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小説 「もうポーションは飲めません!」 #短編小説 #2022年冬の短編 ※9,000字ほど


 あまりみなさんはご存知ないかもしれませんが、ポーションって、糖質もカロリーもすっごい量なんです。

 ん、あれれ、そもそもポーション自体に馴染みがない? そうでしたね、世の中には己の肉体を鍛え上げ、魔力に頼らずその身ひとつで戦う格闘家が多い地域もあると聞きます。

 ポーションは、わたしたち魔術師をはじめ多くの冒険者が常に持ち歩いている回復薬です。小型のガラス瓶に入っている液体で、麻痺などの状態異常を治すものもありますが、主に魔力を回復するものとして知られています。
 要は、魔力を消費したとき、これをくいっと飲めば元気になるわけです。

 で、みんな当たり前のようにポーション飲んでるんですけど、あれって女の子にとっては、ほんっと大敵なんです。太りにくい体質の方ならいいですが、なにも気にせずガンガン飲もうものなら、あっという間にお腹がその……ぽよぽよに……!

 最近じゃ、カロリーカットを打ち出した特定健康飲料タイプもちょこちょこお店に並んでますが、まあそれなりにお高いので、わたしたちみたいな中級冒険者パーティーには手が届きません。買うのはたいてい、店先に並ぶ廉価版の激安ポーションです。当然ながら、女の子への配慮はありません。

 ですが、たとえばわたしたちが、魔力も尽き果ててピンチになろうものなら、そのカロリーと糖質マシマシの脂肪爆弾ドリンクを一気飲みしなくちゃならないときもあるんですよね。全回復が必要なら、それを何本も。
 ましてや、魔物との戦闘中に、自分以外のパーティーメンバーが大ピンチなんてときはもう大変です。カロリー祭りですよ。ええ、ほんとうに。

 ああああああああああっ、もうっ!!! そんな状況になってしまいました!!!
 誰か、誰か助けてください!!!!!!!!!

 世界征服を目論む魔王軍でもなんでもない、巨大なダチョウ型の魔物とだだっ広い草原で戦闘しているのですが、旅の仲間はみんな力尽きる寸前です。

 親愛なる勇者サンダルウッド様は、剣を地面に突き刺し、その柄に体重を乗せながらぜぇぜぇと喘いでます。回復サポート役の僧侶ミレはさっきまで尻もちをつきながら「いた~い」と言ってましたが、いまは倒れています。
 前衛を務めるダークエルフ騎士のゼラは、暑いからという理由で薄めの鎧をまとっていたせいで、もろに敵の攻撃を受け、かろうじて片膝を地面について耐えている状況です。

 正直こうなってしまったのは、ミレとゼラが勇者様に下心をもって、変に可愛いアピールをし続けた怠惰が招いた結果です。
 ミレは、根っからのぶりっ子で、勇者様に好かれるためには手段を選ばない計算高い女です。前衛担当は勇者様とゼラの二人ですが、ミレは勇者様にしか回復魔法や身体強化などの魔法を使いません。露骨なえこひいきです。
 その上、小さな石につまづいて膝をすり剥いたくらいで涙目になり、必殺の猫なで声で勇者様の気を引こうとして、パーティーの戦闘パフォーマンスを著しく下げていました。
 ゼラは、スタイルのいいヤンデレ巨乳で、なにかと色香で勇者様の視線を奪おうとしていました。ミレに勇者様を取られまいと、最近は日に日に鎧の面積が小さくなっています。「なんでミレばっかり見てるの……おかしい……なんでなんで私を頼ってくれないの」とか、ぶつぶつ呟きながら戦っていて魔物の方を全然見ていませんでした。

 そうなんです。
 みんな、勇者様が好きなのです。

 実は来週、わたしたちパーティーメンバー四人で、海に行くことになっています。
 勇者様をめぐって、女同士で取り合いになることは間違いないでしょう。あの愚かな二人は、勇者様とのロマンティックな展開を期待して、当日までにその気持ちをつかもうと、躍起になっていました。
 わたしだって、本当はなにかしらのアピールをしたいです。でも、いつにも増して不甲斐ない二人のバックアップで精一杯で、そんな余裕はありませんでした。

 そしてこのピンチです。

 もう、ポーションを飲むしかないのかもしれません。ですが今日は、連戦続きでここまでにだいぶ瓶を空けてしまいました。すでに、ランニングとかの軽い運動で相殺できるレベルじゃありません。
 海ではもちろん、わたしだって水着になります。奮発して、いいものを買ったんです。
 多少肉づきがよくなるのはギリギリ……本当にギリギリ許容できるとして……このままでは、水着が着れなくなる可能性があります! 

