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28 野球カードで飲む

 子供の頃からスポーツは“やる”のも、“見る”のも興味なかったぼくが、人生のある一時期にだけ、熱烈にスポーツを追いかけたことがある。MLBだ。Major League Baseball、アメリカのプロ野球リーグ。昭和生まれの人は「大リーグ」と言った方がわかりやすいかもしれない。
 ぼくが大リーグという言葉を初めて知ったのは「BIG LEAGUEガム(通称:大リーグガム)」だった。細長い箱の中に球体のガムが3つほど入っていて、さらにガムとほぼ同サイズの立体パズルがひとつ付いてくる。このパズルが欲しくて、大リーグの何たるかも知らないのによく噛んだ。
 このように、野球という主題に興味もないくせに、おまけ欲しさでガムを買うような小学生だった人間が、大人になってやはりガムのおまけとして発展したアメリカの野球カードにハマるのは必然だったのかもしれない。

 カード集めといっても、最初のうちは映画『マーズ・アタック!』のカードから入って、そのうちもう少し集めごたえのあるものが欲しくなり、『エヴァンゲリオン』のカードに手を出した。しかし、それもすぐに集め終えてしまう。もっと長く楽しめるものはないかと、次なるテーマを探す日々が続いた。
 で、カードショップに行くと、やっぱり野球カードに目が行くんだな。なにしろ野球カードには長い歴史があるから、ショップでも主力商品となっている。野球カードのコーナーをチラチラ眺めながら、「あっちを集めたら歯応えあるんだろうなあ……」と、いつも思っていた。でも、ぼくは野球には興味がない。興味ないものを集めたって楽しくはないだろう。
 だが、そのとき自分の中でコペルニクス的転回が起こった。だったら野球を好きになればいいのだ、と。

 普通、野球が好きだから野球カードを集めるもんだが、ぼくは楽しいコレクションライフのために野球カードを選んだ。我ながらどうかしている。この辺の経緯をクドクドと書いても本題から外れすぎるので省略するが、ともかく晴れて野球カードコレクターとなったぼくは、胸を張ってスポーツカードショップに出入りするようになり、やがて友達ができた。野球カード仲間である。
 アメリカの野球カードは、ぼくが集め始めた当時すでに高級化が進んでいて、熱心に集めようとするとけっこうお金のかかる趣味になっていた。ということは、必然的にコレクターは大人が中心となる。そして大人は酒を飲む。そう、カードショップで仲間と会ったら、帰りに誘い合わせて飲みに行くのだ。
 ショップで買ったボックスを持っていき、わいわいと酒を飲みながら開封する。当たり外れで一喜一憂する。同じジャンルを集めている者は、お互いの欲しいカードを交渉する。まさにトレーディングだ。酒の勢いで交換し、あとで後悔したことは何度もあった。でも、それがまた楽しかった。ネットで知り合ったカード仲間と会うために、わざわざ名古屋まで行ったこともある。世界の山ちゃんに名古屋の有名コレクターが10人近くも集まってくれて、コレクションの自慢大会をしたのはいい思い出だ。

 ぼくが野球カードを集め始めたのは、野茂がドジャースで活躍していた頃だから1996年あたり。それから2005年までの約9年ほど集めまくっていた。あの頃、フリーの物書き兼ゲームクリエイターとしてけっこう稼いでいたので、かなりの金額を野球カードに費やした。でも、飽きっぽいぼくは突然、野球カードへの興味を失って、コレクションの大半を手放した。無駄遣いもいいところだ。
 こんな趣味にハマらなければ、もっと豊かな暮らしができただろうし、もう少し貯金も残せたかもしれない。でも、楽しい仲間との思い出はかけがえのないものだし、何人かはいまでも友人関係が続いていて、一緒に飲みに行くことも多い。ぼくの代表作でもある『無限の本棚』は、野球カードに夢中になった経験がなければ書けなかった本だから、やはりあの時間はぼくの人生にとって無駄ではなかったのだ。

※カードショウで行われた張本のサイン会。日本野球にはほとんど興味がなかったので自分は並ばなかったが、友達に写真を撮ってくれと頼まれた。

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