映画『THE FIRST SLAM DUNK』の『音』の感想

映画『THE FIRST SLAM DUNK』が素晴らしかった。
井上雄彦先生の漫画がそのまま飛び出して来たような映像も素晴らしかったし、試合とキャラクターと過去回想が絡み合ってひとつひとつ昇華されていく脚本も素晴らしかった。公開から1ヶ月で私は6回映画館で観たのですが、観る度に新しい発見があって楽しいし、スラムダンクリアル世代なので年齢的に目線が完全に親目線。カオルさんに感情移入して何回見ても泣いてしまう。とにかく、原作者にしか出来ない大鉈を振るいつつ、感傷的になり過ぎず冷静に引き算して緻密に組み上げられた脚本に腰を抜かしました。
で、脚本とかキャラクター描写とか語りたいことは山盛りあるけど、全部語ろうとしたらとっ散らかるのが目に見えているので、私は一点、『音』に特化した感想を書こうと思います。

このようなにっちなnoteを読んで下さっている方がまさかまだ映画館で当作品を観ていないということはないだろうと思うのですが、もしも、万が一、まだ迷ってるんだよね、という人がいたらこんなnoteは今すぐ読むのやめてその足で映画館に向かって欲しい。アバター2の日本でのウケがイマイチだったおかげ(?)で、スラムダンクに大きなスクリーンやDolby AtmosやIMAXが割り振られている映画館も今ならまだあるので。絶対に、音響の良いスクリーンで観てほしい。
映像は、実はそこまで高画質じゃない。多分これはわざとだと思うんだけど、大きなスクリーンで観ると、ペン描きの味わいを彷彿とさせるような少し粗いギザギザの線で描かれていることが分かる。画角も、IMAX仕様なのか通常のスクリーンモードではなく少し正方形に近い長方形だ。大きなスクリーンで観ると端が切れているのが分かる。そこまで巨大なスクリーンで拡大して観ることが想定されているわけではないのだと思う。
でも音は。
音は自宅では再現出来ない。
どれだけ素晴らしい音響設備を揃えていても、『THE FIRST SLAM DUNK』の『音』を再現することは出来ない。
なぜか。
この作品には素晴らしい主題歌、劇伴、挿入歌兼エンディングテーマがあり、それぞれについても語りたいのだけど、それ以上に凄い仕事をしている『音』がある。

それは、『無音』。
完全なる静寂のシーンがあるということ。

ラスト1分未満の攻防を描いたクライマックスシーンのあの無音は、プロ仕様の防音設備でも整っていない限り自宅で再現することは出来ない。ましてや、大勢の観客が一つのボールの行方を目で追い、固唾を飲み、息をすることすらはばかられるあの緊張感なんか再現出来るわけがない。
『THE FIRST SLAM DUNK』という作品の中で、我々観客はただの「ポップコーン片手にリラックスして映画を観に来た人」ではなく、「バスケットボールに青春をかけ全身全霊をもって戦う高校生たちの運命の一戦を見届けにきた観客」役を否が応でも担わなければいけない。これはそういう映画だった。この双方向性は観客巻き込み型の舞台演劇を観る時の快感に似ている。
私はこの『無音』に『参加』することにハマってしまい、映画館で上映している間、可能な限り『THE FIRST SLAM DUNK』を観に映画館に通おう、と心に誓った。
私は好きな映画には足繁く通う方で、普段から同じ映画を10回以上観にいくことも普通にあるのですが、「再現出来ない」という理由で切羽詰まって通っているのは初めてです。いつかBlu-rayが出たら当然買いますが、家で再生したところで同じ体験はもう出来ない、と分かっているので結構焦ってます。うーん、あと何回この緊張感を体験出来るんだろうか……!!

