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月と六文銭・第十三章(4)

 武田は執着するなと教育されてきたのに、車と女性に対する執着を捨てることができず、それが今、自分の首を絞め、命の危険に結びつこうとしていた。

~ダブル・トラブル~(1)


 武田は窓辺の椅子に腰かけ、オットマンに足を乗せ、ノートPCに届いたメールを見ていた。少し渋い顔をしていたのは、同窓会の案内を読んでいるからだった。
 今はベッドで静かに寝息を立てている田口たぐち静香しずかが起きていたとしても、彼女の所からは画面を見ることはできなかったので、面倒な指令が来たのかと聞いたかもしれなかった。
 武田は大学時代、1年間留学していたため、入学当初のクラスメイト達から1年遅れて進級し、卒業していた。途中からほとんど交流も絶えていたため、仲の良かったコアメンバーとは時折やり取りはあったものの、同窓会にはやはり興味はなかった。
 それは自分の任務などを考えたら都合のいいことで、自分の過去を知る人が少なければ少ないほど、目撃される確率や気付かれる心配が減ることを意味した。

 しばらくして田口がゆっくり起き上がり、爪先立ちでバスルームに向かいながら、鏡越しに武田に話しかけた。
「汗をたくさんかきましたので、私の背中を流してくださる?」
 鏡越しのウィンクに武田はにっこりして立ち上がり、バスルームに向かった。
 シャワーの中で、武田は後ろから田口の背中や尻、前から胸や腋、腹や股間などを丁寧に洗った。脚を持ち上げ、太腿や脹脛もマッサージしながら洗った。
 田口は片脚を上げてY字バランスもI字バランスもできるほど体が柔らかかったので、口で武田の男根を勃たせ、片脚をすっと上げて前からそれを受け入れた。田口はI字バランスの体勢で片脚を武田の肩に乗せたまま一度達してから、体をひねって後ろから受け入れる体勢に変え、2人とも軽くイったところで、シャワーを終えた。
 身体を拭いて乾かし、空調を低に調整して、二人でベッドに倒れ込んだ。武田は比較的真っ直ぐな体勢で、田口は彼に体を半分重ねる形で寝始めたが、田口は警戒を怠らず、例の簪型の髪留めをして寝ていた。


 翌朝、田口は名古屋での学会に行くため、朝食も摂らずに品川駅へと向かった。当然、昨夜のレースドレスではなく、きっちりしたスーツを身に付け、メガネを掛けた営業職員に化けて出掛けて行った。
 もちろん、営業職員は表向きのカバーで、実際には仕事に使うことができる新型の薬品がないかを調べるのが主目的だった。どこまでも仕事に忠実な人だと武田は感じた。

 武田は田口を部屋から送り出し、再び窓辺の椅子に座って、ノートPCで最新ニュースを追っていた。次の投資案件、投資対象を探していたのだ。不謹慎だが、戦争、災害、政変があれば儲けられるチャンスがある。市場が大きく動くのはそんな時だ。
 九州での地震で自動車の完成車生産が滞り、日本の輸出台数が大幅減となった結果、国内メーカートップ2社の国際部門が5~8%の売上減が予想された。為替レートと考え合わせると全体の売上が1割ダウン、最終利益には15%の影響が出るだろう。ドイツのメーカーと世界生産台数のトップ争いを繰り広げている愛知自動車はトップの座を譲ることは確実となったし、日仏連合のシェブロン・ダイニチ・モーターズはせっかく開拓したアジアマーケットの成長が足踏み状態となるだろう。
 以前、大阪で武田が交通マヒを起こさせ、田口が日本の人工衛星ビジネスの重鎮を二人も殺した結果、米国は引き続き西側の人工衛星ビジネスを独占し続けることができるようになった。国産ロケットで人工衛星を打ち上げるプランが後退し、2~3年間は米国のロケットに打ち上げてもらう形となり、コストが大幅にアップする見込みだった。


 武田はこれまで手を入れて自分好みに仕上げてきたGT3が惜しいと思い、渡英中はどこかで預かってもらい、帰国後に再度乗りたいと考えた。
 そこで、その間、自分の替玉が乗れるような車両を用意しようと思い、同型の安い車両をディーラーの所長に探してもらおうと考え、電話したのだ。
「普段遣いできるように、ですか?
 やってみます」
「女性でもある程度楽しめるといいです」
「なるほど、分かりました!」
 所長は武田がガールフレンドに運転できるようにしたいと思ったようだった。
「後ろのシートはどうしますか?
 快適装備はそのまましておくこともできますが」
「今のと同じように後ろをなくしてください。
 それで、どれくらいかかりそうですか?」
「5、いや6週間ほど時間をください。
 同色の車体がなければ、塗って乾かす時間が必要となります」
「分かりました。
 1週間ごとに進捗を教えてください」
「分かりました。
 いつもありがとうございます」
そう言って所長は電話を切った。
 武田は電話を切った後、ふと田口だったらどう答えるか考えた。のぞみも所長も自分も皆関東の人間だから「どれくらいかかりますか?」と聞いたら、時間や期間で答えるが、関西の人は金額やかかるお金で答える。タクシーがいい例だ。東京では「10分くらいですかね?」と答えるが、大阪では「千円かなぁ」と言う。
 所長も普段はかかる時間か期間を答えてからお金の方を告げた。


 自分のダブルは用意できている。車のダブルも用意できる。もう一度恋人の三枝さえぐさのぞみに確認し、田口にも状況を説明して、あとはステージのセッティングだけだった。
 これだけ準備しても「中国」が納得しなければ、武田はいつまでも死神を気にしながらの生活を続けないといけない。
 武田は数日考えた末、のぞみのダブルを用意できないか、田口に自分のアイディアをぶつけてみた。
 ダブルとは昔でいう影武者のことで、米国大統領や徳川家康、アドルフ・ヒトラーなどがダブルを使って暗殺を逃れていたとされている。
 ボディダブルとは映画などで俳優や女優の代わりにスタントをしたり、ヌードシーンをしたりする役割の者で、撮影中に一部入れ替わったり、リハーサル中は本人が登場するまで代役を務めたりするものだ。

「それは難しいと思います。
 癌の若いシングルマザーで、お子さんが残されるケースでないと交渉の余地はないです。
 しかも、のぞみさんのご両親が死体を確認するのですよ。
 ほぼ間違いなく、見抜かれます」
 のぞみのダブルは可能か田口経由で本部に照会してもらったが、もちろん簡単なことではないことは武田も分かっていた。米国と違い、日本には戸籍制度があって、生まれた時から死ぬまで国家が記録しているため、それを誤魔化すのはかなり難しい。
「加えて、若い女性がどのようなお付き合いをしてきたのか、全てを把握するにはかなりの時間が必要です。
 ダブルとなる女性の過去を知る男性などが現れた場合、困った状況になってしまいます」
「戸籍のない女性は?」
 田口は武田の言ったことを咀嚼しようと少し考えこんでから答えた。
「それは、もう私には分からない世界です。
 現時点での最良策は、のぞみさんに出向してもらって、2年後に英国か日本で再会することだと思います。
 その方が彼女も安全だと思いますよ。
 何せ、中国勢は私が武田さんのパートナーと考えている節があり、武田さんにものぞみさんにも、このままの方が都合良いと思います。
 もちろん、私がそう見せかけていますので、多分のぞみさんが単独で狙われる可能性はかなり低いと思います」

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