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小説漫画空間物語「漫画びとたちの詩」第7話

第7話 漫空に住み着いてた男の話

※この小説はフィクションです。 漫画空間以外は実在の人物、団体等とは一切関係ありません。

 今回は一時期、漫空に住み着いてた男の話をしよう。今回はほぼ実話だ。
 10年ほど前の話だ。曜日はまちまちだが毎週2日連続で来る男がいた。それがM君だった。

 1日目は開店してすぐの時間に来て閉店まで描いていく。次の日は開店から夕方5時くらいまで描いて帰って行くというパターンだった。
 何度か来るうちにわかったのだが、M君は毎週三重県の最南端の尾鷲というところから高速バスで来ていた。名古屋までだいたい片道3時間半くらいかかる。朝、高速バスに乗ってお昼くらいに名古屋に着いて、昼から漫空で漫画を描き、閉店後はネットカフェに泊まって、翌日また漫空で5時くらいまで漫画を描き、最終の高速バスで尾鷲に帰るということを繰り返していた。
 「何でわざわざ毎週高速バスで泊りがけでうちに来るの?」と聞くと「いや、ボク家では描けないんですよ。」と言う。漫空代より交通費の方がかかる上、食費や滞在費もかかるから1回来ると相当な出費のはずだが毎週欠かさず通って来ていた。仕事はその時何をしていたかというとコンビニのバイトだった。バイト代の大半を毎週の漫空通いに費やしていた。うちとしては有難いのだが「バイトの給料で毎週通って来て大丈夫?やっていけてるの?」と聞くと「他にお金使わないので大丈夫です。将来漫画家…でなくても絵で食べていきたいから自己投資しているんです。」と言う。

 通い出して最初の頃はデッサンや絵の練習ばかりしていたのが、そのうち2次創作を描きたいと言い出した。
 「いいんじゃない?何の2次創作描きたいの?」と聞くと
「大好きな小説があるんです。それの2次創作をやろうかと思って。」
「へー!どんな小説なの?」と聞くと
「女子高生の学園ものなんです。女子高生の日常とかを書いた。」と言う。
その小説の文庫本をみせてもらうと流行りのタイトルが長いラノベだった。かなりボロボロで何回も読み直しているのがわかった。
「そうなんだ、じゃ、まずその女子高生のキャラクターでお話を作らないとね。」と言うと
「いえ、お話を作るのはまだ僕には難しいのでその小説をそのまま、まるっと漫画にしようと思います。」
「え?! まるっと?それって2次創作じゃなくてコミカライズじゃない?」
「そ、そうなんですか。コミカライズって言うんですか?」
「うん。でも1冊まるっととなると相当長くなるよ。」
「そうですね。どれくらいになるかわかりませんが、とにかくネームを描いてみます。」
と言ってネームを描き始めた。

M君はかなり天然っぽいところがあり相当おもしろい。見た目は眼鏡をかけていて、細くておっとりしていて話し方も朴訥なのでひ弱そうに見える。のび太君か忍たま乱太郎を大人にした感じだ。見た目と言ったのは、実は彼の前職はなんと三重県警の警察官だった。だから柔剣道に逮捕術などで鍛えられてるうえ犯人にも毅然と対峙しないといけないので意外と気性が激しい面もあった。
しかし、三重県警ではかなり有名な警察官だったらしい。なんと三重県警史上、一番始末書を書かされたという伝説の男だった。書いた始末書の枚数は本人も覚えてないほどだ。パトカーで追跡していて事故って犯人を取り逃がした上パトカーまで廃車にして始末書。とか犯人を間違って逮捕するいわゆる誤認逮捕で始末書。とか始末書を期日までに提出し忘れてまた始末書。とか枚挙にいとまがない。そういった失敗が多すぎて警察官には向いてないと思って辞めてしまったそうだ。それよりも絵を描くのが好きだったのでバイトしながら絵の勉強をしようと思ってたら、たまたまテレビで漫空のことを知って通い始めたらしい。