そうそう、無音以外の音のことも語りたいことはいっぱいあるので。そちらも。
まず、「ロックバンドのドラムの音がバスケットボールを室内コートの床に打ちつけた時の音にそっくり」ということを発見したのは誰だ天才か、と思いました。
物語のあちらこちらで、試合と音楽がピタリと合うように計算されてハメられているんだけど、必ず起点はドラムの音とドリブルのタイミングで合わせている。ラストシーン、アメリカで沢北と再会したリョータが走り出すシーンと第ゼロ感のイントロのドラムの頭がピッタリ合っていた時の気持ちよさよ。ふはは、これこれ!!とテンション上がりましたね。
第ゼロ感といえば当然あのシーンを忘れてはいけない。「ドリブルこそがチビの生きる道なんだよ!」からの強行突破のシーン。それまで、バチバチに格好いい劇伴が流れながらもオープニング以来ボーカル曲は一回も流れなかったというのに、ここで!来る!!Aメロもなにも吹っ飛ばして、いきなりサビから爆音で聴かせるあの演出。いやもう、全身ビリッビリに震えましたね。
古のオタクに言わせると、クライマックスにメインテーマを持ってくるアニメや特撮にハズレはないんですわ。
そこまで、ゴリゴリにロックな劇伴を使いながらも曲の音量自体はずっと抑え目だったのがここで効いています。普通の監督なら、あんなにクールな劇伴もらってたらせっかくの劇場作品だしと全体的にジャカジャカ鳴らしてしまいたくなるものですが、ここまでよく我慢出来たなぁとひっくり返ってお腹見せて降参降参している芝犬のイメージが脳裏をよぎりました。本当に凄い。引き算の脚本といい、井上雄彦監督、「見せ方」がはちゃめちゃに上手い。

当然、オープニングの『LOVE ROCKETS』も素晴らしい。楽器が一音ずつ増えていく曲の構成は井上監督からのリクエストだったというから、あの、真っ白の画面に一人ずつ描画されて合流していくオープニングの演出アイディアは楽曲オファー時にはもうあったということですよね。すげえなホント。映画の作り方が「演出」から、というのが基本的に作品を一人で作り上げる総合芸術家の漫画家らしいと言えばらしいのか。
あれ聴いて、あーーーそうか、そうだよな、スラムダンクって結構、最初の方治安悪かったよね。半分不良漫画だったもんね。キラキラ青春漫画という感じじゃなかったし、むしろオラオラしてたし、スラムダンクに流れているBGMはPOPSではなくROCKだよ、と作者が言いたいのは腑に落ちたな、と。

もう一つ語りたいのがSEについて。
この映画でSEの果たした役割りは相当大きいということだけは書いておきたい。

予告映像のCGで「なんか……違う……やっぱり3DCGはのっぺりしてる」とざわざわしてたのが、本編観たら全然そんなことなかったでしょ。あれは、急にクオリティが上がったわけではなく、SEが入ったからなんです。バッシュのキュッキュッ、という音、筋肉がぐぐっと収縮する音、ボールが風を切る音、細かいそういう音が入ったことで格段にリアリティが増す。目が、音によって錯覚を起こす。そういう効果がSEにはあるのです。

ちょっと自ジャンルの話をしますが、『HiGH&LOW』シリーズ最新作『HiGH&LOW THE WORST X』で、クライマックス、メインの二人がタイマンで殴り合っていたシーンで突然、ええ感じのエモいBGMがかかって、それまでガンガンに入っていたSEが消えてしまう場面がありました。それはそれで曲もいいしスローモーション使って格好いい演出だったんですが、SEが消えたことで彼らの殺陣が実は寸止めであって「まったく身体に当たっていない」ことがハッキリ分かってしまったんですよ。いや、当たり前なんですけどね?本当に殴ってたら大変ですけどね??
何が言いたいかというと、大事なのはそれまではSEが入ることで、寸止めでもマジで殴ってるように「見えていた」ということなんですよ。錯覚させてくれていた。それが消えてしまうと、錯覚も消えてしまう。

『THE FIRST SLAM DUNK』は、音楽だけじゃなく、そうしたSE周りも大変職人技が光っている作品なので、本当に是非、音響のいい映画館で一人でも多くの人に見ていただきたいな、と思います。
私もまだまだ通いますよ。出来る限り長く上映してくれますように……!!

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