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社員が営業情報を外部に流出させた行為の不正競争防止法(営業秘密複製罪)該当性について地裁は有罪であったが、高裁では秘密管理性がないことを理由として営業秘密に該当せず逆転無罪となった事件(営業秘密侵害罪被告事件、刑事事件です)

【不正競争防止法-条文紹介】

(定義)
第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
6 この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
(罰則)
第二十一条 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
三 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得した者
ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること

【営業秘密とは】

不正競争防止法では、企業が持つ秘密情報が不正に持ち出されるなどの被害にあった場合に、民事上・刑事上の措置をとることができます。そのためには、その秘密情報が、不正競争防止法上の「営業秘密」として管理されていることが必要です。

(参照【営業秘密~営業秘密を守り活用する~ (METI/経済産業省)


【登場人物紹介】

(被害者)

・被害会社であるH社は自動車部品の仕入れや販売を行っている綜合商社で、令和4年10月3日時点でアルバイトを含めて従業員は142人。

(乙男)

・乙男は平成5年4月入社、令和2年10月当時は営業担当、営業所の所長も経験、令和元年年末にトラブルになり、令和2年1月から有給をとり、以後は業務なし。令和2年6月に同業のP会社設立

(甲女)

・甲は平成24年4月入社、営業成績の集計等を行う商品部で勤務

(I)

・Iは平成26年4月入社で営業担当、令和2年5月末頃からH社から出勤停止処分を受け、9月2日退社、翌日にP社に入社して営業担当
(実際のやりとり)
・甲女は、IからH社(被害会社)の販売実績を教えて欲しい依頼されていた
・甲女は、LINEのやりとりには、「バレるとまずいから、ファイル名SHIREのままだけどごめん!」「いない間になんか調べられて、私の知らないところに履歴とか残ってたらファイル名でわかっちゃうじゃん」などと送信
・実際の10月下旬に、C社からエンジンオイル200Lの販売を依頼され、乙男から甲女に対して値段を調べるようにLINEで聞き、65,000円という値段を聞いて、その金額で販売した

【被害者であるH社のワークフロー】

・「パーツマン」という外部のK社システムを導入していた
(パーツマンの使用方法)
・パーツマンをインストールしているPCに起動するために、K社提供のUSBキーを挿入する
→パーツマンを起動(なお、H社は常にUSBキーをPCに挿しっぱなしであった)
→「企業認証ログイン」画面から、被害企業共通の企業認証アカウントをログイン
→さらに「従業員ログイン」画面から、各従業員に割り当てられているID、PWを入力して各機能を利用する
→H社では、各従業員のIDとPWは各従業員に割り振られた3桁の従業員コードの末尾に「0」をつけた4桁の数字であり、従業員コードは社内ネットワーク上に一覧表が掲載されていて、従業員であれば誰でもアクセスすることができた

【被疑事実1】

・甲女は販売先、販売商品、販売金額等の履歴が記録された得意先電子元帳を示されていた者
・甲会社から貸与PCを捜査して、会社から元帳を管理するサーバーにアクセス、元帳の得意先A、売上日「2020/1/1~10/26」、仕入先B、の情報を抽出したCSVファイルを、貸与PCにDLして保存した

【被疑事実2】

・甲女と乙男が共謀して、会社で貸与PCを使い、元帳の得意先C、売上日「2019/1/1~2020/10/28」MSNで始まる品番のデータを表示して、LINEで画像ファイルとして記録して、複製を作成して乙男に送った

