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それしかできない

とかくおっちょこちょいな私は、普段キッチンに立つときも、いろんな音をたてては家族を驚かせてしまう。
つい、うっかり、全くそんなつもりじゃなかったのに、お皿が、マグカップが、グラスが手から逃げていって…ガシャーン
フライパンの油がはねてなぜか腕に…ジュッ…アチチ
茹で上げたブロッコリーを菜箸で掴んだら、活きがよすぎて(?)ゴミ箱にダイブ…ナイシュー

中でも包丁を持っているときは最も危険だ。ちょっとしたイタタや、一緒に爪も切っちゃったとかはしょっちゅう。

3日前。久しぶりにでかいのをやってしまった。考えごとをしていて、一瞬集中力を欠いたのが自分でもわかった。いけない、と思ったときには遅かった。

左手親指の関節あたり。えぐれた傷口から、どんどん血があふれ出てくる。右手で指の付け根を強く締め付けたが、なかなか止まらない。
さて、困ったな。

⚠️グロいの苦手な方、ここからしばらく読まないで🙏⚠️






傷口をよく見ると、少し陥没していて、そのすぐ隣に米粒くらいのサイズの白っぽい何かがくっついている。
ちょっと考えて、ひらめいた。
これって、もしかして…?!
パズルのピースのようにはめこんで、上から絆創膏をキツめに貼り付けてみる。ぴったりだったみたいだ。正解。血も滲み出てこなくなり、ひとまず安堵した。これで元通り。







⚠️グロいのここまで⚠️

調理を再開しながら、またぼんやり考えごとをしている。いけない、せめて包丁を握っている間は気をつけないと。手先に意識を集中させる。

どうにか成形したハンバーグをフライパンに乗せる。片面を焼いて、裏返して、蓋をして蒸し焼き。少し時間ができたら、また何かぼんやり考えている。
……はっ、いけない、これでは今度はハンバーグを焦がしてしまう。焦げたものは一切受け付けないから、一から作り直しになる。痛みもあるし、ここからの作り直しはさすがになかなかしんどい。

慌てて蓋を開け、ハンバーグを裏返す。大丈夫。ちょうどいい焼き色がついたくらいだ。焼き上がりまでは細心の注意を払おう。
考えごとはおしまい。またあとで。


焼き上がったハンバーグを食卓に置き、気づくとまた考えごとをしている。

…タイムラインが泣いている。
そして切った指が痛む。

まさか、私の人生の中で、HIPHOPというジャンルの音楽と私が交差することなんてあり得ないと思っていた。
でも、どこかのラッパーが頭からケツまでずっとしているオレの話、自分の人生とは全く関係ないと思っていたラッパーの書いたリリックと、自分の人生のどこかがたまたま重なることがある、それがHIPHOPという音楽のおもしろさだとあるラッパーが教えてくれた。
実際、何度も重なって救われてきたし、その感覚がおもしろかったからここまできた。

振り返れば、重なっていると思ったこと自体、幻影だったのかもしれない。そして、幻影で当然だとも思う。勝手に重ねて勝手に救われる。それがHIPHOPのいいところだから。

私はあなたがたになにか役割のようなものをおしつけていたのだろうか。
ただ、勝手に重ねて勝手に救われていたつもりだったけれど、いつしかその枠を超えてあなたがたを苦しめていたのだろうか。

……タイムラインがずっと泣いている。
そして切った指がずっと痛む。

私も悲しい。畏れ多くてフォローもできなかったが、いつも拝見していた。大好きだった。今は大好きだとお伝えすることもできない。
どんなお気持ちだっただろう。想像することしかできない。きっと私の想像の何億千兆万倍おつらかっただろうと思う。それも幻影かもしれないけれど。勝手に重ねているだけかもしれないし、こんな想像をすること自体ご迷惑になるかもしれないけれど。

どうか笑顔でいてくださいますように。
お幸せでいてくださいますように。
勝手にお祈りする。今はそれしかできない。

気づくとハンバーグの皿が空っぽになっていた。
出血してだいぶ驚かせたけど、とりあえず食べてくれたのか。よかった。


一夜が明けた。

………タイムラインはまだ泣き続けている。
そして切った指はまだ痛み続けている。

私の頭の中をナイスガイが走り回っている。
今のナイスガイは完全に1バース目の雄々しいお姿。
現場では天候すらも操って演出の一部にしてしまったと伝え聞いた。ロックフェスに於いても、もはや敵無しだ。

私が知ったときにはその背中はもう既に充分大きかったし遠かった。それがこの2年でますます大きく遠くなった。
間もなく見えなくなってしまうのではないかと思うほどに。

タイムラインはいつか涙が枯れ果てるだろう。
そして切った指もいつかは痛まなくなるだろう。

でも全部が何事もなかったかのように元通りにはならない。

タイムラインにぽっかり空いた穴は、別の何かによって塞がれるかもしれないし、そのままかもしれない。
切った指は、塞いだピースが再びくっつくかもしれないし、もうつかないかもしれない。つかないときは、時間をかけて何かが再生するかもしれないし、しないかもしれない。
いずれにしても、何らかの傷痕は残るだろう。
どちらにも。


更に一夜が明けた。

…………タイムラインは少しずつ、息を吹き返してきたようにも思える。
切った指はだいぶ痛みが引いてきたようにも感じる。

朝のニュース番組では、天候すらも操り演出の一部にしてしまった前日のステージが放送され、夜には別のロックフェスで夢のようなコラボが実現したと伝え聞いた。
どちらも観客の数がすごすぎる。見渡す限り、人、人、人。


シンクに溜めてしまった洗い物を片付けながら、またぼんやり考えている。
絆創膏を貼っていても、傷口に洗剤がしみて痛い。

お祭りから一週間。
気持ちは揺れに揺れたし、これからもまだ揺れ続けるだろう。
自分の揺れ続ける気持ちに、寄り添い続けること、それだけは継続しよう。今はそう思う。

あなたが、あなたがたが、あのかたが、みなさんが、どうか健やかに笑っていてくださいますように。
そして私も、そういられますように。
心から願う。今はそれしかできない。


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