 こないだ、旅先の道具屋の屋外に出てたワゴンセールで、糖質オフのポーションをまとめ買いして、わたしは最近までうきうきだったんです。
 ですが! これが後になって欠陥品だと判明したせいで、二週間前からカロリー制限を余儀なくされています!
 もう、これ以上飲んだら、わたしはみにくい姿と成り果てるでしょう!!

 でも……でもかといって、ここで魔物にやられてしまっては、海どころの話ではありません。こんなに頼りないパーティーでも、今まで一緒に戦ってきた仲間です。ひとりでも欠けるなんてことは、想像したくありません。

 わたしはもう、飲むしかないのです。
 勇者サンダルウッド様、どうかわたしがぽよぽよになっても、変わらずおそばにいさせてください。あなたはとてもお優しく、そして多くの女性に愛されるお人です。わたしなんか、眼中にないかもしれません。それはわかっています。
 ミレは人並み外れたぶりっ子ですが、とても可愛らしく、またあなたをいつでも特別に扱ってくれるでしょう。ゼラは、その魅惑的かつ妖艶なボディであなたを虜にして、狂わしいほどの愛をもたらしてくれるでしょう。
 わたしはその横で、ぽよぽよのお腹を……ううっ、うううっ……ぽよぽよのお腹を、うっ……ううああああああん!! ……ぐすっ、つまんで見ているしか!! つまんで見ているしかあああぁぁん! ああああああぁぁぁぁん!!! うぅぅっ、ぐすん……

 もう、飲みます……。
 考えてもいいことなんかありません。
 ローブの内側にある、大回復用ポーションを飲み干せば、すぐに魔力が全回復して、大型の光魔法が撃てます。わたしひとりの青春を犠牲にさえすればみんなの命と、わたし以外の青春が守られます。
 それでいいんです。それが、わたしの選んだ道ですから。でも、ミレとゼラには少しだけ、恨みたい気持ちもあったりはします。あの二人さえ、もう少しちゃんと戦ってくれていたら、って。

――んんん、あれっ、待ってください。異変がありました。こ、こ、これは……!?

 ミレがなにやら、もぞもぞ動き出し始めました。半開きの目で、戦いの様子を探っています。よく見ると、その顔には汚れが全くありません。気づけばゼラも胸元を手で小さく煽いでおり、なんだか体力を持て余しているようです。ちらちらと勇者様の方に目をやってさえいます。

 ま、まさか二人は――ササササボっている⁉!?!?

 ああもう、わたしは完全に理解しました。
 あの女たちは、勇者様に構ってもらいたいがために、こんなときでさえも自分のことしか考えていないのです。いまのいままで、ピンチを装い続けていたのです。なんという欲望、なんという女の執念!
 自分を犠牲にしてまでパーティーを守ろうとしたわたしが馬鹿みたいです。このままポーションを飲んだら、あの女たちの思うツボだったわけです。

 でもまあ、そうとわかれば、こっちにだって考えがあります。ずるい女たちに、負けるわけにはいきません。ひと芝居、打ってやろうではありませんか!

「ごめんなさい、もうポーションがないんです! すべて使い切ってしまいました! 無念です!!」

 わたしは肚の底から叫びました。
 もちろん、演技です。
 若干、棒読みっぽくなってしまいましたが、先ほど涙ぐんでいたおかげで、ある程度の信憑性は出ているはずです。これで二人が動き出せば、わたしは激安で仕入れた粗悪なポーションを飲む必要がなくなります。多少はハードな運動でカロリーを落とさなければなりませんが、水着を着て、海に繰り出せます。そしたらわたしは、勇者様と水遊びしたり、夕陽を見たり、密着なんかもしたり……今年の青春はわたしのものです!!

「リィエル! あたしのポーションを使って!」

 言ったのは、僧侶のミレでした。呆気にとられていると、小型の革袋がわたしに飛んできました。
 慌ててキャッチし、中身を見ます。それは、実家が金持ちでカロリーカット商品ばかりを購入しているミレには不釣り合いなほどの、激安カロリー爆弾ポーションでした。なんでこんなものを持っているのか……。

 見ると、ミレは倒れた姿勢のまま、ニヤリとその白い歯を光らせていました。
 やられた。わたしはすぐに気づきました。
 これは、他の女を蹴落とすためだけに購入されたポーションなのです。自分で使うことは一切なく、ただただわたしを太らせるための薬なのです。
 そして思い出しました。これは他のポーションと比べても桁違いにカロリーが高い分、回復量が膨大であることで知られる、体育会パワー系魔法男子が好んで使用するメンズポーションではないですか!