 M君はそれから来る日も来る日もネームにかかりっきりだった。普通コミカライズは多少端折るものだが、M君の場合はセリフ一つから忠実に漫画にしていってたので膨大なページ数になっていった。途中で「何ページくらいになりそう?」と聞くと「今半分くらいで150ページ描きましたから300ページくらいですかね。」と言う。
「150ページ!すごいね!でも〆切があるわけじゃないから時間はあるからね。」と言うと
「いえ、今年の冬のコミケに出そうと思いますのであまり時間はないんです。」と答えた。
「え!今年の冬コミに出すの?今5月だよ。あと半年ちょっとしかないよ!」
「はい。6月までにネームを描けば何とか間に合うかなと思って。」
「じゃ、半年で300ページ原稿をやろうと思ってるの?月50ページだよ。」
「はい。」
「いや、いや、プロでも月刊誌50ページやっとくらいだよ。仕事しながら難しいんじゃないの?」
「はい、でも決めたんです。この小説の同人誌をコミケに出したいんです。」
「そりゃわかるけど、来年の夏とか冬とか、本が出来上がってからコミケに出してもいいんじゃないの?」
「はい、そうなんですけどね…。でも…」と歯切れが悪い。
「じゃ、分冊にしたら?3、40ページくらいずつ何冊かに分けて出すとか。」
「はい…、それも考えたんですけど。でも、それじゃダメなんです!ボク今まで全部中途半端で何もこれといってやり遂げたことがなかったんです!だから一つくらいは自分で決めたことをきちんとやり遂げたいんです!だからなんとかこれを同人誌にして今年の冬コミに出したいんです!」と頑なに言う。
「そうか…。そこまで自分で決めてるのならやるしかないね。」
「はい。」
「じゃ、俺も協力できることは協力するから何かあったら言ってね。」
「ありがとうございます。」
「じゃ、まずネーム早く完成させないとね。」
「はい。頑張ります。」と300ページの大作ネームに取り掛かった。

 1か月後。

 「店長、なんとかネームが完成しました。」
「おお!頑張ったね。で、結局何ページになったの?」
「330ページです。ネームだけで3か月かかりました。」
「330ページ‼ すごいな!ちょっと読ませてもらっていい?」
「はい。是非お願いします。」とカバンからネームを出すとコピー用紙の束がどっさり出てくる。
コピー用紙1枚に見開きで2ページずつ描いているので160枚ちょっとの量だ。鉛筆で何度も描いたり消したりしているからコピー用紙がごわごわになって嵩張っている。
読ませてもらうと絵はまだまだだが話はメチャおもしろい!一瞬こいつ才能あるんじゃないか?と思ったが、いやおもしろいのは当たり前だ。原作の小説を忠実に再現した漫画だ。これを自分で作れたらもうプロになってる。と思い直して読み進めた。
おもしろかったのはもう一つある。絵がページが進むにつれて段々上手くなっているのだ。
描き始めの初心者にはよくあることだが、最初と最後のページでは絵が全然違っていることがよくある。あとで見直すと最初の絵が下手すぎてもう一度最初から描き直したくなるということもよく聞く話だ。

 「よく頑張ったね。と言いたいけど、ここからが本番だよ。これを12月までに原稿にしないとね。」と言うと
「はい。で、店長にお願いがあるんですけど…。描く時間を目いっぱい取りたいんです。コンビニのバイトもあるのでもちろん家でも描きますが、ここに来た時にできるだけ進めたいんです。」
「うん。だよね。」
「なので、夜オールナイトでここで描かせてもらえないでしょうか?」
「え?閉店時間後にここに泊まって描くってこと?」
「はい。お、お願いできませんか?」
「でも寝るところソファしかないよ。シャワーもないし。」
「いや寝ないで描くので大丈夫です。寝るのは帰りのバスで寝ますから。シャワーは近くの銭湯に行くので大丈夫です。」
「そうだねー…」と言いながら「心配なのは防犯だけど元警察官だし、信用できるか。」とか「エアコンとか電気代がかかるな。でも確かに描く時間がもっと欲しいだろうな」とか頭の中でぐるぐる考えたが、
「いいよ!使わせてあげるよ。店閉めたら俺が帰るときにスペアキーを渡しておくから出入りするときは必ず鍵をかけてね。タバコ吸わないから大丈夫だと思うけど火の用心もね。あと、悪いけど利用料はもらうよ。ネットカフェと同じ金額でいいからさ。」と答えた。
「ありがとうございまします。はい。大丈夫です。ちゃんとお金払いますので。」

 それからM君は来たら次の日の夕方までずーっと漫空で描くという日々が始まった。
閉店して俺が帰るときには「じゃ、頑張ってねー!」と帰り、翌日店に来るとM君がガリガリ描いていて「どう?進んだ?」と聞く日々だった。

