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天使と悪魔・聖アナスタシア学園(11)

第十一章
 ~倫理観と距離感・ユリ~

 恒例の会は主催者側の四人とクラス代表五人の九人が正式メンバーと言えた。元はマサミが旧館の図書棚で見つけた降霊術の本の記述に従って霊を呼び出してみたいという興味から始まったものだった。互いに進路や勉強の悩みを共有し、最終的には霊に相談して、導いてもらうことが目的だった。
 そのうち、ルキフェルだけでなく、死んだ人の霊を呼ぶことができるのか、生きている人の霊を呼ぶことができるのか、呼び出した霊と一対一で会話ができるのか、一対一で結界を離れて一緒にいることができるのか、とエスカレートしていった。
 そして、帆波ほなみが禁断の扉を開いた。呼び出した霊が赤の他人で、なんと人気絶頂、サニーズ事務所の今や看板スターとなっているプリンセス・キングスの歌手兼俳優の永野ながのけんを呼び出した上、「西の部屋」と彼女らが呼んでいる別室に連れて行って、男女の交わりを実行したのだ。
 二人だけで会話するとかキスをするくらいにしか思っていなかった他の8人は耳を疑い、あまりに激しい帆波の喘ぎ声に耳を塞ごうかと思ったほどだった。
 次に梨花りんかが結婚したばかりの好きな俳優を呼び出して西の部屋で馬乗りになって彼の精を搾り取ったが、帆波ほど激しくはなかったので、むしろ全員が安心した(?)。

 ところが、倫理観がおかしくなり始めたのは、優子ゆうこがお世話になっている叔父にお礼がしたいと言った時からだった。

「まさか、ねぇ?!」
「普通に会って、お礼を言えばいいけど、恥ずかしいから二人きりで言いたいんじゃないの?」
「ない、ない!絶対そんなことしないよ、優子は」

 これがみんなの反応だった。アイドルや俳優はある意味無関係な人間だ。血は繋がっていないし、実際に会うことも(ほとんど)ない。
 しかし、学費の保証人になっている叔父、母の弟、で昔から好き、というか憧れている年上の男性だったら、そういう気持ちになってもおかしくはないか、と全員が自分自身を納得させて、降霊に協力した。

 ルキフェルは面白そうだと喜んで優子の叔父の霊を連れてきた。幸い叔父は寝ていたので、肉体から魂を抜くのは造作もないことだった。

 優子は神、あるいは悪魔、のお墨付きを得た気で堂々と西の部屋に入り、残りの8人が耳疑うような声を出しながら、母の弟である叔父さんと交わった。しかも30分近くもあの声が扉の向こうから洩れ続けたのだから、サクラとスミレはその晩は思考停止に陥り、そのまま寝入ってしまったほど衝撃的な出来事だった。

 これに勇気を得たのが未希みきで、自分の番が来た時は父親を呼び出したいと言った。優子と違って、未希は同じ屋根の下に住んでいる父親を呼び出したかったのだ。さすがにこれはまずいだろう、と一旦はブレーキを掛けたものの、結局は未希の「自分だけ呼び出したい人を呼べないのはフェアじゃないし、実物は部屋で寝ているのだから問題はない」との考えを展開して、父親を呼び出すことに全員を賛成させた。
 二人は西の部屋に入っていった。優子に負けず30分は嬌声が漏れ聞こえ、終わった後に部屋から出てきた時の未希の充実した顔を見たら、何か別の闇が彼女にはあるのだと全員が思わざるを得なかった。

 ここまでエスカレートすると、次はもう驚かないぞと全員が思っていた。未希の行動が全員の思考の限界だったようで、マサミ、ユリ、スミレ、サクラは相変わらずルキフェルに進路の悩みを相談したり、亡くなったおばあちゃんを呼び出したりして、ある意味可愛い降霊の会が続いた。

 しかし、ユリが「モヤモヤして勉強が手につかない、発散したい」と主張して、一応主要メンバー四人で協議して、父親や兄弟、近い親戚の男性を呼ばないのなら、呼び出しても良いということにした。

 サクラはユリとずっとクラスも一緒という仲良しで、ユリが普段の授業の時間でもモヤモヤしているのを見て、順番を替わってくれると言ったのだ。

「え、いいの?」
「うん、アタシは来週でもいいけど、アンタ、最近モヤモヤしてること多くて、すっきりしたいんだろうと思って」
「あ、ありがとう」
「でも、約束を守ってよね、お父さんとかお兄さんとかダメよ」
「分かってるよ」
「ならいいけど、やっぱり未希の件、アタシもすごく気になっていて。シスターとかカウンセラーとかに相談しなくていいのかな?」
「今のところは大丈夫そうだけど、また何かあったら相談しましょ」

 結論が出たのを見て、マサミが全メンバーに降霊会の予定を連絡した。本来、今週はサクラの相談する番、来週は優子が相談する番になっていたから優子は自分の番はどうなるのか、降霊会が始まってから全員に聞いた。

「今後の順番って?」
「あ、大丈夫よ、サクラとユリが入れ替わるだけ。ユリの次は優子、その次がサクラってことになるね」
「うん、分かった」

 穿った見方をしたら、優子は順番が変わっちゃうと困ることがあるのだろう。例えば、別の日だと叔父が時差のあるところにいて、降霊の時には寝ていない可能性があるとか。優子と未希を降霊会に取り込んでおくには、彼女達の要望に応える必要があるが、自分たちの見えるところでしか倫理に反する行動を取れないのは一種の制約、ストッパーになると考えていた。

「で、ユリは誰を連れてきて欲しいの?」
「数学の斉藤先生」
「え?先生?大丈夫?下手したら毎日顔を合わせる人よ。万一、向こうが覚えていたり、気が付いたりしたらどうするの?」
「それはないんでしょ?大丈夫よ。しかもアタシとのことを言ったら、学校にいられなくなるのは向こうだから」
「それはそうかもしれないけど」

 ユリのモヤモヤは、あの斉藤先生の声で自分の欲求が揺り起こされるのが原因だった。一回すっきりさせておきたいと思ったのだ。自分の考えが正しければ、一回すっきりすればもう気にならないだろう、学校で聞く声の一つでしかなくなるだろう、ということだった。
 もちろんユリにとってこんなことは初めてで、優子や梨花が西の部屋で実際に何をしているのかは見たことがないから、これまでは普通の行為をしているのだろうとしか想像できなかった。漠然と、霊とはどうやってエッチするんだろうという疑問はあった。

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