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いつか会おうとか言えないソウルメイト

その人の恋人になれないことも苦しいけれど、その人と二度と会えないほうがよっぽど苦しい。そんな人を失いました。

勢い任せに電話をかけ、勢い任せについ言ってしまったその言葉。その時に一度振られて、それでもなんだか、もう会えないということに現実味をもてませんでした。今までと同じように、2,3ヶ月したら連絡するような気がしてならなかったのです。とはいえ、それがよくないことは重々承知していて、わたしは5月の誕生日まで様子を見て、何もなければもう一度きちんと話をしようと思っていました。誕生日に期限を決めたのは、まだ最高の可能性を捨てきれなかったからです。なんにしても、あんな勢い任せで我々の関係を切断してはならない。

ところが5月をまたず、事の発端からわずか2日後にあっちから話をしたいと連絡がきました。そこで、甘い可能性の大部分は消えました。たった2日で乗り換えられる人ではないと知っていますから。むしろ2日で連絡をくれたのは、誠実に応えてくれたことに他なりません。

いつもの饒舌はどうしたと言いたくなるくらいたどたどしい説明と、それに相槌しか打てないわたし。電話越しに、その人と彼女とのやりとりの一部始終を聞きました。もう複数人でも会わない。100歩譲ってもわたしにきちんと恋人ができてから。うん、そうだよね、わかった。答えたわたしの声は、あっちにはどう聞こえてたかしら。

でも、おかしいというか、らしいというか。湿った空気はそう長くは続きませんでした。その人はわたしの存在が自分にとっても大きかったことを教えてくれましたし、わたしも伝えました。異様なくらい、言葉の解釈や見方がリンクする人。これまでそう思っていること、思われていることはお互い察していましたが、ちゃんと言い合ったことは初めてでした。その後も、アレやコレやとお互いへの解釈や自分達のことについて話し続けました。その人は、ずっとわたしのことを名字にさん付けだったのに、初めてお前と呼んでくれました。今回のことを通じて、我々のつながりは一層強くなったのです。皮肉だけれど、もしかすると当たり前のことなのかもしれません。

中々電話を切れなかったのは、これが最後だとわかっていたからです。妙な間が数秒続くこともありながら、それでも離し続けました。相手の彼女からしてみれば、きっとその会話すらも許せないことだと思います。でもごめん、最後だから許して。だってどうせ振られているんだもの。そう言い訳して結局2時間以上通話は続きました。

その人はわたしのことをソウルメイトのように思うと言ってくれました。わたしのソウルメイトもずっと君だけだと言うと、それは何人いてもいいんじゃないかと言われてしまいました。でも、あんたみたいな変人、そうそういないから難しいんじゃないかしら。

またねと言って、またねと言いやがったと笑われました。こういうときなんて言えばいいんだろう?
have a good day?アレだ、have a nice day
なんとなく、電話の向こうで手を振っているような気がします。


最後まで我々らしかった。ありがとうね、またねと言えないソウルメイト

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