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45 千駄木のBar IssheeとSくん(友達酒場編3)

 かつて渋谷センター街の奥に「Bar Isshee」という店があった。ベーシストのIssheeさんが経営するロックバーで、ぼくも渋谷へレコードを掘りに行ったついでに、何度か顔を出していた。
 Bar Issheeの名を一躍知らしめたのは、2010年の3月に行われた「DAMMUNE」だろう。言うまでもなく、宇川直宏さん主催の「DOMMUNE」に刺激を受けて開催されたもので、DJ TKDと安田理央さんが中心となって作ったライブストリーミング番組だ。最終的には坂本龍一さんまで巻き込んで、伝説となった。詳しくは安田理央さんの当時のブログを読んでほしい。

「DAMMUNE(だみゅ~ん)」という事件

 そのBar Issheeが、2014年に千代田線の千駄木駅すぐ近くへと引っ越した。これまでも何度かこのエッセイで書いているように、ぼくは千葉県北東部と東京の東側がテリトリーなので、東京の西側に行く機会は非常に少ない。ところが、あのBar Issheeが千駄木に来てくれる、つまり遊び場のひとつがこっちに寄ってきてくれるというのは、かなり嬉しいことだった。当然、行く機会も増える。
 基本、Bar Issheeはロックバーであり、マスターIssheeが懇意にしているミュージシャンのライブが行われる日が多いのだが、ライブのない日は通常のバー営業となる。ぼくは、主にそういうときを狙って足を運んでいた。はっきり言ってしまうけど、バー営業の日はガラガラなので、いろいろなロックを聴いたりライブ映像を見ながらマスターとサシで飲めるのが嬉しいのだ。めちゃめちゃ音楽に詳しい人でもあるから、彼と飲んでいると非常に勉強になったもんだ。

 ある日、マスターが「うちでDJやんない?」と言ってくれた。ちょうどぼく自身DJというものに強い好奇心を惹かれていた時期だ。ただ、ぼくがDJに興味を持ち始めた理由は、DJフクタケさんのヤバ歌謡がきっかけだったから、ロックをかけるつもりはなかった。ここBar Issheeはロックバーじゃないですか。
 そうしたら、マスターは「歌謡曲でも全然かまわない」と言う。いいんだー(笑)。まあ、ぼくがDJを務める日にロックを求めて来る人はいないだろうからいいよね。というわけで、月イチで定例の歌謡曲DJナイトをオーガナイズすることになった。それが、2016年から2018年までの3年間続けた「CRAZY GROOVE DONUTS」と銘打ったイベントである。当時流行っていた「Krispy Kreme Doughnuts(クリスピー・クリーム・ドーナツ)」をもじってネーミングしたのだが、果たしてどの程度伝わっていただろうか……。
 出演者は基本ぼくひとり。最初の頃は自分がかけたい曲をひたすら繋いでいくだけのDJだったが、やがてゲストDJを呼んだり、3部構成にして1部と3部はテーマを変えてのDJ、2部は「とみさわが最近買ったレコードをみんなで聴く会」にしたりと、好き勝手にやらせてもらった。素人に毛の生えたDJなので機材の操作ミスやつなぎの失敗も多かった。それでも「自分が楽しいことがいちばん」の精神で、毎月選曲するのがあんなに楽しかったイベントはそうそうなかった。
 渋谷時代のBar Issheeと違って千駄木という場所になったことで、ぼくは通いやすくてよかったけれど、集客するのには苦労した。なにしろぼくの友達の大半は都内在住者だ。それも東京の左半分。なかなか右半分へは来てくれない。それでも2年間ただの一度も観客ゼロにならなかったのは、ひとえに友人Sくんのおかげだ。彼は全12回の「CRAZY GROOVE DONUTS」に皆勤賞で来てくれた。

 Sくんは、以前からぼくの書くものの読者で、トークイベントなどにもよく来てくれる人だった。終演後に何度か話しかけてみると、サブカルへの興味や昼飲みが趣味であることが一致し、なおかつ優しい人柄も気に入ってなんとなく仲良くなっていた。
 あるとき、大阪の味園ビル「紅鶴」でのトークイベント中、最前列になんとなく知ってるような顔を見つけた。照明が逆光でよく見えないのだが、どうもSくんに似ている。でも、ここは大阪だよ? だが、終演後に声をかけたら、やっぱりSくん本人だった。まさか大阪まで追っかけてきてくれたの!?
 さすがにそれはなかった。「たまたま大阪への飲み歩き旅行を計画していたら、とみさわさんのイベントがあるというので、ついでに顔を出しましたよ」と飄々とした笑顔で言うのである。
 それが真実かもしれないし、ぼくに気を使わせないようにそう言ってくれただけかもしれない。でも、すごくありがたいことだ。こういうファンが1000人とは言わない。100人もいれば一生食っていけるなあ……というのは冗談だけど、ぼくみたいな商売の人間はこうしたひとりを大切にしなければいけない。
「きみ、明日以降は何か旅の予定は組んでるの?」と聞いてみたら、とくにノープランだと言う。ならばわかった、俺に付き合え。俺は明日は大阪南部のブックオフ巡りをする。俺がブックオフでどんな行動をとってるのかを見せてあげるよ。そのうえで一緒に飲み歩きもしよう。ご存知のように俺は完璧に計画を立ててから旅に出る派なので、いい飲み屋も全部調べ上げてある!
 翌日の大阪南部のブックオフ&昼酒酒場めぐりツアーが楽しかったことは言うまでもない。

 そんなSくんは2019年のある日、脳出血で倒れ寝たきりになってしまったという。ぼくのツイッターのフォロワーに彼の友人がいて、そのことを教えてくれた。あれから4年。何らかの進展があるのか、いまも変わらず目覚めぬままなのか、直接連絡が取れないぼくにはわからない。それでも、いつかトークイベントをやっていたら、またひょっこり最前列に現れるのではないか。そんな奇跡を信じてぼくは待っている。

※Bar Issheeで自分がDJしている写真は自分の写真フォルダに残っていないので、かわりにカムラさんのパフォーマンスを見に行ったときの写真を載せました。まさか若き日に水玉消防団のライブに夢中だった自分が、約40年後に元水玉消防団のカムラさんと同じ場所でパフォーマンスすることになるとはね。

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