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天使と悪魔・聖アナスタシア学園(29)

第二十九章
 ~友のため、お前なら何を差し出す?~

 マサミは昨晩自分で作った結界、五芒星の前に立った。短刀が置いてあった。

<これは私に血を流せということよね?>

 マサミは短刀を取り、五芒星の西の頂点の前に立って、掌を縦に切り始めた。そのまま手を握り、血が流れ出たのを五芒星の頂点に垂れるようにした。
 血が五芒星に触れた瞬間、星形に火が上がり、ろうそくが煙突の役割を果たしているのか、炎が天井まで伸びた。
 マサミはびっくりして仰け反り、そのまま天井を見上げた。炎が竜巻のように渦を作り、その中にルキフェルの顔が浮かんだ。

「マサミン、ユーリカウの話を正確に聞いて、明日の晩、儂に報告せい」
「は、必ず」
「ヴィオラを良く見守れ」
「何かあるのですか?」
「明晩、オリーブ油の湯で身を清め、麻でできた修道服を着て、儂の下に参れ。
 全員だ、降霊に参加する者は全員、身を清め、儂の沙汰を待て」
「ルキフェル様、私たちと交わることを望まれていますか?」
「お前が望んだことだ。
 他の全員もお前に従うだろう。
 身を清めておけ」

 ユリとスミレは分かってくれると思う。優子と未希は、説得するしかない。脅すわけではないが、全員が従わないなら、多分、私たち全員が一人ずつあのユータリスと名乗るインキュバスに殺されていくだろう。

「分かりました。
 ユーリカウ、ヴィオラ、コンスタンス、ハーベータと私の五人、オリーブ油で身を清め、ルキフェル様を受け入れる準備をしておきます。
 しかし、お言葉ですが、一人、欠ける場合も有り得ますが」
「それはお前が一番よく分かっていることではないのか?
 お前が守りたいと思っている人たち、お前が一番大事にしている人たち、お前の永遠の友達を、このままでは残念ながら、守れない。
 今のお前ではユーリカウもヴィオラも守れない。
 既にケラスースを失っているではないか?」

<どういうこと、サクラは何かの犠牲になったというのことなの?>

「今のお前ではとても戦えない。
 望む、望まないはお前が決めることではない。
 儂はお前に力を注ぎ込むつもりだ。
 明日の夜までに決意せよ」
「は、明日の晩ですね」
「そうだ」

<やはり、ルキフェル様は私を望んでいる。それでスミレとユリ、降霊の会に参加してくれているクラス代表たちを守れるなら>

 マサミは皆に嘘をついていたことがあった。一番お姉さん的な存在のマサミは、実は男性経験がなく、結婚するまでしないでおこうと思っていた。両親の話を聞いていたら、結婚するまでしなくてもいいと思ってきたのだ。
 マサミの両親は同級生で初めて同士で、自分が誇りに思えるとても温かい家庭を築いてきた。父も母も優しいが、締めるところは締める、しっかりした親で自分の理想像だった。マサミが男性経験は夫一人でもいいのではないかと思うようになったのは自分の親を見ていたからだ。
 しかし、ユリたちも大切だ。自分のこだわりのために、彼女らを犠牲にすることは許されない。
 同時にルキフェル様の真意を知りたい。今まで私たち自身を望まれたことはない。「悪魔の取引」とは命とか大切な物を犠牲にする代わりに、普通には得られない事物を手に入れるためと考えてきた。私たちは時間という見えない価値を提供すると言ってきた。それとて大切且つ貴重な物だが、命や信条を捧げるとなると人間としての価値が問題だろう。

***
 東へと空を飛翔しながらルキフェルは今の会話、東洋の降霊師・マリア・フェライヤ・マサミンとの会話を思い出していた。

<儂と何度も会話をしたと言っているし、幾度も降霊を行ったこと、友人たちの願いを儂が何度も叶えてきたとも言っていた。
 いつ、誰が、何の目的で儂を演じ、儂と同じ力を発揮してきたのか?
 アメヌルタディドか?兄者はそのようなことをすまい。アメヌルタディドだ。
 これは由々しき事態になってしまう可能性があるぞ。
 アメヌルタディドがこの乙女たちの願いを安易に叶え、やがて滅ぼすつもりなのか?
 まさか、この東洋の島国の社会を崩壊させる目的でこれから子を産む年代の女性を誘惑し、支配下に置いて、私兵に変えているのか?
 アメヌルタディドに聞く前にインキュバスたち、サーキュバスたちの様子をみるか>

 マサミが悩んでいる間に、実はアメヌルタディドとユータリスの計画は着々と進んでいた。これはルキフェルが薄々感じていたことだが、確証がなく、急に弟を詰問しても否定されたら、逃げられてしまうと思ったので、周囲から証拠を集め、逃れられない状況にしてから問い質すつもりだった。
 しかし、忠実な僕と名乗る東洋の乙女が純潔を捧げるというほどの覚悟、聞いてやらねばならぬだろう。西洋と違い、この国における神の前の純潔の価値の度合いがだいぶ違うのは儂も理解しているが、これまでマサミンはきちんと儂、いや本当の儂ではないと思われるが、との約束を守ってきたようだからな。

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