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月と六文銭・第十七章(07)

7.駐在武官・秦江毅
 Qin(Chin), Ko Ki: The Military Attache

 中国人民共和国駐日本国大使館駐在武官・秦江毅シン・コウキを乗せた車は京葉道路を船橋ジャンクションで降り、地方法務局で左に曲がり、すぐに右に曲がって、更に北上した。JR、京成、東武の各線路を順にわたり、東海神駅の横を通って4階建てのやや古いマンションの駐車場まで来た。

 秦は地元の大学に通う飯田はんだすみれの部屋の番号を入力してブザーを鳴らし、表玄関の鍵が開錠されたところで中に入った。飯田の部屋を訪れるのは隔週の木曜、一緒にいるのは18時から23時のことが多い。ずっと部屋にいることもあれば、駅そばの料理屋で夕食を摂ることもあった。
 船橋に来ない週の木曜日は都心のホテルに飯田が向かって二人は会っていた。米情報機関の完全監視下で秦の動きが逐一記録されていた。飯田も監視対象になっていたが、残念ながら秦の夜の相手をしているだけで、秘密を洩らされたり、何か情報活動を手伝っていることがないのが確認されていた。
 飯田は元々趣味で中国語を勉強し、大使館のイベントに参加したり、手伝ったりしていた。それが、秦の目に留まり、やがては愛人のような関係になった。手当を貰っても飯田は堅実な学生だったのか、学業は手抜きせず、スーパーでのアルバイトもやめずに続けていた。週一回の中国語講座にも変わらず通っていた。木曜日の夜のアルバイトだけをやめて秦と会っていた。秦はそういった飯田の堅実さが気に入っていた。
 秦は日本にいる間だけの愛人だと割り切っていたので、リラックスすることはあっても情報を漏らさず、情報活動に飯田を従事させることもなく、決められた時間だけ自分の相手をさせていた。飯田に比べ、秦の妻の方がずっと美人でスタイルも良かったのだが、秦は飯田が気に入っていた。すべてが平均的で長短、可不可がなかった。いや、柔らかい笑顔が良く、きつくない中国語で話すのが妻に比べて良い点だった。二人でいる時はリラックスしていて、ベッドで秦の求めに応じるのが彼女の唯一の"仕事"だった。
 二人は様々な体位で交わることはあったが、秦が飯田をベルトで打つとか、首を絞めるとか、無理やりアナルにペニスを押し込むようなアブノーマルと分類される行為はせず、純粋に飯田が性高潮シンガウチャウ=オーガズムを迎える姿を見るのが好きだった。敏感な体の飯田は達すると毎回全身が痙攣するのだった。その後、子犬のように丸まって寝る姿が可愛いと秦は思っていたようだ。

 飯田のマンションからの帰り、秦の車は真っ直ぐ南下して、東武の高架線の下のトンネルを通過し、JRの高架線の下をも抜け、京成線の駅の横を通って京葉道路に向かうのがいつものコースだ。京葉道路に入ってしまえば都心はすぐだった。

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