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月と六文銭・第十五章(4)

 動くものを狙撃するのは難しい。スピードもあるが、動きが予測できないことも多い。武田の計算能力で動く物体が百分の一秒後、十分の一秒後、一秒後、二秒後、三秒後、五秒後にどこにいるのかが予測できるからこそ、正確に狙撃ができるのだ。
 この特殊な能力が発揮されるのはターゲットが車で移動していて、事故に見せかけて無効化する時だ。

アサインメントその1:白いマセラティ

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 三、二、一、ゴー。武田は右後ろのドアを開け、顔と銃だけを露出し、マセラティの右前のタイヤを撃った。そのすぐ後にマセラティはグラッと左右にブレ、右の側壁にぶつかった。ドアを閉める瞬間、武田にはドライバーにっしーの顔が見えたが、恐怖に歪んでいた。
 その後は、映画のスローモーション映像のようにマセラティが右前を下に巻き込むようにひっくり返り始め、トンネルの中を幅いっぱいに転がり続け、漏れたガソリンに引火したのか、爆発を起こした。数十メートルも舗装を引き剝がしながら滑って行き、トンネルを塞ぐ形でようやく止まった。トンネル内に黒雲が立ち込め、視界が急激に悪くなっていった。
 ドライバーはリアミラーでマセラティの大破した姿を確認した。
「作戦完了です。本部に連絡します」
「ああ、頼む。いい車だったのにな」
「はい、あれは美しいラインの車ですね」
 メルセデスは減速することなく走り続け、あっという間に空港の到着レベルまで来た。いかにも迎えの車に乗り込んだかのように武田はきちんとリアシートに座り、携帯電話を出して、話し始めた。監視カメラ対策だった。ドライバーはゆっくり発進し、東京に向かう高速を目指した。

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 翌朝、シャワーから出てきて武田は、リビングにいた少し興奮気味ののぞみから声を掛けられた。
「哲也さん、見た?」
「何を?」
「ニュース。最近話題だった暴露系ユーチューバーが交通事故で亡くなったんだって」
「へぇ~、何を暴露していた人?」
「朝ドラ女優と人気歌手の不倫とか、ほら、あのパパ活していた政治家の話とか。『にっしー』と呼ばれている人よ」
「ふーん、パパ活してた政治家ね。で、どこで亡くなったの?」
「成田空港の近くのトンネル。なんかね、チケットの行き先がドバイになっていたらしいけど、そこに飛ぶ予定だったみたいね。ニュースでは詐欺と恐喝で捕まる見込みだったから、高飛びを画策したんじゃないか、って言ってたよ」
「ドバイに高飛びね」
「それでね、成田空港に向かう途中でスピードを出し過ぎたのか、トンネルの壁にぶつかって車が大破、燃えて死んじゃったんだって」
「うわ、怖いね」
「料金所でも減速しないような人だからかなり飛ばす人よ」
「危ないのにね、ゲートにぶつかったら」
「哲也さんもスピード出すの好きだから、気をつけてね」
「僕の安全運転ぶりを知っているでしょ?」
「いや、それは私が乗っている時だけでしょ?首都高を飛ばしている時のあなた、本当に楽しそうだから、心配だわ」
「分かった、今後は自重するよ。愛するのぞみさんを一人ぼっちにしたらいけないもんね」
「うふ、ありがとう。同じ成田方面だけど、今日、ウナギ、行きましょう!」

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 暴露系ユーチューバー「にっしー」こと西川にしかわ卓也たくやが事故で亡くなった翌日、のぞみと武田は成田のうなぎ料理・豊川本店でうな重を美味しく食べ、成田山新勝寺にお参りした。
 その後、空港で飛行機を見ることもできたが、にっしーの事故の後始末でトンネルが交通規制されているため、迂回する市道が混雑していたので、諦めて、帰ることにした。
「美味しかったね!久しぶりに美味しいウナギだった!うんうん」
 のぞみは普段だったら食べた後は眠くなるところ、ルンルンという感じで、外をキョロキョロ見たり、スピードメーターを覗いたりした。
「のぞみさん、なんでそんなに機嫌がいいのかな?」
 のぞみはちょっと俯いて、モジモジしていた。
「今朝、なったの。やっとあっちこっちの張りが取れて、だいぶ楽になった。ちょっとおっぱい小さくなっちゃったけど。ははは」
「そうか。張っているのがなくなったんなら、少しは楽になるね」
「うん、ありがとう。始まれば、モヤモヤはなくなるのに、肝心のエッチができないなんて、もう!って感じ」
 のぞみは本当に不満そうだった。
「それでね、先週はごめんね、いろいろ爆発して。パパとママにお見合いの話をされて、ムカムカしていたの」
 ふーん、お見合いね、という顔を武田がしていたら、のぞみが話を続けた。
「『今時、お見合いって、なんで?』ってちょっと喧嘩というか言い合いになって。私の今の年にはパパとママ、結婚していたって話から、子供は早く生んだ方がいいとか、自分たちの価値観を押し付けてきたから、私には私の考えがあるって言ったら、『お付き合いしている人がいるの?おかしなお付き合いはしていないよね?』ってまた言われて。しかも、自分たちは恋愛結婚でうまくいっているんだから、どうして私がお見合いをしなくちゃいけないのって思っちゃったの」

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 そういえば、のぞみの母は大卒の割には若いうちに結婚、出産していたな。
「確かに、時々外泊しても厳しいことを言われないのは両親の信用があるからで。もちろん、それはママがカバーしてくれていることもあるけど。
 パパは私が処女じゃないって知ったら寝込んじゃいそうな人だけど、優しくていい人よ。ママが初めての人だったらしく、すぐに妊娠したからそのまま結婚したの」
「ちょっと聞いてもいい?のぞみさんのお母さんは初めてじゃないってお父さんは知っているの?」
「さあ、多分、知らないんじゃないかな。ママはうまく話を合わせているみたいよ」
 武田がふーんという顔をしていたら、のぞみが続けた。
「一度ね、聞いたの、ママってどんなお付き合いをしてきたのかって。外国にいた時は現地の人と付き合っていたけど、日本の大学に編入した時に知り合って付き合った人が今でも一番好きだって言ってたのよ、信じられる?」
「情熱的な恋愛だったのかもね」
「そうかもしれないけど、もちろんママはパパのことをとても愛しているよ!先日なんて、廊下の向こうから声がするからこっそりに見に行ったら、パパとママ、してたのよ!年齢的にパパもママも哲也さんと同じくらいだから、することはあると思っていたけど、ママはパパの背中で脚を絡めていたの!多分私もしていると思うけど… 」
「ショックだったの?」
「ううん、逆。私、初めてママのあの時の顔見ちゃったんだけど、夢中になっていたみたいで、すごく気持ち良さそうな感じだったの」

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