 夏が過ぎ、秋も深まりそろそろ11月になりかけたころ。

 M君が「店長、相談があるんですけど…」と言って来た。
その頃、原稿の方は頑張ってはいるけどまだまだ進んでおらず、予定よりかなり遅れていた。だから今回のコミケは諦めるとか、出来たところまでを本にするとかの相談なのかな?と思いながら「何?どうしたの?」と聞くと。
「バイトのシフトを年末まで減らしてもらうことにしました。」と言う。
「あ、そうなの?よかったじゃん。どれくらい減らしてもらったの?」
「週2日にしてもらいました。今と逆で2日バイトして5日休みです。」
「おお!じゃ、だいぶ描く時間取れるね。」
「はい、なので週に5日漫空に泊まらせてもらっていいですか?」
ええ!!
「はい、お願いします。でないと間に合わないんです。」
「いや、俺はいいけどさ、お金大丈夫なん?やっていけるの?」
「お金は大丈夫です。警察の退職金もまだ使ってませんので貯金はあります。お願いします!」

 ということでM君は週5日漫空に寝泊まりして漫画を描き、バイトの日だけ尾鷲に帰るという以前と逆のパターンになった。

 毎日店に来るとM君がいる、というのも最初変な感じだったが、慣れてくるとそれが当たり前になってくるから不思議なものだ。

 12月に入り、いよいよラストスパートだ。コミケは12/30だから印刷所に遅くとも1週間前には入稿しないといけないのでクリスマスあたりがデッドラインだった。

 M君は必死に描いている。ほとんど寝ずに描いているから顔はやつれ、髪の毛はぼさぼさ、無精ひげは伸び放題。知らない人が見たらホームレスか幽鬼かと思うくらいの状態だった。
 事情を知る常連さんは普通に接していたが、知らない他のお客さんはM君を見て訝しがりながらも鬼気迫る形相で描く彼に圧倒されていた。
 食事に行く時間も惜しいというので昼と夜に食事を作ってあげることにした。もちろん料金はもらうが。昼はメニューのカレーやパスタだが夜は俺と一緒の賄ご飯だ。体調を考えて野菜中心に肉、魚と栄養たっぷりの物を作ってあげて一緒に晩ご飯を食べながら進捗状況を聞いたりしていた。

 「間に合いそう?」
「はい、何とか間に合いそうです。」
「330ページの本を何冊印刷するの?相当印刷代かかると思うよ。」
「はい。そんなに売れないと思うのでたくさん印刷しても仕方ないので10冊くらいですかね。」
「え、たった10冊だけなの?それなら少部数やってくれるキンコーズとかでいいんじゃないの?」
「いえ、せっかくなので表紙もカラー印刷にしてちゃんとした印刷屋さんでしっかり製本してもらいたいんです。印刷会社に見積もってもらったら30万でした。」
「10冊で30万!結構するね。1冊3万か。」
「ページ数が多いですからね。あ、でも30万くらいはあるから大丈夫です。」
「で、いくらで売るの?あまり高いと売れないからね。1000円くらいが相場だけど1冊1万円は高すぎるから2000円か3000円くらいで売る?」
「いえ、無料配布します!」
「え!無料!何でまた?」
「調べたらコミカライズは著作権の問題があるので売るのは難しいみたいなので無料で配ります。」「え?そうなんだ。それじゃ仕方ないか。」

それからも時間と闘いながら必死に描いていた。

そしてクリスマスイブの日。
「店長、完成しました!印刷会社に入稿しました~~!」
「おめでとう!!今日は店にいるみんなでクリスマスパーティー兼M君の完成祝いだー!!」
とみんなでクリスマスケーキとオッソブラジルのチキンを買ってきて鍋をつつきながら飲んだ。
M君は寝てない上に飲んだからへべれけに酔っぱらったが、一つのことを成し遂げたという達成感で満たされた表情だった。俺もみんなと飲んで騒いで楽しいクリスマスとなった。

 コミケ当日、M君の本は無料配布ということで10冊とも無事頒布できた。

 それから数か月後、突然M君は漫画家になるために東京でアシスタントをやると言いだして東京に出て行ってしまった。



東京に行ってからの話もいろいろあるのだが、それはまた次回。あと、M君は実は伊賀忍者の子孫というおもしろい話もあるのだがそれも次回だな。今回はここらへんでおしまい。


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