【札幌地裁令和5年3月17日判決】

不正競争防止法21条1項3号ロ、2条6項に該当
甲及び乙共に罰金30万円

【札幌高裁令和5年7月6日判決】

・甲及び乙共に無罪
・営業秘密に該当するには、客観的に有用な情報、漏洩防止する必要性の高い情報、公然とは知られていない、一般に流出していない情報に加えて、「秘密管理性」すなわちH社にて、経済合理的な秘密管理措置により、本件情報を秘密として管理しようとする意思が従業員に明確に示され、結果として従業員が当該秘密管理意思を容易に認識し得ることが必要であると解される。
→パーツマンには、営業秘密以外にも、在庫数や日報といった日常的な情報を掲載する機能もある
→アクセス手順は、営業秘密に属する情報だけでなく、パーツマンに搭載された諸機能を利用するための手順に過ぎない
→得意先元帳へのアクセスに、新たにPW等の入力を求めるなどの制限なし
得意先元帳に記録されている情報に接する従業員が、H社が該当情報とその他の秘密ではない情報とを区別して管理しようとしていることを明確に認識できるほど、客観的な徴表があるとは認められず、IDやPW等を入力する必要があることだけでは、H社が十分な秘密管理措置を講じていたと認めることはできない。

(コメント)

・営業担当者の転職の場合によくある光景で近時は警察が告訴を受けてくれることが増えた。
・しかし札幌高裁の判断は相当厳しい印象がある。上告しているのかは不明であるが、この高裁判例が確定すると、警察や検察が萎縮し、日本の産業界にとってマイナスになることを懸念する。
・秘密管理性について地方裁判所のイメージは、「外部/社内情報(秘密情報も含む)」の二層のレイヤーのイメージであるが、高等裁判所のイメージは「外部/社内一般情報/社内秘密情報」の三層のレイヤーと考えている点が、営業秘密該当性判断の分岐点といえる。


【経産省営業秘密管理指針(最終改訂平成31年1月23日) h31ts.pdf (meti.go.jp)】6-7頁参照(2)必要な秘密管理措置の程度

○(総説)

秘密管理性要件が満たされるためには、営業秘密保有企業が当該情報を秘密であると単に主観的に認識しているだけでは不十分である。
すなわち、営業秘密保有企業の秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようとする意思)が、具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置(注6)によって、従業員に明確に示され、結果として、従業員が当該秘密管理意思を容易に認識できる(換言すれば、認識可能性が確保される)必要がある。
取引相手先に対する秘密管理意思の明示についても、基本的には、対従業員と同様に考えることができる。

○(秘密管理措置の対象者)

秘密管理措置の対象者は、当該情報に合法的に、かつ、現実に接することができる従業員等である。
職務上、営業秘密たる情報に接することができる者が基本となるが、職務の範囲内か否かが明確ではなくとも当該情報に合法的に接することができる者(例えば、部署間で情報の配達を行う従業員、いわゆる大部屋勤務において無施錠の書庫を閲覧できる場合における他部署の従業員など)も含まれる。
(注6) 秘密管理性要件は、従来、①情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限)、②情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることが認識できるようにされていること(認識可能性)の2つが判断の要素になると説明されてきた。しかしながら、両者は秘密管理性の有無を判断する重要なファクターであるが、それぞれ別個独立した要件ではなく、「アクセス制限」は、「認識可能性」を担保する一つの手段であると考えられる。したがって、情報にアクセスした者が秘密であると認識できる(「認識可能性」を満たす)場合に、十分なアクセス制限がないことを根拠に秘密管理性が否定されることはない。
もっとも、従業員等がある情報について秘密情報であると現実に認識していれば、営業秘密保有企業による秘密管理措置が全く必要ではないということではない。法の条文上「秘密として管理されている」と規定されていることを踏まえれば(法第2条第6項)、 何らの秘密管理措置がなされていない場合には秘密管理性要件は満たさないと考えられる。
なお、「アクセス制限」の用語は権限のない者が情報にアクセスすることができないような措置を講じることという語義で使用されることが多いが、秘密として管理する措置には、「秘密としての表示」や「秘密保持契約等の契約上の措置」も含めて広く考えることが適当である。それを明確化するため、本指針においては「アクセス制限」ではなく、「秘密管理措置」という用語で説明する。

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