小豆島旅行記2【ゲリラ上陸編】③隠密de観光~匂わせの下準備~
1.あなた達の正体は? (寒霞渓売店スタッフ視点)
お昼のピークの時間を迎えたが、台風が近づいているせいでお客様の疎らな休前日だった。
「オリーブ牛」を使用したご当地バーガーを売っている売店も、いつもに比べるとお客様が少なく暇だった。
ふとテラス席の方からよく通る楽しそうな声が聞こえてきた。気になった私はそちらを見る。
「いやー、ハンバーガーの写真でバレたりせんでしょ?
普通に撮ったらええやんwww」
「でも、ほら、テーブルの模様とかで 寒霞渓におる!ってバレるかもしれんやーん。」
「いや、普通のテーブルやしwww」
「ほらほら!これくらい寄ったら分からんやろ?」
「うーまっ♡ユウさん、食べた?
これ、うまいよぉ♡」
視線の先、テラス席に座っていたのは、さっきバーガーをお渡しした4人組のお客様だ。
そういえば、メニューを選んでる時から楽しそうだったなぁ。
SNS用に凝った写真を撮る人も多いから、たぶんあの人たちもそうしているんだろう。
よく見かける光景だと思った。
聞こえてくる会話から食事の味に満足してくれている様子を知って、こちらも思わず笑顔になる。
「ロープウェイに乗りたかったのになぁ。景色綺麗やったろーなぁー!」
「気がついたらソコに着いてましたもんねwww」
「それよ。なんでなん、もうwww」
「今度は私のせいじゃないけんねーwww」
車で観光しているこの人たちはロープウェイに乗るつもりが、山頂駅の駐車場に着いてしまったというところか。
途中で誰か気が付かなかったのかな?話を聞きながらつい、私は首を傾げる。
「奥の院の断崖絶壁で体力消耗したけん、疲れとったんかなぁ…」
「てゆーか、GOTOさんの高所恐怖症は大丈夫やったんですか?」
「あんなん、石鎚に比べたら平気やろw」
食事をしながらもずっと誰かが話している。
そんな仲の良さそうなグループの会話をBGM代わりにしながら、私はテーブルを拭いたり作業をこなしていく。
「江洞窟でもパワー貰えたし、
ロープウェイには乗らんかったけど寒霞渓にも来れたし、
あとは昼から 匂わせ の写真を撮らんといかんね!」
「今のとこツイートも多いし、宿舎さんも妖怪もみんなおる感じですねー…」
「今回GOTOの車で来とるけん、小豆島勢もさすがに分からんやろー?」
「いえーい!隠密成功やろ?」
匂わせとか隠密とか穏やかではないワードが飛び交っているものの、4人の纏う楽しそうな雰囲気は変わらない。このお客様達がどうやら普通の観光客ではなさそうなのを感じた私は、ドキドキしながら作業の傍ら耳をそばだて続ける。
「闇メンにも写真送っとこー☆」
「GOTOさん、ホントに兄やんの顔緑色にする?www」
「アゴ外したらええんやろ?やるやるwww」
え!闇!?
てか、アゴ外すってどういうこと!?
飛び交う物騒な言葉にいよいよ、この人達が何者か変わらなくなってきた。
「さぁ、次は西光寺や!ユウト、頼んだよ!」
と聞こえてきたかと思うと、椅子を引く音やガタガタと席を直す音が聞こえる。
食事を終えたグループが席を立ち始めたようだ。
食事をしている間、始終誰かが話していたから、彼らが座っていた時間が短いように感じるけど、時計を確認すると思いのほか時間が経っていたことに驚く。
「ごちそうさまでしたー」
「あ!すいませーん!
ありがとうございまーす!」
トレイを返却に来た面々に、私は営業スマイルで答える。
離れていく4人の背中を見送りながら、私の中のでは疑問だけが残された。
この人達は何者だろう?
2.青き衣事件(GOTO視点)
「あ、ここは?ここじゃない!?」
彼らが寒霞渓を出発して30分後、西光寺を望む迷路のまちの路地によく通る大きな声が響いていた。
スマホを片手に、小豆島勢の撮った写真と実際の景色を見比べて西光寺周辺を練り歩くことしばらく、撮影場所と思しき地点を見つけたユウさんが声を上げたのだ。
「おお!ここやね!」
思っていたより場所を見つけるのに時間がかかったが、やっと見つけたことにみんなが喜んでいる。
「で、僕はこの辺に立つんですよね?」
そう言いながらユウトさんが路地の一角に立つ。
「もう少しこっち寄れる?
