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小説漫画空間物語「漫画びとたちの詩」第9話

第9話 ある似顔絵描きの話

※この小説はフィクションです。 漫画空間以外は実在の人物、団体等とは一切関係ありません。

 漫画空間にはかなり個性的なお客さんが多いのだが、その中でも際立って個性的なのがE君だ。最初のうちは君付けで呼んでいたが、今はしていないのでEと呼ぶことにする。E、Eと連呼するとショッカーみたいだが…。
 Eの最初に来た時のインパクトがすごかった。チリリンとドアが開いて「いらっしゃい」というと身長185cmくらいで縦横がっしりして、眉毛が太くてギョロッとしたどんぐり眼の男がでかい声で「こんにちわー!」と入ってきた。思わず他のお客さんが振り向いたほどだ。格好は山高帽に赤のブレザーといういでたちだ。山高帽と言っても上が丸くなっている奴じゃなくて上が平たくなっていて高さが30cmくらいある奴だ。よくサーカスの猛獣使いがかぶっているものを思い出してほしい。それに赤いブレザーに蝶ネクタイででっかいキャリーケースを引いている。最初大須によくいるチンドン屋か大須演芸場の芸人が来たのかと思った。帽子の高さまで入れると2m以上ある。うちの天井は低いので天井すれすれだ。システムを説明して席に着くとキャリーケースからでかいデッサン帳を出して描き始めた。体重も100キロ以上ありそうだ。机と椅子が小さく見える。椅子をギシギシと軋ませながら描いている。
 「なんかすごい格好してるけど何屋さんなの?」と尋ねると「おいら似顔絵描きなんすよ。公園とかスーパーとかのイベント会場で描く時に目立つようにこんな格好しているんです。アッハッハッハー」とでかい声で笑う。
「あ、そう!似顔絵描いてるの?その体格でその格好だと目立つだろうね。一度見たら忘れないよwww」
「はい。名古屋似顔絵団という会社がありましてね。そこに入ってて、そこから今日はここに行け!明日はここに行け!って指示が来るんです。今日はその帰りなんです。」
「へー!そうなんだ。そんな会社があるんだね。」
「似顔絵描き始めてもう長いの?」
「いや、まだ半年くらいですかね。」
「そうなの。じゃ、これからだね。」
「はい、でも結構難しいんですよ。お客さんを楽しませながら描かないといけないし。待たせるといけないから一人10分くらいで描かないといけないんです。おいら知らない人と喋るの苦手な方なんで、何を話せばいいのかわからないんです。それに似せないとといけないし。不細工な人でも可愛く描かないといけないし。似てないってクレームになったりするんです。だから結構すぐやめる人も多いんですよ。仕事もほとんど土日しかないのでそんなに儲かるものじゃないし。場所によって売上が全然違いますしね。いい場所をもらえればいいんですけど、悪い場所をもらうと一日無駄になりますからね。」
「そうなんだ。結構大変そうだね。」
「はい、好きじゃないとできないですね。おいらも土日以外はわりと暇なんで漫画を描いてみようかと思って。」
「そうなんだ。じゃ、頑張って作品完成させないとね。」
 それから3時間描いて帰ったが、とにかく声が大きい。その上おしゃべりだ。描きながらずっと喋っている。第5話で登場したYさんといい勝負だ。帰った後、その場にいたT君が「なんかすごい人ですね。ずーっと喋ってますね。声うるさいし。」と言って来た。
「うるさかったね。ごめんよ。結構強烈だったね。」
「また来ますかね。」
「さ、どうだろうね。」と話していた。

