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セキュリティ・クリアランスとは?2024年通常国会で成立予定のセキュリティ・クリアランス法案の概要

2024年4月30日
個人情報・プライバシー分野チーム
弁護士 髙市惇史

1 はじめに
 2024年4月9日の衆議院本会議において、セキュリティ・クリアランスについて定める「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案」(以下「本法案」といいます。)が可決されました。まだ参議院における審議が残っている段階ですが、セキュリティ・クリアランスとはどのような制度なのか、本法案の概要をご説明します。

2 本法案の概要
 ⑴ セキュリティ・クリアランスとは
 いわゆるセキュリティ・クリアランスとは、政府が保有する安全保障上重要な情報として指定された情報について、政府による調査により信頼性が確認された者に限りアクセスが認められる制度のことをいいます。セキュリティ・クリアランス制度を規定している法律としては、「特定秘密の保護に関する法律」(以下「特定秘密保護法」といいます。)があります。
 本法案においては、行政機関の長が、①当該行政機関の所掌事務に係る重要経済基盤(本法案2条3項)に関する一定の情報(重要経済基盤保護情報)であって、②公になっていないもののうち、③その漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるものを、「重要経済安保情報」として指定すると定められています(本法案3条1項)。この重要経済安保情報の候補としては、サイバー関連情報(サイバー脅威・対策等に関する情報)、規制制度関連情報(審査等に係る検討・分析に関する情報)、調査・分析・研究開発関連情報(産業・技術戦略、サプライチェーン上の脆弱性等に関する情報)、国際協力関連情報(国際的な共同研究開発に関する情報)等が考えられます(第10回経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議(以下「有識者会議」といいます。)・参考資料)。
 重要経済安保情報は、政府が保有する情報が指定されるものですので、民間事業者がもともと保有する情報が対象となるわけではありません。民間事業者においては、政府から重要経済安保情報の提供を受ける場合に、事業者及びその内部で重要経済安保情報を扱う個人について、セキュリティ・クリアランスが問題となります。

(出典)経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議・
参考資料

 ⑵ 情報の管理・提供ルール
 セキュリティ・クリアランス制度に関わる情報の管理や提供のルールとして、①行政機関内における管理ルール②行政機関・民間事業者の別を問わず情報に接する必要性のある個人に対するクリアランス③事業者に対するクリアランス、の3つがありますが、民間事業者に適用がされるルールは②、③となります。 

(出典)経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議・
参考資料

 ②に関し、評価対象者の同意を得た上で、以下のような事項について調査を行い、適性評価を実施すると定められており(本法案12条2項各号)、その結果(評価対象者が同意しなかったことにより適性評価が実施されなかった場合はその旨)は、評価対象者や事業者に対して通知されます(本法案13条1項、2項)。
・評価対象者の家族及び同居人の氏名、生年月日、国籍及び住所
・犯罪及び懲戒の経歴に関する事項
・情報の取扱いに係る非違の経歴に関する事項
・薬物の濫用及び影響に関する事項
・精神疾患に関する事項
・飲酒についての節度に関する事項
・信用状態その他の経済的な状況に関する事項
 なお、有識者会議においては、クリアランスの対象範囲として、従業員だけではなく、重要経済安保情報に触れることになる企業の会計監査を行う監査法人や法律事務所等も候補として議論されており、従業員以外の関係者も適性評価を受けることが必要となる可能性があります。
 ③に関しては、行政機関の長は、安全保障の確保に資する活動の促進を図るために、安全保障の確保に資する活動を行う事業者であって重要経済安保情報の保護のために必要な施設設備を設置している等政令で定める基準に適合する事業者(適合事業者)に当該重要経済安保情報を利用させる必要があると認めたときは、当該適合事業者との契約に基づき、当該適合事業者に当該重要経済安保情報を提供することができます(本法案10条1項)。当該契約においては、重要経済安保情報の取扱いの業務を行わせる従業者の範囲等を定めなければならない旨規定されております(本法案10条3項)。
 なお、重要経済安保情報の指定及びその解除、適性評価の実施並びに適合事業者の認定に関しては、政府が統一的な運用を図るための基準を定めるものと定められており、その際には有識者の意見を聞いたうえでその案を作成し、閣議決定を求めなければならない旨規定されております(本法案18条1項、2項)。

 ⑶ 罰則
 本法案は、重要経済安保情報の取扱いの業務に従事する者がその業務により知り得た重要経済安保情報を漏らしたときは、5年以下の拘禁刑若しくは500万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する旨定めております(本法案22条1項)。これは、特定秘密保護法の定める刑罰より軽く、国家公務員法の守秘義務違反に関する刑罰より重い水準となります。

 ⑷ 国会への報告
 衆議院において可決された修正案において、政府は、毎年、重要経済安保情報の指定及びその解除、適性評価の実施並びに適合事業者の認定の状況について国会に報告するとともに公表する旨の定めが追加されました(重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案に対する修正案19条)。

4 今後の動向等
 参議院での審議が行われておりますが、本法案が成立した場合、重要経済安保情報を政府から提供を受ける可能性のある事業者においては、事業者自身が基準に適合する必要があることに加え、実際に重要経済安保情報を取り扱う従業員の同意を得た上で、適性評価を受けてもらう必要があります。
 本法案の成立後、政府が具体的にどのような運用基準を定め、この制度が運用されていくことになるのかについては、引き続き注視していきたいと思います。

【参考】
●重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g21309024.htm

●衆議院において可決された上記法案の修正案
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/syuuseian/1_8466.htm

●経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議最終とりまとめ
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyo_sc/pdf/torimatome.pdf


弁護士 髙市惇史(松田綜合法律事務所)
2012年1月に裁判官任官後、横浜地裁、神戸地裁姫路支部、厚生労働省出向、東京地裁(労働専門部)。2021年12月、東京弁護士会登録、松田綜合法律事務所入所。個人情報プライバシー関連法務、労働法務、紛争案件等に注力している。 「従業員情報の管理の実務(1)~(4)」(NBL No.1230、1232、1236、1239)ほか。

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