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天使と悪魔・聖アナスタシア学園(19)

第十九章
 ~先生の声、インキュバスの声~

「お疲れ様、もう寝よう」
「そうだね、お疲れ様~」

 マサミの発声で「今日の行事は全て終了、明日に備えて全員が寝る時間だぞ」という意味だった。

 梨花は興味津々だったから、廊下を歩きながらユリに話しかけていた。

「ねぇ、ユリ、良かった?」
「え、ここで聞かれたら、皆に聞こえちゃうよ。
 ちょっと恥ずかしいな」
「率直な感想を聞きたいな。
 アイドルに抱かれてアンアン言ってた私とは違う体験だと思うからね」
「普通に気持ち良かったよ。
 まぁ、普段のエッチよりは数倍良かったのは確かで、ゆり子が生身の人とできなくなると言ったことは理解できた。
 でも、賛成はしないよ。私はやっぱり生身の人がいいなぁと思ったよ」

旧教会堂
降霊会を開催している旧教会堂の
東の壁には守護聖人像が複数ある

 全員が寝静まった頃、マサミの屋敷の屋根の上でアメヌルタディドはユータリスと西の方角を眺めながら、今後の計画について話していた。

「ユータリス、どうだった、ファービウス・ユーリカウ、地上ではユリという名の女子生徒は?」
「確かに私の声に反応しておりました。
 女性の場合、感覚と感情を司る脳の部分が男性よりも近いため、感覚で物事を判断したり、感情で動きますが、彼女の場合、耳が特に敏感で、特定の周波数への反応が鋭いようです」
「降霊以外ではどうなる?」
「今夜しっかりと彼女の脳を私の声に慣らしておきましたので、たとえパートナーが目の前にいても、サイトウの声を聞いたら、そちらに全神経を集中します」
「明日はサイトウの補習という学業の時間があるから、そこで誘惑してしまえ」
「はい、承知いたしました」
「そういえば、お前は月の位置のことを言っていたが、ユーリカウの月の位置は良いのか悪いのか、どっちだ?」
「先々月、パートナーと喧嘩し、学業も一時滞ったことから、月の動きがややゆっくりとなっていましたが、先月後半から動きは再び安定しております。
 この2、3日中に子を成す状態に体がなりますので、その前にサイトウが誘惑したら」

 アメヌルタディドは顎髭を触りながらここ50年ほどのこの国の状況を思い出して、ユータリスに話し始めた。

「この国は興味深い。
 子供の増える割合が良くないというのに、それを向上させる施策に乏しい。
 子供を育てるのに莫大な金銭がかかる割には社会の互助精神が欠けていて、子供を育てにくい社会となっているようだ」
「一千年近く、為政者に政策を任せてきたツケとはいえ、民主国家を名乗りながら主権は民衆にはない不思議な国です。
 他の国では無能な為政者は力づくでも排除され、頭と体が斬り離されるというのに、この国ではそのようなことがここ千六百年近くありませんでした」
「お前が言うように為政者に頼り切ったため、民衆に統治能力が育っていない。
 あの無罪となった幼児殺しの青年がいい例だ。裁けない、かといって贖罪の規則も決まっていない、監禁・拘束してもいけないし、根本治療を施してもいけない。
 儂らのことをルールのない自由な種族のように語っておるが、儂から見たら、ルールはあっても守られていない、守るべきルールは曖昧、罪と罰の関係があいまいなこの国の社会の仕組みは誠に危うい。
 モラルと呼ぶものも時代とともに変遷し、愚民どもの総意で社会的罰が決定される社会など見ていて不愉快だ。
 兄者がその昔、バビロニアを統治したハンムラビに授けた同害報復の原則などは分かりやすく、この程度しか人間どもは理解できないのだから、それに沿って法制度を整えればよいものを…」
「しかし、それは40世紀ほど前のことで、それから人間の社会もそれなりに複雑にはなっています」
「だが、人間どもはこの40世紀でどれだけ発達した?
 猿から分岐してから六百万年か八百万年も経ったというのに、いまだに悪意というものを判別できずにいる」

 ユータリスは不思議に思っていた。アメヌルタディドは、天を統べることになる双子の大天使ミカエルとルキフェルの弟として、権限も権力もないことに不満を持ち、父に取り入って兄を貶めたりしているのに、地球という惑星の人間どものことが気になっているようだった。今までだったら、虫けら以下!と言って切り捨てただろうに。あの似たような惑星のアクアリスでは内戦を起こし、地上に生物が一つもいなくなるまで戦わせて壊滅したこともあるのに、学園という小さな社会の女生徒たちという小さな存在が気になっていらっしゃる…。

「ユータリス、ファービウス・ユーリカウを使って、この学園という小さな社会に嵐を起こし、やがてはこの国を巻き込んだ大きな嵐が吹き荒れるようにせい!」
「は!」
「儂はあのマサミンという女子生徒が気になる」
「統率力、組織力の両方に優れていますし、勉強熱心ですね。
 戦闘能力はどうかは未知数ですが」
「アヤツが最も戦いにくい相手は誰だと思う?」
「全幅の信頼を置いているあの三人の仲間の女子学生ではないでしょうか」
「そうだな」

 アメヌルタディドは顎髭を撫でながら、何か面白い展開にならないかと考えているようだった。

 ユータリスはファービウス・ユーリカウをどのようにどのタイミングで誘惑するか頭の中で立体的な計画を立てていた。
 少なくとも明日の補習の授業の際に種をまき、その次の日にユーリカウを誘惑し、周囲を混乱に巻き込むところから始めよう。いくらあの四人の絆が固く強いと言えど、鎖には必ず弱い箇所があって、そこからほどけていくものだ。

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