減点主義教育の功罪

私が20年間平成を生きてきた経験や知見を総合すると、日本の青少年は、過度に減点主義教育に晒されている実情が頻繁に垣間見えたりする。私自身、もしくは、周りでそのような教育を施されてきた人々を間近に見てきたが、結果につながることはまちまちであったのにも関わらず、総じて心地よい表情を見ることは無かった。私も親からほとんど褒められることのない家庭であったが、大人になった今、積極的になることに対するリスクが、成功の未来を差し置いて想像されてしまうきらいがある。また、部活で見てきた人々、厳しいサークルで見てきた人々、家庭教師で見てきた人々、みな厳しく至らない点を指摘される日々に暗い影の表情を落としていたのが目に焼き付いている。

具体的には、中学校の部活(バスケ部)では、多くの学校の顧問の先生は、試合中怒鳴る一方で、生徒たちはそれに怯えながらプレイしていた。また、試合内容が良くなかったり、シュートを外したりした本数分の罰走を課される場面も良く見た。私の中学校の顧問の先生は基本的には厳しかったが、よく褒めてくれた。また、失敗に寛容だった。「失敗しても良いからチャレンジしろ!」と。反対に失敗を恐れて中途半端なことをすると怒られたりした。しかし、おかげで私たちは自由にプレイすることができたし、なによりバスケをしに行くのが楽しかったと記憶している。

部活というものが修行の場と化している実情が、青少年の健全な成長にとって危惧されるとともに、幸福という重要な人生の軸を覆い隠してしまうのではないかと思うと悲しくなってしまう。常に高い理想を求められ、間違えるたびに怒鳴られるだけで、個々人で成長したことに関してはピックアップされることが少ない。そのような環境で育った人たちは、まるでロボットと同様で、失敗を恐れるような保守的な大人に育ってしまうだろう。悲しいかな、短期的には、厳しく統制のとれた教育方針の方が、結果に結びつくことが多い。これにより、生存者バイアスがかかり、「精神力を鍛えるのだ。厳しい経験があったから成功した。褒めるなどして甘やかしてはいけない。」と言った言説が伝統的に用いられることになる。ここに「人間教育」という名の大義名分が重なると、より一層強調されていく。

海外のスポーツ現場はどうだろう?
興味深い記事がある。

これは、イタリアのサッカー少年と日本のサッカー少年を比較した本を紹介している。

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世界的には、日本で当たり前のように行われていた青少年のスポーツ環境が、虐待行為と捉えられる常識が存在する。しかし、この視点を一切知らず、幸福を度外視したガラパゴス的方法論に固執するきらいが未だにあるのではなかろうか。

アメリカのコーチングに関する記事を調べたりしてみると、科学的根拠に基づいて「褒めて伸ばす」教育が常識的に行われている。とにかく、褒めまくるという。日本的には多くの人にとっては「甘やかすのはイカン」ということで敬遠されてしまうだろう。しかし、アメリカ人を見ていると、実際にスポーツやビジネス、学問などあらゆる分野で秀でた成功を収める大人がたくさんいる。なにより、自我がしっかりしていて、自信にあふれた表情をしている。もう答えは明らかであろう。

一方で、減点主義教育によるメリットがあるとしたら何が挙げられるだろうか?まず日本の生活を俯瞰してみたい。海外に行ったことがないと気が付きにくいのだが、日本は本当に便利な国である。欲しいものが全て、すぐ、安く、高品質で手に入る。非常に稀有な国だ。この点は世界的に誇っても良いだろう。理想を実現するためには何が足らないのか?常に頭を使い、厳しく実行に移すと言った営みがこれを実現してくれている。しかしながら、この便利さには、一部の人々の幸福とトレードオフな関係が成立している。所謂、ブラック労働と呼ばれる話である。災害が起こっても走り続けるヤマト運輸のトラックを見てあなたは何を思うだろうか?

また、受験勉強の世界において、減点主義的試験の形式は公平性を担保するのに役立っているだろう。多くの人々にとって平等にチャンスがあることは非常に重要である。努力した分だけ報われる世界の存在は、希望の光となり得るから無くしてはならないだろう。実際に私もその恩恵を被っていると思う。しかしながら、これも同様に無機質な人材ばかり量産される要因となってしまう。仮に受験勉強で成功を収めたところで、その人は幸福感や勉強の楽しさを感ずる経験に恵まれているのかというと、疑問符が残ってしまう。

もちろんケースバイケースではあるのだが、個人的な意見としては減点主義教育に反対だ。「幸福」という人生の最も大切な軸を度外視してまで、骨身をうずめるほどのメリットを与えてくれる価値観とは思えない。自分自身もそうだが、これから年を重ねていくにつれ、周りの人々、身近な人々を教育する立場になる機会が増えていくだろう。褒めて伸ばせる大人になって、自他ともにHappyな関係性を築いていきたい所存である。

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