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30 ダムブーム時代

 あれほど熱中した野球カード集めから、ある日を境にスパッと足を洗ってしまう。何が理由ということはない。しいてあげれば価格の高騰ということになるんだけれど、もっと根本的な理由は、ぼくがそもそも野球ファンではなかったということなのだろう。その点では、当時、仲良くしてもらった野球ファンのカード仲間に対して不誠実だったなと、いまさらながら申し訳ない気持ちでいる。
 野球カードから足を洗ったぼくが次に向かったのは、ダムカード蒐集である。まったく懲りてない。

 ダムカードというのは、国民の皆様にダム施設への親しみと理解を深めてもらうために水資源機構と国土交通省が始めた企画で、ダムの管理事務所へ足を運ぶと、一人1枚もらえるというトレカのことだ。
 この趣味のいいところは、「旅」と連動していることである。野球カードのときは、週末のたびに都内のカードショップやイベントホールで行われる交換会に顔を出して、週末を家族サービスに充ててほしいと思っている妻や娘に寂しい思いをさせていた。
 しかし、ダムカードにハマってからは、カードをもらうために週末は関東近郊のダムへ出かけて行くようになった。妻は運転をかって出てくれた。後部座席には小学生の娘も同席する。ときには、長野や福島といった遠方のダムにも一泊旅行で出掛けていく。
 妻や娘にとってはちょっとした家族旅行を味わえるし、ぼくは「一人1枚」が原則のダムカードを家族の分ということで3枚もらえる。いいことづくめなのである。
 最初にダムカードにハマったのは、2008年の夏だった。当時の日記から拾ってみると、まず8月に埼玉県秩父にある浦山ダムに行っている。このときは一人だ。電車で秩父鉄道の浦山口まで行き、そこから山道を延々と歩いてダムへ向かった。
 クルマで行けば楽なのに、なんで徒歩を覚悟で電車にしたかと言えば、そりゃあ飲みたいからだ。自宅の最寄駅から秩父までは電車で3時間以上。行きの電車で飲みながら車窓の景色を楽しみ、さらに浦山口からもハイキング気分でウォーキング&ドリンキングである。
 その次は神奈川県の宮ヶ瀬ダムを訪れた。このときは小田急線で本厚木まで行き、そこからバスで向かったと記憶している。駅前のコンビニで缶酎ハイを買い込み、ダムに着いたら堤体の上で絶景を見ながらプシュッと開ける。そんなもん最高に決まってる。カードが目的なのか、飲むのが目的なのか、よくわからないが楽しいから気にしない。

 以後、ぼくのダム訪問はどんどん加速していき、ついには家族を巻き込んでのダム旅行となる。ダムマニアの掲示板で湯西川にはゴールドカラーのダムカードがあることを知り、家族ツアーを申し込んで水陸両用バスでダム湖を遊覧したり、群馬県へダム巡りツアーへ出かけるなどした。もちろん夜は宿で土地の名物料理に舌鼓を打つ。
 野球カードのときは、同好の仲間との酒盛りが楽しみだったが、ダムカードではそういうコミュニティが形成されていない。けれど、失われつつあった家族の絆が取り戻せたのは、ダムカードという趣味のおかげだ。

 で、何事にも飽きっぽいぼくは、ダムカード集めも2年ほど続けたところでやめてしまう。旅をすること自体に飽きるはずもないのだが、肝心のダムカードに魅力を感じなくなってしまった。カード人気が出るに従って、ダムカードを提供する側がどんどんカードの仕様に凝り始めたのだ。
 例えば期間限定でデザインの違うものを配布する。中の見えない袋に入れてランダム配布する。特定のイベントのときだけ枠のカラーが違うものを配布する等々。近所にあるダムなら、そういうものにもチャレンジできるが、遠方のダムでそれをやられたら、何度も足を運ばなければならなくなる。そりゃ無理だねえ。ゲームバランスが悪くなっちゃったんだ。
 そんなわけで、ダムカード集めからも撤退した。いまは、時折カードを収めたバインダーを引っ張り出して、楽しかったあの頃の日々を思い出しながら、家でチビチビと晩酌するだけである。

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