「公益資本主義」の誤り
原丈人氏の著書である「公益資本主義」について、あまりにも自分の認識とかけ離れている部分があったので代表的な部分について調べてみました。
■公益資本主義の誤り①
p21「雇用も失われていく」
アメリカの失業率はリーマンショックの際に最大化し、2018年の末までに下がり続け、リーマンショック以前の水準に戻っている(リーマンショックが2009年)
ちなみにコロナショックの際大幅に上がったが、すぐに戻っている
↑実は一時的にリーマンショックよりも失業率が高くなっているが、2年以内に回復している。
アメリカの雇用は現在、過去30年で考えても失業率が最低水準。つまり、過去30年で見ると最高水準で仕事に就ける状態。
本書では20~21ページで収入の格差が広がっていることを伝えていて、そこに関してはデータが正確であれば頷けるが、ここで「雇用も失われていく」と書いているのはあまりに恣意的な嘘。実際は、雇用は過去最高に創出されている状態。
■公益資本主義の誤り②
p35 サブプライムローンは〜複雑な金融商品です。
サブプライムローン自体は住宅ローンなので複雑な金融商品ではない。
複雑な金融商品は、このサブプライムローンが組み込まれた仕組み債やモーゲージ債、そこから作られた投資信託など。
信用力の低い人間が組んだローンを、住宅価格の上がるという理由で信用力が高いローンとして金融商品に組み込まれてしまったのが問題の本質。
実際に住宅価格は永遠に上がり続けるはずはないので、サブプライムショックがおきた。
言葉の定義の問題なので、細かい部分の誤りだが、わかりやすい言葉を無理やり当てはめることで読みやすくする意図を感じる。
■公益資本主義の誤り③
p38~40 リーマンショック後の各国の金融政策
FRBの金融政策について、書いてあることは概ね事実だが、その後の「景気浮揚の効果が無い」は適切でないと思われる。
FRBが行った金融政策は主に政策金利の引き下げと資産の増大だが、景気が上向き、雇用が改善されたため、FRBは2015年に政策金利の引き上げに踏み切っている。
金融政策だけで効果が出た、という認識はないが、効果がない、とするのは暴論ではないだろうか。
※ちなみに米国は利上げを行うかどうかの指標として、インフレ率と雇用統計を採用しており、物価上昇、賃金上昇、失業率などを全て勘案した上で政策金利を決定している。
バーナンキショックでの苦い経験があるため、FRBの高官が株価に考慮して発言をおこなっていたりするが、重要指標に株価は入っていない。
日本の金融政策は、質的量的緩和。
FRBやECBが行っている金融政策と確かに同じ方向性であるが、書いてあることとは異なり、国債だけでなく株(ETFとREIT)も買っている。(このため、「質的」と言われる)
ここまでは嘘とは言えないが、「2016年9月に止めるまで」が明らかに誤り。2016年9月に何があったか確認したところ、長短金利操作付き量的質的緩和が始まったのがこの時期。
簡単に言うと、マイナス金利が債券市場等に悪影響を及ぼさないように、債券の購入方法を調整するよーという方策。2016年1月に導入されたマイナス金利の弊害に対応する策で、質的量的緩和を止めたわけではもちろんない。
※参考③: 日本銀行HP 金融政策に関する決定事項等 2016年
https://www.boj.or.jp/mopo/mpmdeci/mpr_2016/index.htm/
■その他(アメリカン航空の事例について)
p22~23におけるアメリカン航空の事例紹介の後、株主資本主義が現実から乖離している、という結びをしているが、これは過剰な一般化である。
そもそもアメリカン航空の事例は一企業の一事例でしかない。
「ある床屋が犯罪を犯したから、床屋は全員信用できない」と言えるだろうか?
さらに、2008年のアメリカン航空に何が起きたのか調べたが、2008年に行われたこととしては大規模な人員削減が検索できた。
参考④:Bloomberg2008年5月22日記事
米航空株が下落、アメリカン航空の輸送能力縮小で-指標指数は最安値 - Bloomberg
原氏の事例とは異なるようであった。
年を絞らず検索したところ、似たような事例が見つかった。
参考⑤:ユナイテッド、アメリカン航空で人件費大幅削減の新協約(独立行政法人 労働政策研究・研修機構HP)
https://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2003/06/americaP01.html
↑これは2003年に起きたアメリカン航空の従業員の給与削減の事例。経営不振によりリストラや賃金削減をし、18億ドルの労働コストの削減を行っている。そして、それにもかかわらず経営陣には2年後まで会社に留まれば慰留ボーナス(基本給の2倍)、加えて新たな年金基金の創設などが行われたため、労組の反発が起きている。
結果、CEOが過ちを認め辞任し、労組と協議の上、従業員は利益の分配、ストックオプションの付与、業務上の目標の達成度に応じて最高10%のボーナス、などを受け取ることになった。
上記は、原氏の事例と大筋は似ているが、結果が大きく異なる。結論として経営陣への慰留ボーナスは支払われていない上、CEOの辞任、労組側の主張が反映されるという形で終わっている。
2008年も同じことがなかったとは言いきれないが、大きな事件であるはずなのに事例を検索しても出てこないこと、2003年の事例と原氏の事例の類似性、CEOが辞任するような大きな出来事が2003年にあったためそれ以降同じような事例が同じ会社で起きることは考えづらいことを鑑みると、2008年の人員削減と2003年の当該事例を原氏が混同しており、さらに事例の結果についても自身の主張の根拠となりうるように簡略化ないしはねじ曲げられたうえで、本書に記載されているのではないだろうか。
以上。
他にもツッコミどころはありますが、ひとまず明らかに事実と異なる部分を指摘してみました。
まだ1章と4章以降しか読んでないのでまた書きたくなったら書きます。
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