 道具に凝り和竿やウキ・仕掛けなどを自作して、その出来栄えを楽しむ人。
 食い道楽の人なら、魚の大小に関わらず美味しい魚が釣れればいい。
 反対にルアーフィッシングをする人の多くは自分のキャスティング技術や、ルアーの選択の適不適を考えながら狙った魚を掛けることが目的なので、せっかく釣れた良形のスズキなどをリリースとか言って海へ逃がしてしまうのだ。
 千葉の防波堤で私の目の前で七十センチもあるスズキをルアーでキャッチしながらリリースしているのを見て
「それ、おじさんに頂戴!」
 と言ってしまいそうになったことがある。
 川辺や堤防などで家族や仲間連れでキャンプ用品を広げてのバーベキュー。
 私たちの釣りの目的は、釣魚の中でも本格的と言えるようなクロダイやマダイ・ヒラメ、上物のイナダ・マグロなど、よくテレビで放送されている見栄えのある魚を手にしたい、というのが狙いだった。
 しかし、限られた予算の中では釣りエサも、宿も、食事も満足ではなかった。
 そして釣りの知識も乏しく、船外機付きゴムボートが登場するまでは、十センチ位の小魚、ウツボやハモなどを手にしただけだった。
 お互い釣りに対する情熱は高かったが、取り分けリーダーは安月給ながらも、四級小型船舶の免許を取り、船外機付きゴムボートを手にした。
 私たちは釣行の度に五千円を出し合い、土曜日仕事を終えると会員の中の誰かのアパートに集まり、仕掛け作りなどに精を出しながら、夜十時頃に都心から房総や伊豆へ向かった。週末の渋滞はひどく、三時間~五時間掛け、目的地へ急ぐ。
 真夜中に地磯の先端を目指すこともよくあった。無論整備された道などある訳がない。
 一人一人がライトを片手に竿や仕掛け・コマセなどを持ちながら岩場を飛び越える。
 目の前に大きな岩が立ち塞がり、それを越えて行かなければならないときもある。
 釣り人の誰かが絶壁に生えた松の木にくくり付けたロープにしがみ付いて崖を登る。更に先に急斜面の岩山がある。
 足を滑らせて転げ落ちれば大ケガ、命を失っても不思議はない。
 足場の悪い夜中の岩場ではライトは以外に頼りないものだ。むしろ大きな満月の出ている夜は辺り全体を一様に照らしてくれるので有りがたい。
 そんな苦労をしてやっとの思いで釣り場までたどり着くと竿を下げられる場所をさがす。波を被らないところ、道具を置ける場所を選択する。
 暗い中、ライトを頼りにエサを付け、出来るだけ遠投するのだ。ウキ釣り、ブッコミ釣り、人により仕掛けは様々だ。
 しかし、何度も仕掛けを投じるのだが、アタリすらない。夜明けが近づいてきて空が白み始めてくると、周りの景色や海面の様子が分かり始める。地図を頼りに苦労してたどり着いた釣り場が、子供が磯遊びをするのに手頃なくらいのタイドプールのような小さな浅場であることにアゼンとしてしまったことが何度もあった。
 灯かり。
 真夜中の小さな漁港の堤防の赤灯・青灯。
 キャンプを張ったときに流木や木の枝を集めての夜の焚き火を囲んでの語り合い。
 暗い海に赤・ライトブルー・オレンジ色の放物線を描いて灯る夜光ウキ。
 夜光虫。
 夏の夜の海が幻想曲を奏でてくれる。
 夜明け前に港を出ていく漁船の灯す明かり。
 海では明かりについても様々な出来事があった。

