月と六文銭・第十七章（１７）

１７．守護神と疫病神
　The Guardian Angel and the Curs

　武田は、自分が大阪で地下と地上の混雑を演出したの時のことを思い出していた。それで初めて日本にも自分同様の工作員がいることを実感し、"同僚"・田口たぐち静香しずかの存在を知ったのだ。彼女とじかに話すようになってから、その仕事の徹底ぶりに驚き、完璧さに感心していた。

　のぞみが帰った後に武田は田口に連絡してみた。

tt：こんばんは、上野の火事のこと、聞きましたか？
　大阪のことを思い出しました。
st🐈：こんばんは！
　ちょっと電話してもいいですか？
　BBで
tt：はい、それでは1分後に
st🐈：了解です！

　はて、電話で話す内容なんてあるのだろうか？え、まさか！？

　秘密通信の為に組織が支給しているブラックベリー1750が振動した。武田は架けてきたのが田口だと確認してから出たが、相変わらずの田口の先制攻撃で会話が始まった。

田口：もしもし、ガス爆発で中国軍の白虎バイフーを取り除きました。
　あ、田口です、こんばんは！
武田：こんばんは。
　静香さんが何かやったのかなとちょっとだけ思ったのですが、どういう意味ですか、爆発で取り除いたって？
田口：中国の暗殺集団明華ミンファに導かれて、中国軍の白虎、あ、日本語読みではビャッコですが、正式名四川シチュワン峨眉エメイ班が日本に侵入していたのが分かりました。
　そして、狙いがアルテミスと判明したので、彼らが馴染みの中華料理屋にいる時に一斉に取り除きました。
武田：それでは、あの爆発は静香さんが？
田口：作戦は私が練り、OPのスタンが爆発を調整して、先ほど実行しました。

　OPとはオペレーション・パートナーのことで、作戦を実行するツーマンセル＝二人組の相手方のこと言い、田口の現在のOPはスタンレイ・タッチストーンという男性だ。

武田：私が狙いと判明したとは、どういうことですか？
田口：明華の一人が連絡員となって、白虎にアルテミスの住処を3か所ほど伝え、襲撃する予定を立てていました。
　どうやって連絡を取っていたのか、判明していないのですが、それももうすぐ分かるでしょう。
武田：その3か所とは？
田口：世田谷のマンション、中目黒の知人のマンション、恵比寿の定宿。
　既に世田谷のマンションは毎日監視されていますが、中目黒のマンションにはのぞみさんも来ることがあるので、彼らが襲ってきたら困ると思いまして、早めに処置しました。

　処置とは爆殺したということか…。

武田：ありがとう、というべきですよね？

　武田は戸惑っていた。自分を守るために田口が人を殺したというのだ。互いに、互いのために、必要ならば生存を最優先することにしているが、新聞に載るような事件で実行したとなると、どう思っていいのか分からなかった。

田口：我々にとって貴重なアセットであるアルテミスを失うような作戦には対処するとの本部の方針に従ったまでです。そもそも存在が秘匿されないといけないので、何らかの形で白日の下にさらされたら困りますし。
武田：私の命を救っていただいたということですね？
田口：任務ですので。
　しかし、早急にこの脅威を止めないとキリがないですね。
武田：やはりswordfishメカジキ作戦を前倒しにしないといけないでしょうか？
田口：その方が良いと思います。
　言っておきますが、アルテミスが自分の存在を一般社会から隠しているのと違い、今回は我々の世界での戦いです。
　存在が判明したら即、死を意味します。
　感傷的になることも、責任を感じる必要もないです。
　我々の作戦が成功し、彼らの任務が失敗しただけのことです。
　あなたが自分で処理しないといけなくなったら、毎日誰かしらを射殺しないといけない生活がしばらく続くことになるのを一気に解決しただけです。

　武田は感謝していたし、それが冷徹な現実だと分かっていた。
　しかし、田口は愛する男性のために人を殺していることを本当に分かっているのだろうか？指示や命令に従っていると言ってしまう方が楽なのは分かっている。この世界では、公私混同が死に直結することを最もよく分かっているのが田口だと武田は思っていたが、もしかしたらどこか意識が麻痺しているのでは？