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営業秘密の管理① 営業秘密とは?~秘密管理措置の概要~


2024年6月30日
個人情報・プライバシー分野チーム
弁護士 髙市惇史

1 はじめに
 転職する従業員による営業秘密の持出しなど、営業秘密の漏えいに関する報道に接する機会が増えていると感じている方も多いのではないでしょうか。実際、独立行政法人情報処理推進機構「企業における営業秘密管理に関する実態調査2020」報告書によれば、営業秘密の漏えいルートとして、2020年の調査では「中途退職者(役員・正規社員)による漏えい」が最多となっております。また、警察庁「令和5年における生活経済事犯の検挙状況等について」によると、令和元年以降、営業秘密侵害事犯の検挙件数は20件超で推移しており、令和5年は26件となっております。
 営業秘密は一度漏えいしてしまうと大きな影響がありますが、上記の統計を見ても、今後もこのような問題は増えていくことが想定され、どの企業も巻き込まれる可能性があります。今回は、不正競争防止法によって保護される営業秘密とは何か、ご説明いたします。

(出典)独立行政法人情報処理推進機構「企業における営業秘密管理に関する実態調査2020」報告書


(出典)警察庁「令和5年における生活経済事犯の検挙状況等について」

2 営業秘密とは?
 ⑴ 不正競争防止法上の営業秘密
 営業秘密を不正に利用等された場合、不正競争防止法によって救済を図ることが可能ですが、不正競争防止法では、営業秘密について以下のように定義しております。

<不正競争防止法2条6項>
この法律において「営業秘密」とは、①秘密として管理されている②生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、③公然と知られていないものをいう。

このように、不正競争防止法上の営業秘密として保護されるためには、次の①~③の要件が必要となります。
①秘密管理性(秘密として管理されている)
②有用性(生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報)
③非公知性(公然と知られていないもの)

⑵ ①秘密管理性
ア 秘密管理性とは
  秘密管理性が認められるためには、秘密として管理する意思(秘密管理意思)が従業員等に対して明確に示されていて(秘密管理措置)、秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保されていることが必要とされています。すなわち、企業が主観的にある情報について営業秘密であると考えているだけでは足りず、客観的にその情報が秘密として管理されていると認められる状態にあり、そのことを従業員が認識できる状態である必要があります。

イ 必要な秘密管理措置
 具体的に必要な秘密管理措置の内容・程度は、企業の規模、業態、従業員の職務、情報の性質その他の事情によって具体的に判断されることになりますが、秘密管理措置が十分かを検討するに当たっては、経済産業省の発行する「営業秘密管理指針」が参考になります。「営業秘密管理指針」は、不正競争防止法を所管する経済産業省が、不正競争防止法による法的保護を受けるために必要となる最低限の水準の対策を示すものです。
 営業秘密管理指針には、例えば、以下のような管理方法が例示されております。

(出典)経済産業省・営業秘密管理指針を元に作成

 自社が保有する全ての秘密情報について網羅的に対策することは、現実的には困難な面もあると思います。また、秘密管理措置を厳格に行うことにより、利便性が損なわれることもあり得ます。そこで、秘密管理措置について検討する際には、自社が保有する秘密情報を把握した上で、その重要性の程度を検討し、重要度の高い秘密情報から秘密管理措置を検討することが必要です。

 ⑶ ②有用性
 「有用性」が認められるためには、その情報が客観的にみて、事業活動にとって有用であることが必要とされております。「有用」とは、「財やサービスの生産、販売、研究開発に役立つなど事業活動にとって有用な情報」(東京地判H14.2.14)であることが必要であり、有用かどうかは客観的に判断されることになります。

 ⑷ ③非公知性
 「非公知性」が認められるには、当該営業秘密が一般的に知られた状態になっていない状態、又は容易に知ることができない状態にあることが必要と解されています。

3 営業秘密該当性が争われた近時の裁判例

 大手回転寿司チェーンAの社長Bが、転職元の大手回転寿司チェーンCの運営会社幹部だった当時、商品原価等のデータや食材の仕入先、仕入価格等を不正に取得し、転職先の部長Dに不正に開示し、使用したとして転職先の部長D及び会社Aが不正競争防止法違反に問われた東京地裁令和6年2月26日判決[1]において、商品原価等のデータ(一覧表)や食材の仕入先、仕入価格(一覧表)の営業秘密該当性が争われましたが、裁判所は、以下のとおり判示し、営業秘密に該当すると判断しました(報道によると控訴中)。