 向こうの方が、一枚上手だったようです……。
 ミレはわたしにポーションを託すと、力尽きたかのような演技をして、ちらりとこちらを見たあと、動かなくなりました。
 わたしはミレを甘くみていたようです。
 わたしたちは最初から、魔物と闘っていたんじゃない。魔物と遭遇する前から、勇者様をめぐって女同士で陰湿な闘いを繰り広げていたんだ。
 わたしは、いまになってようやく気づきました。本当の敵は、あの二人なのだと!

 わたしたちがそうこうしている間にも、勇者様はダチョウ型の魔物の攻撃を果敢に受け切ります。
 おかげでわたしたちは、なにもしていなくても、身の安全が保たれていました。ですが、満身創痍の勇者様はすでに守ることで精一杯のようです。この窮地を脱するには、わたしの大型魔法で魔物を倒すしかありません。

 もう、飲むしかないのでしょうか。
 でもわたしは知っています。ポーションを飲むことで、あの女二人が喜ぶのです。そして、陰で行われている競争にひとり敗れ、わたしは青春を失うのです……。
 ううっ……。いやです。そんなのはいや。あんな女たちに勇者様を奪われたくない。女どものために、自分を犠牲になんかしたくはないです!

 わたし、決めました。ポーションは飲みません。
 ミレが投げつけてきたやつは、少しもったいないですが、うっかり転んだフリをして、盛大にこぼすことにします。そして、反撃の手段がなくなったと全員に思わせたところで撤退すればいいのです。
 ふふ、ふふふふふ。はははははははは! 最高のアイデアじゃないですか。わたし、天才かもしれません。ええ、もちろん派手にやってみせますよ。なんなら確実にポーションが割れるように、落とす瞬間に勢いよく地面へ叩きつけてやります。どんな暴挙も、うまくやれば許されるのです。わたしのことは、天才魔術師リィエルと呼んでくれてもいいんですよ。ん? 誰ですか、奇術師とか言ったのは……!

 ポーションの蓋を開けます。甘ったるい匂いが、ほのかに香ってきました。いまからこれをぶちまける。そう思うと、なんだかゾクゾクしてきました。武者震いというやつでしょうか。耳の奥は脈打ち、心なしか両手が小刻みに震えています。うまく演技ができるか、正直不安もあります。ですが、これはやらねばならない戦いなのです。目には目を、歯には歯を。わたしはミレのように足を小石につまづかせて、適当に悲鳴をあげるつもりでいます。

 息を大きく吐き、平常心を取り戻します。頭が、クリアになってきました。邪念が振り払われ、感覚が研ぎ澄まされています。ささいな風の揺らぎすらも、全身で感じ取ることができます。すでに身体はどのように転倒すればいいかをわかっているようでした。
 世界が、静かになりました。自分の息づかいだけが聞こえ、その直後に風が止みました。

 いま。
 自然に転びます!

 身体が動くよりも先に、意識が進んでいました。意識の跡をなぞるように、つま先が地面から離れていきます。前のめりの姿勢のまま、ゆっくりと全身が宙に投げ出されました。ふわりとした妙な感覚に包まれ、わたしは手に持っていたポーションを放りました。ポーションが空中で一回転、二回転し、液体がその中で重力に逆らう動きをします。視界の端で、倒れた状態のミレが目を見開いて驚く様子が映ります。
 勝った。わたしは確信しました。しかし、地面に身体が引き込まれていく途中で、その思いは一瞬にしてかき消されました。
 風を切るように、わたしの頭上を無数の針が通過しました。ポーションの入ったガラス瓶が、直撃を受けて空中で砕け散りました。その中身とともに、ガラス片が四方八方へはじけ飛びます。
 瞬時に身をかがめ、わたしはそのまま転がるように地面へ落ちました。すぐさま起き上がると、前方でダチョウ型の魔物が羽を大きく広げていました。脚を踏み鳴らし、その長い首を縦横無尽にくねらせながら、禍々しいオーラを放っています。ぐりぐりと焦点の合っていない両目を回し、くちばしからは唾液を滴らせた舌を蛇のように動かしています。

 突如、ダチョウ型の魔物が、風圧を伴う雄叫びをあげました。体毛が膨れ上がり、続けて羽から数え切れないほどの針を飛ばしてきました。
 こちらに向かってきます。ですが、避ける動作は間に合っていませんでした。視界いっぱいに、針の先端が広がっています。気づいたときには、すでに手遅れでした。

