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『掃除婦のための手引き書』ルシア・ベルリン

仕事に行く時はいつも、水筒に熱いお茶を淹れて持っていく。身体を冷やさないために、夏も冬も熱いお茶。その日は蓋の閉め方が甘かったのか、カバンの中であらゆるものがお茶まみれになった。もれなく、この本も。

大慌てでお茶で濡れたハンカチで拭き、家に帰ってから乾いたタオルで拭いた。波打たないように、少し乾いたら重い図鑑の下に置いた。結局波波になった。読みかけだったけれど、そんなこんなで存在を忘れていたこの本を久しぶりに開いた。どうして存在を忘れられていたのだろうか。こんなにも強烈なこの本を。

ルシアの筆致はまるで話しているようだ。その口ぶりは冷静で現実的でぶっきらぼうで、なんでもない日常も苛烈な経験も、カラッとしている。かと思えばとてもロマンチックに聞こえることもある。書き方が卓越して上手いのはもちろんだけれど、物事の見方、聞き方、切り取り方がめっぽう上手い。彼女の生い立ちを見るに実体験に根ざしているのだろうけれど、エッセイなのか小説なのか境界が曖昧で、そんなのどうだっていいでしょ!と越境していくルシアの軽やかな才能で満ち溢れている。

魂は激しく、心は繊細な人だったのかもしれない。カラッとした文章のなかに繊細さが垣間見られ、それを言語化する能力の高さと相まってこちらの心を揺さぶる。ウェッティな書き方じゃないのに、どうしてこんなに心をぶすぶす刺してくるのか。翻訳者の岸本佐知子さんの功績も大きいのだろうと思う。翻訳感がなく、日本語としてスラスラ読める。この方の翻訳で正しくルシア・ベルリンに出会えてよかった。

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