 が、それからEはほぼ毎日のように来るようになった。
そのうちみんなEが来ると声が大きいのでイヤホンをして描くようになったが、本人は何食わぬ顔で独り言のように喋りながら描いていた。あと、Eは貧乏ゆすりもひどかった。床が振動するので最初地震かと思ったくらいだ。
 そのころは常連のみんなで閉店後に飲みに行くということも多かったが、顔見知りが増えるとEもそのうち一緒に付いてくるようになった。
 行くのはいつものオール280円という安い居酒屋だ。そこでみんなで深夜まであーだ、こうだと言いながらワイワイと飲むのが楽しかった。
 ある日、Eも一緒にいつもの常連たち4~5人とその居酒屋で飲んでいた。Eは声がでかいし、笑い声もでかい。周りの人たちが驚いて振り向くくらいだ。そのうえ貧乏ゆすりしながら飲むのでテーブルがガタガタ揺れる。注意すると止めるがしばらくするとまたガタガタし出すから落ち着かない。そのうち酔っぱらってきて益々声がでかくなるからタチが悪い。
 その日は飲んでいるうちにG君とEが言い争いになった。原因はEがG君の描いている漫画を上から目線で馬鹿にするように批評をしたことだった。世間には自分のことは棚に上げておいて、人を上から目線で批判ばかりする奴がたまにいるが、それと同じだ。Eはまだひと作品も完成させたことがないのにG君の作品のダメ出しをし始めたのだ。G君も売り言葉に買い言葉で「うるさい!お前に言われる筋合いはない!お前みたいなプー太郎で売れない似顔絵描きに言われたくないんだよ!それに声もでかいしうるさいんだよ。みんなお前に迷惑してるんだよ!」と言ったものだから「なにをー!」となって大喧嘩だ。慌ててみんなで止めて引き離してその場はお開きとなったが、それからEはみんなから距離を置かれるようになってしまった。
 Eは悪い子ではないのだが結構人づきあいが不器用だ。今までもたくさん失敗していた。

 数日後、Eが来た。その時は店にはまだ誰も来ていなかった。
 「店長、この前はすいませんでした。おいらダメなんすよ。つい思ったことズケズケ言っちゃうんです。」
「この前はちょっと言い過ぎだったね。ま、すんだことは仕方ないよ。」
「おいら空気が読めないっていうかコミュ障なんです。どこ行ってもみんなから嫌われちゃうんです。仕事でも先輩たちから嫌われてて。仲良くなろうと思ってコミュニケーション取ろうとするたびに嫌われていっちゃうんです。だから仕事も長続きしないし。人に嫌われないようにと思うと余計に勝手にどんどん一人で喋っちゃって相手が引いていくんです。」
「そうか…。コミュニケーションってのはなかなか難しいからねー。喋り上手より聞き上手にならないとね。俺なんか、そーか、そーか言ってるだけで結構コミュニケーション取れるぜ。」
「そりゃ店長は会社にも長くいたし、みんなと仲いいし…。でもおいらダメなんです。今の仕事も先輩と上手くいかなくて。辞めようかと思ってるんです。何をやっても役立たずなんですよ。」
「役立たずってことはないだろう。」
「いや、おいら本当に今まで何をやってもダメな役立たず人間なんです。おいらこの先どうやって生きていったらいいですかね?」
「役立たずで思い出したけどさ。」
「はい。」
「聞いた話だけどな、縄文杉って知ってるか?」
「はい。屋久島にあるやつでしょ?」
「そう。縄文杉ってのはな、今でこそ樹齢1000年以上の霊木としてパワースポットだのって有難がられてるけどな、実は役立たずの木だったらしいんだな。」
「は?どういうことですか?」
「縄文杉は1000年以上昔から残そうとして残ってるんじゃないんだ。今でも残ってるってことはな、節があるのかこぶがあるのか知らないけどな、材木としては役に立たないから1000年以上も誰にも切られずに残ってるということらしいんだわな。」
「えーっ!そうなんですか?」
「うん。そうらしい。でもいまは霊木としてみんなに崇められてるだろう?だから…。」
「だから?」
「だから今は役に立たなくても、いつかは役に立つ時が来る!・・・かもしれんだろうって話。」
「で、おいらはどうすれば・・・?」
「そうだなぁ。まずは長生きするこっちゃなwww」
「何ですかそれ?真剣に聞いてたのに。」
「いや、でもホントそうだよ。描き続けていればいつかは目が出るかもしれないしな。似顔絵も続けてみなよ。ゴッホみたいに死んでから売れるってこともあるし」
「いや、いや、生きているうちに売れたいです!似顔絵も続けたいんですけどね。でも会社辞めたら描く場所がないんです。」
「そうか…。自分で営業して場所取って来れないの?」
「そうですね。でもおいらに営業なんか無理っす。やったことないし、コミュ障だからできないっすよ。」
「そうか…。」
「店長、漫空の下で似顔絵やらせてもらえませんかね?大須だったら人通りも多いし!」
「ええ!ここで?いや、大家さんにも聞いてみないと行けないし。」
「店長!お願いします!聞いてみてください!」
「ま、聞くだけは聞いてみるけど、できるかどうかはわからないよ。」
「ありがとうございます!」