 わたしは、自らの最期を覚悟しました。
 ああ。
 どうして、ポーションを飲まなかったのだろう。そんな後悔が頭をよぎりました。女同士の戦いに気を取られて、魔物がいることをすっかり忘れていました。いまは、戦闘の最中だったのです。本来の敵は、最初から目の前にいたではありませんか。なのにわたしは、わたしたちは、持てる力を使わず自らの利益のためにだけ動いていました。
 もしかするとこれは、その罪に対する罰なのかもしれません。しかしでも、だとするならば、なぜ、わたしだけなのでしょうか。他の二人も報いを受けて然るべきではありませんか。いささか、重すぎる罰ではないでしょうか。わたしは、ポーションを飲まなかっただけです。なのに。なのに……!

 ……いえ、もうやめます。ちょっと大げさなことを言ってみたかっただけです。もう数秒後には、散る命です。どうせそのときを迎えるのなら、これまでの境遇と幸せに感謝し、安らかな気持ちでありたいです。こんなポーションひとつに踊らされるような魔術師が、勇者様のパーティーに加われるなんて、そもそも嘘のような話です。わたしを拾ってくれた勇者様には、本当に感謝しかありません。
 わたしは幸せでした。それは確かなことです。
 頼りないパーティーメンバーでしたが、ともに行動してからの毎日はめまぐるしく、楽しく、かけがえのないものでした。多少の恨みつらみはあってもすべて引っくるめていい思い出……と思いたいです。
 欲を言えば、もっと一緒に旅をしたかった。
 でも、わたしはここで退場のようです。
 ありがとうございました、みなさん。
 先に向こうで、みなさんをお待ちしていますね。

「諦めるな、リィエル!」

 硬い金属がぶつかり合う音がし、わたしは閉じていた瞼を開きました。後ろ姿。目の前に立っていたのは、魔物の攻撃からわたしを守る勇者様でした。その服はボロボロで、手には刀身の半分を折られた剣が握られています。勇者様は、次々と迫りくる針を半剣で防ぎながらも、その一部を腕や顔で受けていました。

「どうして、勇者様……!?」

「なにを言っているんだ。君を放っておけるはずがないだろう」

「でも、それでは勇者様のお体が!」

「僕なら大丈夫だ」

 そう言いながらも、勇者様の顔には疲労のあとが浮かんでいました。体力がすでに限界であることは明らかです。かろうじて、ファイティングポーズをとっていますが、いつもの覇気は感じられません。
 しかし、こちらを振り返り微笑んだその目には、揺るぎない意志と希望を捨てぬ不屈の精神が表れていました。

「ここは一度退こう。ミレとゼラも、あの様子ではもう戦えない。僕が盾になる。リィエルは、二人を連れて離脱を急いでくれ!」

 ああ、わたしがバカでした。そうでした。勇者様はいつだって真っ直ぐで、誰に対しても優しくて、これほどにも不甲斐ない姿をさらしているわたしにすら、手を差し伸べてくれます。仲間のピンチにはあと先考えずに飛び出して、いつだって守ってくれます。どうして忘れていたのでしょう。どうして、つまらぬ意地を張っていたのでしょう。たかだか、数週間のダイエットキャンペーンに力を入れ、些細な体重の変化とお腹のぷにぷにを気にするばかりだなんて。
 ええ。こんなことでは、魔術師の家系に生まれたわたしの名が廃ります。自らの名誉と誇りのためにも、そしてわたしを守ってくれる勇者様のためにもわたしは戦う。戦いたい。水着を着た姿にそっぽを向かれてもいい。女ども二人に、笑われてもいい。いまこの瞬間、勇者様がわたしだけを見てくれている。それだけでいいのです。

「勇者様、わたしはもう逃げません」

 わたしはローブの裏側に隠していたポーションを一気に飲み干しました。まもなく身体が緑色の光を放ち、みるみる魔力が回復していきます。血液が、全身を駆けめぐって、そのエネルギーを増幅させていきます。湯気が昇り立つように力が沸き起こり、前頭葉野がオーバードライブを始めます。束の間、全能の気分に酔いながら、その浮遊感に心地よさを感じます。急激な魔力の増加によって、若干のふらつきがありました。しかし、わたしの目は、標的をしっかりと捉えていました。

「清浄なる光よ、その威光とともに、悪なる穢れを祓い給え。奮い立つは雷空、赫奕たるは大地の誉。玄海の大気を貫くは、喜々なる雷霆の閃き。
 滅せよ、聖なる光の矢の雨に。
 サウザンド・シャイニング・サンダーアロー!」

