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【2024年4月施行】改正不正競争防止法による営業秘密保護の強化

2024年2月20日
個人情報・プライバシー分野チーム
弁護士 髙市惇史

はじめに

昨年、通常国会において可決成立した「不正競争防止法等の一部を改正する法律」(法律第51号。以下「2023年改正」といいます。)のうち、不正競争防止法(以下「不競法」といいます。)に関する改正が2024年4月1日から施行されます。
2023年改正において、不競法については、

  • デジタル化に伴う事業活動の多様化を踏まえたブランド・デザイン等の保護強化

  • 国際的な事業展開に関する制度整備

という観点により、以下の改正が行われました。

  1. デジタル空間における模倣行為の防止

  2. 商標におけるコンセント制度導入に伴う不競法の適用除外

  3. 限定提供データの定義の明確化

  4. 損害賠償額算定規定の拡充

  5. 使用等の推定規定の拡充

  6. 国際的な営業秘密侵害事案における手続の明確化

  7. 外国公務員贈賄に対する罰則の強化・拡充

ここ数年、従業員が転職する際に営業秘密を不正に持ち出し、不正競争防止法違反で摘発されたという報道に接したことがある方も多いと思いますが、2023年改正では、営業秘密に関連する不競法の改正もされております。
ここでは、施行日が迫っている不競法の2023年改正のうち、営業秘密保護に関連する上記項目4、5の概要をご説明いたします。

不競法における営業秘密の保護

不競法は、営業秘密を不正の手段により取得、使用、開示する行為等を「不正競争」として規定しており(不競法2条1項4号~9号)、仮に不正競争に該当する行為が行われた場合、被侵害者は、侵害者に対し、侵害行為の差止請求(不競法3条)や損害賠償請求(不競法4条)を行うことが可能です。また、営業秘密の侵害行為については、刑事罰も規定されております(不競法21条1項1号~9号)。
もっとも、損害賠償等を請求するためには、営業秘密が不正に使用されたことや、それによって損害を被ったことを被侵害者が訴訟において立証する必要がありますが、それらを立証することは容易ではありません。
そこで、不競法は、被侵害者の負担を軽減するための規定を設けております。
2023年改正では、これらの被侵害者の負担を軽減する規定が改正され、営業秘密の保護が強化されることになります。
一方、企業としては、転職者を受け入れる際などに他社の営業秘密を侵害することがないよう、これまで以上に注意を払う必要があるといえます。

損害賠償額算定規定の拡充(上記④)

損害賠償を請求するには、被侵害者において損害を立証する必要がありますが、営業秘密の侵害によって被侵害者の製品の販売数量が減少したことによる損害(逸失利益)は、侵害行為と損害との間の因果関係が明らかでない場合が多く、立証には困難が伴います。

そこで、2023年改正前の不競法(以下「現行法」といいます。)では、「侵害者による侵害品の販売数量×被侵害者の製品の1個当たりの利益」を、被侵害者の生産・販売能力等を超えない限度で損害額と推定しています(不競法5条1項)。

しかしながら、現行法では、

①被侵害者の生産・販売能力を超過した部分については損害額として推定されないことから、侵害者が被侵害者の生産・販売能力を超えて販売等することによって利益を得ている場合、侵害し得となってしまいます。また、
②侵害者が営業秘密を用いて「物を譲渡」(製品を販売)した場合についてのみ規定されており、営業秘密を用いて役務を提供した場合については規定されていない点や、
③営業秘密のうち技術上の秘密が侵害された場合にしか適用できない点で、

営業秘密の保護が不十分ではないかと指摘されていました。

そこで、2023年改正では、

被侵害者の適切な損害回復を図るため、被侵害者の生産・販売能力の超過分は、侵害者に使用許諾(ライセンス)をしたとみなし、使用許諾料相当額を損害賠償額として加算できる規定を追加しました(令和元年特許法等改正にならったもの)。

これにより、生産能力等が限られる中小企業においても、生産能力等の超過分のライセンス料相当額について、損害賠償請求することが可能になりました。

また、上記規定について、

②侵害者が役務を提供している場合や、
③技術上の秘密に限らず営業秘密が侵害された場合にも適用されることを明確化することにより、営業秘密の保護が強化されました。

損害賠償の増額
(出典)経済産業政策局 知的財産政策室・特許庁 制度審議室「不正競争防止法等の一部を改正する法律【知財一括法】の概要」

使用等の推定規定の拡充(上記⑤)

不正競争の対象となる営業秘密の「不正使用」があったとして損害賠償等を請求する場合、被侵害者としては、侵害者が被侵害者の保有する情報を使用等したことを立証する必要がありますが、そのための証拠は、通常は侵害者側に存在することが多く、その立証は困難な場合が多いです。

そこで、不競法は、営業秘密のうち、技術上の秘密(生産方法等)については、侵害者が営業秘密を不正取得し、かつ、その営業秘密を使用すれば生産できる製品を生産している場合には、被告が営業秘密を「使用した」と推定する規定を設けています(不競法5条の2)

しかしながら、現行法では推定規定の適用対象となる侵害者は、営業秘密へのアクセス権限がない者(産業スパイ)等に限定されており、もともと営業秘密にアクセスすることのできた元従業員等が営業秘密を不正取得した場合については対象となっていませんでした。

2023年改正では、推定規定の適用対象を、元々アクセス権限のある者(元従業員)や、不正な経緯を知らずに転得したがその経緯を事後的に知った者についても、同様に悪質性が高いと認められる場合に拡充する改正が行われ、営業秘密の保護が強化されました。

(出典)経済産業政策局 知的財産政策室・特許庁 制度審議室「不正競争防止法等の一部を改正する法律【知財一括法】の概要」

2023年改正を受けた対応

上記のとおり、2023年改正により、不競法による営業秘密の保護が強化されました。
営業秘密を保有する企業としては、これまで営業秘密(技術上の情報)を使用されたことについて立証が困難であった事例においても使用を推定できる可能性があることから、改正内容を十分に把握し、活用していくことが考えられます。

一方、企業としては、転職者を受け入れる際などに誤って他社の営業秘密を侵害することがないよう、これまで以上に注意を払う必要があります。

自社の秘密情報の保護や、他社の秘密情報を侵害しないための方策については、経済産業省が発行する「秘密情報のハンドブック~企業価値向上に向けて~」(full.pdf (meti.go.jp))が参考になります。なお、「秘密情報のハンドブック~企業価値向上に向けて~」は、2023年改正などを踏まえて改訂の検討が行われておりますので、その動向にもご留意いただければと思います。

【参考】
経済産業省HP 不正競争防止法 直近の改正(令和5年)
https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/kaisei_recent.html


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