ストリップ劇場で歌ったお話し
2021年6月20日(日)晴れ
私は愛媛県松山市にいた。何故かというと、「音沙汰とアジアの星くずたち」というひょんなことから集まったバンドで、演奏する用事ができたからである。
四国の山は漫画に出てくるようなまあるい形をしていて、関東近郊の山って複雑な形をしているんだなあなどと思いながら高速道路を走ってきた。運転のできない私は、後部座席でぼーっと外を眺めていると、だいたい遠い場所に着いている。
道後温泉に着く手前に、松山の商店街で鍋焼きのおうどんを食べる。小さな銀色の小鍋にぎゅっと盛られたおうどんは、一口食べるととっても甘くて、みたらしだんごのよう。甘党過激派の私は大層気に入り、おいしいおいしいと食べたけど、他のメンバーには甘すぎたみたい。全然おうどんの話題が弾まなかったよ。
店内には星野源の歌詞が墨で大きく書かれた紙が貼られていて、それを囲うように富士山の絵が何枚も飾られている。それらを眺めながら、今からストリップ劇場で歌うんだなあと思う。だからといって特別な感慨は全く無く、いつも通りにお店を出た。
車で10分ほどで道後温泉に到着。街中に温泉街特有の、お湯の匂いと石鹸の香りがしてとっても楽しい。この匂い大好き。
会場のストリップ劇場「ニュー道後ミュージック」は、道後温泉の別館・飛鳥の湯の真横にある。街の佇まいに調和した懐かしくてシンプルな店構え。ストリップ劇場といえば浅草ロック座しか知らなかったから、その素朴さに驚いたけれど、思えばライブハウスだって言われないと気が付かない店構えかもしれない。
車を止めると、この日PAや舞台まわりを担当してくれるSさんが出迎えてくれた。彼はびっくりするほどキャラクターが濃く、声が非常に大きい。そしてギャグを言ったあと必ず二回柏手を打つ。
Sさんに誘われ会場に入ると、ほの暗い店内のど真ん中に花道があった。そして花道を囲うように、円形に客席が配置されている。
「ここは大切なステージだからね」「ここはパワースポットだからね」と言うSさんの声色には少しのブレも揺らぎもなかった。皆、靴を脱いでステージに上がる。
メンバーたちがセッティングをしている間に、ストリッパーのYちゃんが会場に来る。会うのは2回目で、前回は新宿の公園で少しお酒を飲んだ。彼女はマイペースな性格をしていて、カゴバッグに造花をたくさん入れていた。静かに煙草を吸って、静かに頷く。静かに笑う。
新宿駅までの帰り道、歩きながらとりとめもなく二人でした会話の中で彼女が言っていた「陰謀論とか信じたっていいと思う。だって、どっちが嘘でどっちが本当かなんて、誰にもわからないじゃない」という言葉が、なんとなく忘れられない。
久しぶりに会ったSちゃんとワッツアップすると、世間話をする隙もなくさっそくリハーサルに入る。私は彼女に小道具を渡したり、紹介したりなど、フロントマンとしてアシストをすることも多かったので、打ち合わせをしながら進めていく。あまりステージの音響環境が揃っている場所ではなかったので、バンドメンバーたちも様子を見ながら試行錯誤を繰り返している。
じゃあ次の曲、次の曲、と確認していく。次は、私たちの曲「ホームレス銀河」の確認を。
段取りやSちゃんのダンス、歌の音量に集中して確認していたはずなのに、イントロでありりのピアノが聴こえ、歌い始めた瞬間に、突然目からぼたぼたと涙が溢れてきた。別に何の感動もしていない。このステージにまだ思い入れもなければ、物語を脳内で作ってきたわけでもない。
わたしの心は手ぶらで、何も持っていない。のに、ぐわああああと突然込み上げてきたものがあった。
感情ともまた違う、感動ともまた違う。なんだこれ。ただ、急にすごく悲しくなって、同時にすごく安心して、たくさん涙が出てきたんだ。
リハーサル中、Sちゃんはずっとわたしを見つめて離さず、まるでようやく会えた愛しい人を見つめるような眼差しで、歌うわたしをずっとずっと、ずっと見ていた。あのリハーサルでの舞いの一挙一動、音符、メロディ、アンサンブル、詩は、はあの瞬間、あの場所の音楽のためだけに捧げられ、爪先の広がりや、足首の曲がる角度は、言葉よりも雄弁であった。
音楽は作った時を現場で軽く超えていく。そうか、音楽は感情でも感動でもなく、音楽なんだなあ。歌い踊るというエネルギーの不思議と、人間の業に、また出会ってしまった。
エネルギーの理由を知りたいですか?解き明かしたいですか?論じ整頓したいですか?
わたしは別にいいです。歌として、そのエネルギーをつくり、知り、感じ、整え、謳歌して生きたい。
時間内ぎりぎりにリハーサルを終えると、息つく間も無く本番、また本番と、計二本のステージを終えた頃には、長旅の疲れもあり全員ぐったりしていた。
おつかれー、おつかれー、機材片付けた?ちょっと着替えてくるわー、まなっちゃんマイクここに置いとくよ、聴き馴染んだ言葉たちが楽屋に飛び交う。
着替えようとしている私にSちゃんが「こっちで着替えていいよ」と、自分の部屋に呼んでくれた。ストリップ劇場の二階にはそれぞれ小さな部屋があって、お風呂場や冷蔵庫もあった。巡業するストリッパーたちは、基本十日刻みでそれぞれの劇場に滞在するらしい。そしてほぼ毎日4ステージをこなす。彼女の部屋にはお布団や煙草の灰皿、ヘアアイロン、メイク道具やお菓子の包み紙なんかがザーッと広げられていた。
なんだか上手に話せなくて、わたしは何度も「東京でゆっくり会おう、またね、また会おうね」を繰り返し伝えた。
彼女はなんて言ってたっけな、「うん」って言ってくれたな。
ストリップ劇場に別れを告げ、現地の名品をたらふく食べた私たちは、宿に帰り全員爆睡した。
次の日はオフで、起きるのが一番遅い私が目覚めてリビングに行くと、なんにもなかったみたいに、ただそこでみんなが話していた。わたしはその姿を、とっても素敵だなと思った。