 天が裂け、曇天の中心に円状の青空がのぞき込みました。その周囲を取り囲むように、いかづちを走らせた雲が渦を巻きます。その窪みには、一点の曇りもありません。聖なる領域を、畏れ敬うように、大気が避けて通るのです。しかし、やがてその中央に向かって、いかづちが集まり始めました。まばゆい光と轟くような音を伴い、少しずつ少しずつその形は大きくなっていきます。大気中の魔力の歪みによって、エネルギーが収束してきているのです。
 青天の雷に、後光が差しました。それは直視できないほど燦爛たるものとなり、さらに膨らみを増しました。
 呼吸。前に突き出した両手を、ゆっくりと頭上に移動させます。わたしの周りで、風が逆巻き、草原の葉が音を立てて舞い上がります。震える手を制御しながら、魔力の流れにも意識を集中します。
 ダチョウ型の魔物が、咆哮しました。全身を奮い起たせ、いまにも暴れようとしています。ですが、怯えているようにも見えました。
 魔力を最大限に練り上げ、わたしは腕を振り下ろしました。直後、上空の光の球が破裂し、千個の矢となって、大気を埋め尽くしました。それは、一瞬だけ空中に静止すると、そのすべてが、標的であるダチョウ型の魔物に向かって降り注ぎました。次々と、光の矢がその巨体を射貫いていきます。幾多にも交差する光に灼かれ、ダチョウ型の魔物は、塵となって霧散していきました。そのあとに残ったのは青天へと返っていく光の柱だけでした。

 ふっ、と全身の力が抜けました。頭の中が空っぽになり、後ろに傾くと、そのままわたしは支える力を失いました。
 エネルギーを使い果たしてしまったようです。普段はこんなこと、めったにないのですが、魔力がぷつんと切れてしまいました。自分でも笑ってしまうくらい、過去最大威力の魔法を撃ちました。こんな力があったとは、わたし自身も驚きです。
 なにか、にぶい衝撃を背中に受けて、景色が飛びました。


 気づくと、わたしは勇者様の膝の上に、仰向けの状態で抱き抱えられていました。
 いまいち状況が理解できず、つい照れてしまい、しばらくは両手で顔を覆っていましたが、ようやく事態が呑み込めてきて、ゆっくりと手を開きます。
 勇者様が、嬉しそうな顔でわたしをのぞき込みました。

「目を覚ましたか、リィエル!」

 その声を聞き、気持ちが落ち着きました。魔物は無事に倒せたのです。その代償は、のちのちわたしに襲いかかってきますが、こうして勇者様の笑顔を守ることができたのは幸いでした。

「リィエル、魔力が足りていないみたいだ。これを飲んでくれ」

 わたしは、促されるままに勇者様が飲ませてくれた液体を喉に流し込みました。ああ、なんて至福。勇者様が直接わたしに飲み物をくれるなんて。疲れが吹っ飛ぶ気分です。こういう時間を、わたしは心から求めていたのです。なんだか一気に魔力が回復してくる感じまでしてきました。まるでポーションを飲んでいるような感覚です。
 あれ……いや、この甘さ、そして口内にのしかかるような高密度なカロリーの飲み心地はまさか……。

 ポーションじゃないですか!!!!!!!
 
 わたしは天に召されるような気持ちで、最後までポーションを飲み終えました。
 バイバイ、水着。一週間後に着ようものなら、わたしの身体はすぐさま、水着の紐をはじき飛ばしてしまうでしょう。わたしの青春のピークはどうやらここのようでした。結局、女同士の戦いに、わたしは負けたのです。
 でも、勇者様に守ってもらえた。こうして膝枕をしてもらえた。魔物との戦いに勝利して、その優しさを守ることができた。わたしはそれで十分です。なんたって、勇者様が心配までしてくれて、いまは抱き抱えられてさえいるんですから。

 気づけば、パーティーの女二人は、疲れたフリをしながら、羨ましそうな眼差しをこちらに向けていました。やっぱり今回だけは、わたしの勝利ということにしておきましょうか。
 なんだか、今日は気持ちよく眠れそうです。

〈了〉約9,000字



読んでくださり、ありがとうございます!

今回は、駆け込みで「2022年冬の短編」に
参加させていただきました。
久しぶりにライトノベル短編を書いております〜。

なかなか、一人称視点の丁寧語によるアクションは
難しいですね。。リズムにかなり苦労しました。

あと今回は、魔力とはなんなのか、などを考える
機会にもなったり、多方面で学びがありました。

呪文の口上を考えるのって、意外と楽しいですね。


ではまた、なにかの機会にお会いしましょう。


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