 ⑴ まず、裁判所は、①秘密管理性の要件について、次の事実を指摘しています。

・C社の「文書管理規程」の「機密文書」の定義、「退職後の守秘義務及び競業避止規程」の「秘密情報」の定義、入社時及び退社時の「誓約書」の秘密情報の記載

・各規程をポータルサイトで従業員が閲覧できる状態にあったこと

・営業秘密等の情報管理に関する定期的な研修、資料配布

・各データが保管された共有フォルダへのアクセス制限(3万名超の従業員のうち約220名のみアクセス可能)パスワード管理(パスワードを認知していたのは約37名)

 そして、裁判所は、「以上によれば、本件各データについては、C社における位置付け、従業員に対する周知状況、その管理態様等に照らし、営業秘密を保有する事業者の秘密管理意思が、経済合理的な秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示されており、従業員等が一般的に、かつ容易にこのことを認識できると認められるから、秘密として管理されているものであるといえる。」と判示し、①秘密管理性を肯定しました。

 各種規程や誓約書において秘密として管理する具体的な情報を明記し、実際にデータへの厳格なアクセス制限を行っていることに加え、規程が従業員において閲覧が可能であり、研修等による従業員に対する周知状況も指摘していることは参考となります。

 ⑵ ②有用性の要件については、次のとおり判示し、有用性を肯定しています。

 「本件各データは、その内容自体、商品の開発、販売等に当たり、商品の構成・品質、価格等を企画・設定するとともに、そのような構成・品質、原価等に適合する仕入先を確保し、交渉するためのものであると認められる。そして、顧客にとって商品の構成・品質、価格等が重要な要素を占め、これらの工夫によって利潤を得る回転寿司業界において、C社が、本件各データを重要な資料と位置付けていたことが明らかである。実際、C社では、原価等情報データを商品の開発、販売やメニュー構成の見直しにおいて参照するとともに、仕入れ等情報データを、約570店舗を一括した多量の食材の仕入れの安定的確保のために参照し、商品開発やメニュー構成の見直しの際に原価計算等を行う資料ともするなど、本件各データを事業活動に使用・利用していたところである。また、競合他社が、本件各データを利用し、C社の方針に対応して、商品の構成・品質、価格等を企画・設定するとともに、そのような構成・品質、原価に適合する仕入先を確保し、交渉して商品を開発、販売することにもつながり得るといえる。したがって、本件各データは、いずれもC社の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であると認められる。」


4 おわりに

 不正競争防止法の「営業秘密」に該当する場合、差止請求(不正競争防止法3条)や、損害賠償請求(不正競争防止法4条)による救済手段を利用することが可能となります。また、「営業秘密」の侵害に対し、刑罰も規定されております(不正競争防止法21条1項、2項)。不正競争防止法の「営業秘密」に該当しない場合にも、契約上の秘密保持義務による保護の対象となる場合はありますが、自社の保有する秘密情報を把握し、重要度を確認した上、不正競争防止法の保護を得られるよう、秘密管理措置について見直す機会としていただければと思います。


【参考】

●営業秘密管理指針(経済産業省)

https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/guideline/h31ts.pdf


●秘密情報の保護ハンドブック~企業価値の向上に向けて~(経済産業省)

https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/handbook/full.pdf


●組織における内部不正防止ガイドライン(独立行政法人 情報処理推進機構)

https://www.ipa.go.jp/security/guide/hjuojm00000055l0-att/ps6vr7000000jvcb.pdf


弁護士 髙市惇史(松田綜合法律事務所)

2012年1月に裁判官任官後、横浜地裁、神戸地裁姫路支部、厚生労働省出向、東京地裁(労働専門部)。2021年12月、東京弁護士会登録、松田綜合法律事務所入所。個人情報プライバシー関連法務、労働法務、紛争案件等に注力している。 「従業員情報の管理の実務(1)~(4)」(NBL No.1230、1232、1236、1239)ほか。



[1] 転職者である社長Bに対する判決(東京地判令和5年5月31日)は既に確定している。

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