見出し画像

18 酒場の偶然

最近の趣味は盗撮である。

いやいやいや、誤解しないでほしい。ウケようとして誤解をまねく書き方をしたのは悪いが、決してスケベな意味での盗撮をしているのではない。

立ち飲み酒場などで飲むとき、腰痛持ちのぼくはたいていテーブル席に座る。すると、必然的にカウンターで立って飲んでいる客の背中が目に入る。そんな一人客がスカジャンを着ていたら、その背中をこっそりカメラで撮る。その写真は、酒の顔ならぬ「酒の背中」と名付けたアルバムに収納する。これが実に楽しい。

昔からスカジャンというものが大好きだった。最初にスカジャンというものを知ったのは、1974年から1975年に放映されたドラマ『傷だらけの天使』で、若き日の水谷豊が演じた乾亨(いぬいあきら)が着ていたそれだった。彼の役柄が絵に描いたようなチンピラで、いつも安っぽいスカジャンを着ていた。

その後、「POPEYE」誌上で組まれたスカジャンの特集記事などを読んで、その知識を深めていった。

やがて、ぼくは横須賀のスカジャン、アラスカのスカジャンに続く第3のスカジャン「ナスカジャン」を思いついて、商品化するに至る。そのストーリーは別のワログにまとめてあるのでそちらを読んでいただきたい。

第三のスカジャン「ナスカジャン」いよいよ発売!

さて、ナスカジャンが製品として世に出てから、ぼくは秘かに心に決めていることがある。それは「酒場でナスカジャンを着ている人を見かけたら一杯奢る」ということだ。

実際、回数はそう多くはないが、2014年の初代ナスカジャンの発売以来、これまで3人くらいに奢る機会があった。酒場でナスカジャンの背中を見かけたら、トイレに行くタイミングなどでそっと近づいて声をかけ、自分がナスカジャンの発案者であることを簡単に説明する。最初は驚かれるが、お礼の言葉を述べるとともに一杯奢れば、皆さん喜んでくださる。決して安くはないナスカジャンを買ってくださる愛用者への、せめてもの恩返しである。

で、ここから話は「酒場での偶然の出会い」というテーマに変わる。

いまから30年以上前、新宿区の薬王寺町というところに事務所をかまえていたことがある。なぜそこだったのか、深い意味はない。ただ、当時はフジテレビのある河田町に近くて、テレビ取材、タレント取材など芸能系の仕事をしている自分には都合が良かった。

そのフジテレビのすぐ真向かいに、「喜作」という名の寿司屋があった。そこは寿司屋とは名ばかりで、実際には夕方からオープンして翌朝まで営業している深夜居酒屋だ。で、フジテレビの正面で朝まで営業しているというのはどういうことかというと、つまり収録を終えたタレントが来るのだ。

ある日の深夜、ぼくが事務所の仲間と仕事終わりに喜作で飲んでいたら、志村けんさん御一行が来たことがある。時期を考えると『だいじょうぶだぁ』の収録終わりだったのだろう。カウンターで飲んでいるぼくらの背後を通って奥座敷に行っただけの話だが、さすがにちょっと興奮したよね。

あるいは、とんねるずさん御一行様が来たときもあった。芸能系の仕事をしていて、しかもフジテレビのすぐ側の酒場で飲んでいるのだから、そこに芸能人が来ただけで驚きはしないが、志村けんもとんねるずも当時のスーパースターには違いがないので、接近遭遇するだけでやはり「おおお!」となる。

ファミコンソフトの『メタルマックス』を作っているときだったか、あるいは完成後の打ち上げだったか。スタッフみんなで赤坂まで鯛飯を食いに行ったことがある。たしかプロデューサーが予約してくれたのだと思うが、それなりに有名な店なのだろう。予約しておいた席に着いたら、その向こうの座敷に宮沢りえ御一行様がいた。当時、人気絶頂のときである。

同じ店で食事をしているからといって、なんの縁もない我々は何をどうすることもできず、だた「宮沢りえじゃん」「やっぱ可愛いねえ」などと、ひそひそ声で会話するだけだった。

宮沢りえとはもうひとつ偶然の出会いがあって、いまから17年ほど前。ネットで知り合った仲間と西日暮里にあるうなぎの名店「稲毛屋」に飲みに行ったことがある。そこの二階のお座敷で飲んでいたら、隣の座卓が宮沢りえ(と当時付き合っていた彼氏)だったことがあるのだ。

位置的に、ぼくは宮沢さん側を向いていたのですぐに気がつき、仲間に目配せをした。みんなもそれで気がついてもじもじしながら興奮していたのだが、ちょうど宮沢さんに背を向ける位置に座っていた友達だけは事情が分からず、キョトンとしていた。あの状況はおもしろかったな。

以前、このエッセイでも書いた下北沢のレストランバー「旬亭」。あそこのカウンターでも愉快な偶然は何度もあった。

旬亭には、常連客の友人やマスターの人脈で、様々な著名人が訪れる。漫画家やミュージシャンは珍しくないが、ときには「うおっ!」と驚き、グラスの酒をこぼしそうになるような大物が現れることもあった。

ある日の夜。カウンターでマスターとくだらない話をしてた。ぼくの右隣には、見慣れない妙齢のご婦人がいる。で、何かの話きっかけでマスターが「さゆりさんはどう思う?」と振ったので、隣のご婦人のお顔をよく見たら、それが石川さゆりさんだったので仰天したことがある。後で聞いた話では、マスターとは子供のPTAでお付き合いがあるため、たまに店に来るということだった。

あるいは別の日。やはりぼくがカウンターでひとり飲んでいると、スーツ姿の人がやってきて隣に座った。メニューに目を通し、彼は言った。「水割りと……メヒカリの唐揚げください」。その声が『テレフォンノイローゼ』『安奈』『東京の一夜』で散々耳にしていた甲斐よしひろだったので、えええっと顔を向けたらまさにご本人だったこともある。

酒場の偶然はおもしろい。

過去、いちばん笑ってしまった偶然は、北千住「幸楽」での出会いだ。たまにはこっちで飲もうよと、浅草・上野を根城にするキンちゃんを誘って、北千住で飲んでいたときのこと。

「そういえばさあ、いまパリッコという若い酒場ライターがバリバリ仕事してんじゃん……」なんて話をしていて、ふと顔を上げたら、当のパリッコ本人が入店してきたのだ。

彼は練馬だか石神井公園だかの、つまり西東京を根城にしていて、こっち(東東京)に来ることは滅多にない。だから、最初は他人の空似かと思った。でも、やはり本人だった。聞けば、こちらの酒場の取材に来たのだけど、まだ時間がちょっと早いので、他の店で飲んで時間を潰そうと思ったらしい。酒場取材の前に別の酒場で時間を潰すのもどうかと思うが、この愉快な偶然をぼくらもおもしろがり、しばし一緒に飲んだのだった。

気が向いたらサポートをお願いします。あなたのサポートで酎ハイがうまい。