 数日後、大家さんに聞いてみたら意外にもすんなりOKが出た。

 数日後Eが来た。
「OKだってよ。下の居酒屋さんの看板の邪魔にならないようにするなら大丈夫だと。」
「ホントですか!ありがとうございます!」と涙ぐみながら言った。Eは図体はでかいが結構涙もろい。
 そんなこんなでEは漫空の下で、まずは土日だけ机と椅子を出して似顔絵を描くことになった。

 格好はいつもの山高帽の赤のブレザーと蝶ネクタイだ。どんな様子か上から見ていると、商店街を通る人をメンチ切るような目つきで追いながらただジーッと腕組みして貧乏ゆすりしながら椅子に座っている。
見かねて「Eさ、そんな怖い顔で見てたら怖がってお客さん来ないよ。前もそんな感じでやってたの?」
「いや、前はイベント会場とかでやってたから黙っててもお客さん結構来たんですよ。」
「ここはイベント会場じゃないからさ、黙って座ってるだけじゃお客さん来ないだろう?なんか声掛けしないと。」
「はい。わかりました。えー、いらっしゃーい!いらっしゃーい!似顔絵はいかがっすかー!
声がでかいから商店街を通る人たちがみんな驚いて振り向いた。
「いや、そんなでかい声じゃなくていいからさ。もっとソフトに、丁寧に。」
「えー。いらっしゃいませ。いらっしゃいませ。似顔絵はいかがですかー!」
「ほら、もっと笑顔で!」
「はい。」ニコッ「いらっしゃいませ。いらっしゃいませ。似顔絵はいかがですかー!」
「ま、そんな感じだな。頑張ってな。」
「はい。頑張ります!いらっしゃいませー!似顔絵はいかがですかー!

 そんな感じでやり始めたのだが、すぐにはなかなか上手くいかなかった。

 一か月くらいして。

 「店長、やっぱ、ダメっすよ。おいらには難しいです。」
「なんで?ちらほらお客さん来てるじゃん。」
「少しは来ますけどね。描きながらお客さんといろいろ会話しないといけないんですけど、喋ってるうちに、どんどんお客さんの顔がひきつっていくのがわかるんですよ。描く時間もすごくかかるからお客さんから『まだですか?』ってよく怒られるんです。先輩たちならもっとお客さんと楽しく会話しながらチャッチャッと描くんですけどね。」
「そうだなぁ。それにその格好も目立つけどさ、お客さんが恥ずかしがるんじゃないか?」
「はい。でも目立つのこれしか持ってないし。」
「そうだなぁ。なんか目立って、Eがあまり喋らなくてもいい格好ってないかな?」
「そんなのありますかね。なんか被りもんでもしますか?」
「それだ!お前さ、以前ダースべーダーのコスチューム一式持ってるって言ってたよな?」
「はい。ありますけど。」
「それ着てやったら?目立つし。お前の怖い顔も隠せるし。余計なこと喋らなくていいし!シューシューだけ言っとけ。」
「店長、それいいっすねwww!それでやってみます!」

 ということでEはダースベーダーのコスチュームを着て似顔絵を描くことになった。

 漫画空間の下でダースベーダーの格好をして机を出して座っていると、みんながギョッとして振り向きながら通って行った。子どもは指さしながら寄ってくる。中には抱きつく子もいた。若い女の子たちはキャッキャッといいながら一緒に記念写真を撮ったりしている。Eもお調子者だからダースベーダーになりきって「フシュー!フシュー!」と言いながらゆったりした足取りで歩き回る。体格がいいからそれらしく見える。人通りに向かって手招きをして、人が寄ってくると似顔絵のメニューを見せて身振り手振りで似顔絵どうですかと勧める。
人だかりができると余計みんな寄って来て見て行くし、似顔絵を描いてもらうお客さんも増え出した。