 その中のひとつに、一人で私が新宿から伊豆下田行きの最終電車に乗り込んで、伊豆真鶴の三つ石という磯釣りの名所を目指した時のことである。
 電車が駅に着いたのはちょうど夜の十二時頃。いつもの連中と車で来れば海岸まで苦もなく着けるのだが、あいにく都合が付かず、私一人の釣りになった。
 おおよその現場の位置を頭に入れたつもりで国道沿いを歩き出した。
 六月とはいえ、小雨降る真夜中に一人暗い夜道を歩いて行くのは、なんだか薄ら寒く感じる。
 昼と違って夜の磯は真っ暗で三つ石の辺りがまるで見えない。
 目的地をあきらめ、付近の地磯を目指して国道から獣道ならぬ、釣人道を降りていった。
 人口の明かりの届かない林の中を一人で歩くのは、怖さとか、気持ち悪さとは違う、ある種の緊張感を覚えた。
 けっして恐ろしい獣と出くわすことのない土地なのだか、真夜中の自然の中で一人であることが漫然とした不安感につながるのだろう。
 暗い道を下って間もなく、漬け物石くらいの大きさの地面に這いつくばっている生き物らしい物体とでくわした。
 石のようだがわずかに動いている。
 ライトを近づけてその物体を見ると
「ゲコッ」
 と鳴いた。
 見たこともない馬鹿でかいウシガエルが早速、私の繊細なハートを震わせたのである。
「この野郎、驚かせやがって!」
 心の中で大声で怒鳴りつけて、悠然と地面に腰を降ろしているウシガエルをひとまたぎしながら更に歩き出した。
 坂を下ってほどなく磯が見えてきた。
 釣り場に着くと気がはやる。
 ライトを頼りに岩場を器用に飛び越えて海面まで間近な地点まで迫った時、何かの拍子に
「ガチャン」
 という音と共に岩場にライトが落ちて真っ暗になった。
 ライトの球が切れて消えてしまったのだ。
 他に明かりといえば百円ライター位しかない。試しに擦って付けてみたが、空しい灯火だった。
 小雨の降る地磯から夜空を見上げて見たが、厚い雲に覆われているのだろう。月はおろか、一粒の星の輝きすら見ることが出来ない。
 しかもここは港や民家から離れていて、人口の明かりが全く届かない。車のヘッドライトすら見えない。
 漆黒の暗闇の世界に放り出されてしまった。まぶたを閉じても開けても同じ世界、何も見えないのだ。しかも着込んでいる雨具は薄いヤッケ。
 少し時間が経って目が慣れてきたのだか、一歩先の岩の形さえ確認できない。
 平坦な場所と違い、岩場を飛び越えてたどり着いたこの地点から岸へ引き返せないか、グルリと周囲を見渡してみた。
 海も岩場も戻り道も境い目なく漆黒の闇。ライトなしでは引き返すことが出来ない。
 私は立ち続けた。
 手探りで足元の岩を手で確認して腰を降ろしてみたが、ヤッケのような薄い雨具は水を吸い込み、すぐ尻を濡らした。
 ただ一人何もせずに立ち続けた。
 いつまでということはない。
 漆黒の闇夜が去り、この磯に一すじの光りが戻り来るまで。
 夜明けを待つ。
 私はこの夜、現実の意味で生まれて初めて夜明けを待つということを体験した。
 別に間近に死の危険が迫っているということではない。わずかでも周りが見えるまで。単に立ったままで夜明けを待つということにすぎないのだ。
 しかしそれは楽しいことではない。小雨がわずかずつ衣服に染み込んでくる。
 いずれにしろ夜明けは必ずくる。だが、待たなければならないのだ。こちらのほうから迎えを出せばタクシーのように直ぐに来てもらえるというものではない。
 夜明けまで約三時間半。
 誰もいない暗闇の磯で目を開いて、岩陰からわずかばかり漏れだしてくる、はるか遠くの霞のような明かりを拝むような心持ちで見続けた。
 朝が近づけば漁船が明かりを灯して沖へ繰り出すだろう。時計のない時間の感じられない世界にいて、早く朝の匂いを嗅ぎたかった。
 そうしている間、私は頭の中で何かを考察してみたり、人生について思いを巡らせてみたり、自分の未来について思いを巡らせてみたり… といったことは一切なかった。
 ただただ
「冷たくなってきたから早くおうちへ帰ろう… おかあさーん!」
 そればっかりだった。
 やがて暗闇の中を一隻の漁船が明かりを灯して沖へ出て行った。続いて何隻かの漁船が出ていく。
 その明かりが自分の心の中に暖かく染み込んで、心持ち雨に濡れた体も少し温もってきたような気がした。
 人気のない岩場で立ち尽くしている私がもし漁船から見えたとしたら、恐らくは幽霊に見えたことだろう。
 空が白々明るくなり、当然に夜明けはやってきた。
 真似事のように少しのあいだ竿を振っただけで私はその場を引き揚げた。
 リーダーのへまばかりを笑ってはいられない。
 ライトは一つだけでは足りない。スペアか必要である。

次は沖で大変な大波に遭遇した件。へ続く。

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