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15 酒場の空気を作るホットなナンバー

酒場にはBGMがつきものだ。有線放送かもしれないし、ラジオかもしれないし、テレビの大相撲中継かもしれないが、いずれにせよ店主がチョイスしたBGMは、その酒場のイメージを創出する、いうなれば酒場の顔である。

ぼく個人は、酒を飲むときに音楽などいらないと思っている。たとえ好きなジャンルの音楽であっても、音楽は聴きたいときに聴きたいものであって、それを望んでいないときに聴かされるのは苦痛に感じる。ましてや好きでもないジャンル、好きでもない歌手、どちらかといえば嫌いなタイプの曲が流れてきた日には酒がまずくなってしまう。

……と、長いこと了見の狭いことを考えていたのだが、最近のぼくは違う。心を広く持とう。感情を解放しよう。興味なかったものを受け入れよう。自分の偏った価値観に固執せず、柔軟性のある老人になることをテーマにしているのだ。

酒場で聴こえてくるBGMにも、積極的にコミットしていく。そうすることで、新しい発見があるのではないか。まあ、何もないかもしれないけれど、それだっていいじゃないか。減るもんじゃなし。

RCサクセションの名曲のひとつに『トランジスタ・ラジオ』がある。舞台は学校の屋上。授業をサボった学生が、くわえタバコでトランジスタラジオを聴いている。

 ベイエリアから リバプールから
 このアンテナがキャッチしたナンバー
 彼女 教科書ひろげてるとき
 ホットなメッセージ 空に溶けてった

とくに心に響くのは、サビの歌詞にある「君の知らないメロディー」「聴いたことのないヒット曲」というフレーズだ。そう、ラジオは自分の知らなかった名曲とふいに出会えるメディアだった。アルコールでグズグズになったぼくの脳は、そのことを忘れていた。

最近気に入ってる安酒場に「ほていちゃん」というチェーン店がある。ここは有線放送を店内BGMにしているのだが、支店ごとにチャンネルが違うようだ。ぼくが好きで通っている松戸店は懐かしの歌謡曲ばかりを選曲するチャンネルに固定されていて、なかなか居心地がいい。

長いこと腰を据えて飲んでいると、ときどき同じ曲が流れてくることがある。ああ、有線側でセットされた曲が一巡したのかな、と思うのだが、一巡したあとの曲順がちょっと変わっていたりして、どうもループしている感じでもない。

そんなことを考えていたら、最近、酒友になったゼリグさんも似たようなことを考えていたようで、ほていちゃんのBGMを書き留めてツイートしていた。こりゃおもしろい! と、ぼくもある日のBGMをメモすることにした。

ぼくがひとりで飲むときは、いつも入口側のテーブルに陣取り、道路の方を向いて座る(換気対策)。いつも持ち歩いている小さなノートをテーブルに置き、背後から聴こえてくる音楽を書きとめる。途中、記憶があやふやな曲があっても、Shazam(音楽認識アプリ)を使えば問題ない。出てこいシャザーム!

 昭和枯れすすき/さくらと一郎
 戦争を知らない子供たち/ジローズ
 恋のハレルヤ/黛ジュン
 恋の奴隷/奥村チヨ
 海は恋してる/ザ・リガニーズ
 時の流れに身をまかせ/テレサ・テン
 スプリングサンバ/大場久美子
 花嫁/はしだのりひことクライマックス
 あの素晴しい愛をもういちど/北山修、加藤和彦
 春なのに/柏原芳恵
 1986年のマリリン/本田美奈子
 小さな日記/フォー・セインツ
 私鉄沿線/野口五郎
 メリージェーン/つのだ☆ひろ
 京都の恋/渚ゆう子
 ラブ・イズ・オーバー/欧陽菲菲
 君だけに愛を/ザ・タイガース
 シルエット・ロマンス/大橋純子
 ゆうべの秘密/小川知子
 別れても好きな人/ロス・インディオス
 VACATION/弘田三枝子
 アカシヤの雨/西田佐知子
 春なのに/柏原芳恵

と、ここまで書き留めたところで、2回目の『春なのに/柏原芳恵』が出てきて、曲が一巡したことに気がついた。だが、その次にかかった曲は『1986年のマリリン/本田美奈子』ではなく、一曲飛ばして『小さな日記/フォーセインツ』だった。つまり完全ループではないのだ。

まあ、どうでもいいことだわな。でも、ひとりで酒を飲んでいるときに、こんな遊びは実に楽しいものだ。

曲が一巡したあたりでちょうどホッピーのソトが空いたので帰ろうと思っていたのだが、そのあとループになかった小林旭の『熱き心』や加藤登紀子の『百万本のバラ』がかかったりして、他にどんな曲が出てくるのかを知るためにホッピーセットをもう一周オーダーしたのだった。

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