 数か月後、大須にダースベーダーの似顔絵描きがいるとの評判を聞きつけて新聞社が取材を申し込んできた。名古屋では一番大きい新聞社だ。

 取材後、Eはメチャ喜んでいた。
「店長!ありがとうございます!おいらみたいな役立たずが新聞に載るなんて!信じられません。」とまた目をウルウルさせながら言った。
「よかったな。ばあちゃんも喜んでるだろう?」Eはばあちゃんっ子だった。
「はい。冥途の土産ができたって喜んでました。」
「いつ載るって?」
「来週の日曜日掲載らしいです。」
「そうか。楽しみだな。反響あるといいな。」
「はい。」

新聞に掲載された翌週は順番待ちの行列ができるほどの反響だった。Eは大忙しでダースベーダーのマスクの下で汗だくになりながら似顔絵を描いていた。
そのうち似顔絵だけでなくウエディングボードやイラストの依頼までも来るようになり、絶好調だった。

その後、新聞の記事がきっかけで今度はテレビが取材に来ることになった。

「店長!今度はテレビですよ!テレビ!大丈夫ですかね。」
「よかったじゃん。」と言ったがEの表情がこわばっていた。その時は緊張しているだけかと思っていたのだが。

数日後、テレビ取材終了後。
「店長。おいら怖くなってきました。」
「何が?テレビで放映されたらもっとお客さん増えるぞ。よかったなー!」
「そうなんですけどね…、なんかそんなに注目されると逆に怖くなって…。辞めようかなと思ってるんですけど…。」
「はあ?辞めるって?似顔絵を?」
「はい。なんか、あんまり注目されるのもプレッシャーっていうか、怖いんです。注目されると前の会社の先輩たちから何か言われたり、ネットで叩かれたりされそうで…。」
「そんなことないって。せっかくここまで来たんだぜ。ここからじゃないか?」
「いや、でも、もうこれ以上やりたくないです。」と青ざめた顔で言う。
「放映されるの来週だろ?今更放送取り消しとかできないよ。」
「はい。放送されるのはもう仕方ないですけど、やっぱり辞めたいです。」
「ばあちゃんも楽しみにしてるんだろう?とりあえずもう少し考えてみろよ。」
「はい…。」とその日は帰ったのだが。

 放送された翌週の土曜日。一応Eは来て、ダースベーダーの格好で似顔絵を描いた。やはりテレビの反響はすごく、終わるまでずっと行列が出来ていた。

 営業が終わったあとEが片付けして上がってきた。
「今日はすごかったな。やっぱ、テレビの反響は違うな。」
「はい。でも、店長、申し訳ないんですけど、やっぱ無理です。やめさせてください。」
「でももったいないって。せっかく有名になりかけてるのに。」
「はい、でもおいらにとってはそれがプレッシャーなんです。すみません。」
「そうか、ま、自分でやり始めたことだし、やめるのも自由だけどな。これ以上無理そうだったら仕方ないけどな。本当にいいのか?。」
「はい、すみません。」と言ってあっさりやめてしまった。

 やり始めたのはいいけど、自分の予想以上に反響があり、お客さんが増えてしまったので怖くなったのかもしれない。

その後、数週間は漫画空間に「ダースベーダーの似顔絵をやってるって聞いてきたんですけど、やってないんですか?」と問い合わせで上がってくるお客さんがかなりいたが「申し訳ありません。都合でやめちゃったんですよ。」と謝るしかなかった。

その後どうしたかと言うと、Eは絵を描くことをやめて原型師になると言い出し、フィギュア作りの方に行ってしまった。

その後、旅に出ると行ってどこかの島で居候みたいになったり、東京へ引っ越したりしていたみたいだが、数年経ち、最近また名古屋に帰ってきたそうでたまにうちに来てまたネームを描いている。
Eみたいな螺旋人生もまた人生。頑張れ!

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