そうそう。それでこの辺から…このアングルで撮ったらええんかな?」
被写体としてユウトさんが立つと、カメラを構えてユウさんが立ち位置の指示を出す。アングルまで決めたら、いよいよ本番だ。
「じゃあ、ユウト、青いツナギ着て!」
妖怪さんはじめ、小豆島勢が撮っているのと同じ場所でチョーケシ兄やんのトレードマークの青いツナギを着たユウトさんの写真を撮って、それをTwitterでアップして来ていることを仄めかす計画だ。ユウトさんが金曜日に生放送番組を持っているのを知っている小豆島勢は、写真を見て驚く という算段だ。
ツナギに着替えるよう言われたユウトさんは車に戻り後部座席で荷物を探る。
8月の妖怪イベントの時にユウトさんが会場に忘れて帰ったツナギをユウさんが持って帰って保管しているのだ。
なかなか見当たらないのか、荷物を探る音が続く。
「えー?ユウさーん?ツナギどこに入れとるん?」
ユウトさんが大きな声で聞いてきた。
「ツナギ?
ユウトが持ってるんじゃなくて?」
ユウトさんの問いかけにユウさんがキョトンとしている。
「え…?」
車の後部座席を探っていたユウトさんが目を丸くて、こちらを向いた。
あ、これってもしかして…
私が気づくと同時に
隣からユウさんがヒュッと息を飲む音がする。
「ああああああああぁぁぁ!!!ヤバい!忘れとったーーーー!」
迷路のまちの路地に一際よく通るユウさんの悲鳴が響き渡る。
妖怪美術館から近いはずの場所だから、聞こえていたらどうしようと一瞬ドキっとする私。
ユウトさんが兄やんになり切るのに必要な青いツナギは、未だユウさんの家にあるようだ。
「…今からダイキに行ってツナギ買おう。」
その言葉を合図に、私たちは一路、ダイキ小豆島店に車を走らせた。
何を隠そうツナギは8月の小豆島イベント前にダイキで買ったものだったのだ。幸い普段から小豆島勢のツイートを確認していることで小豆島にもダイキがあることを我々は知っている。
しかし、ダイキはチョーケシ兄やんの出没ポイントとしても知られている場所だ。
青いツナギがありますように。チョーケシ兄やんが居ませんように…。祈るような気持ちで店店へ向かった。
3.その者青き衣を身に纏い (中岡勇人視点)
ツナギのファスナーを上げ、着ていた服を仕舞うと、僕は駐車場に止めてある車まで駆け足で戻る。
車の中からその様子を見て爆笑するユウさんとGOTOさんの笑い声が漏れ聞こえる。
滑るように後部座席に乗ると同時に車が走り始めた。西光寺に着くと、一目散に先程見つけた場所へ向かう。
「在庫あって良かったー!」
逐一こちらの現状を共有している闇のグループLINEも 、無事ツナギを買えたことに盛り上がっている。
ユウさんがカメラを構える。小豆島勢がやっていたのと同じように僕は西光寺の塔に向かって手をかざすポーズをとる。
シャッターが鳴り、画像チェックが入るとすぐに
あははははははは!
ユウさんやGOTOさんが爆笑する声が響く。
「おけ!じゃあ、何枚か撮るよー」
と言うので、モデルのようにシャッターを切る度にポーズを変えていく。
「これええやーん!」
腹を抱えて爆笑しながらユウさんが撮れた写真からベストショットを僕に見せる。
「ここの写真はこの2つでいこう」
と、言いながらユウさんは闇のグループLINEに共有をする。
やはり、沸きあがるグループLINE。メンバーの半分はこっちいるのに、LINEの通知音は鳴りっぱなしだった。
「さぁ、次はいよいよ宿舎さんやね!」
顔を上げたユウさんが悪い顔で移動を促す。
「ひゃー!ネタバラシ!」
「宿舎さん、ビックリするやろうなぁwww」
「楽しみぃー!」
「あ!動画、ちゃんと撮ってよ!頼んだよ!」
皆それぞれにワルい顔を浮かべながら跳ねるように車に戻る。
間違いなく、今までの人生で1番楽しいチェックインの時間になる。
そう思いながら僕は窓の外を眺めた。
4.君の名は(国民宿舎ナカのヒト視点)
「あのぉ、ここで働けるって聞いて来たんですけどぉ~」
「働かせて貰えるって聞いてぇ~、
私たちぃ、面接に来ましたぁ~」
闇チームの予告無しの来訪に驚きすぎて膝から崩れ落ちた私を、嬉しそうに囲んで闇チームの面々が言う。
「あ、今日はチョーケシ兄やんも来ててぇ…」
「どぉーもぉー☆」
青いツナギを着てよく似た髪型の中岡さんの姿に、ここまでするかと思うと笑いしか出てこない。
「もーーぉ!ちょっとぉー!」
と言いながらも、少しずつ冷静さを取り戻してきた頭で思い返す。今日の宿泊者の中に宮崎ユウの名前も、中岡さんや後藤さんの名前もなかった。
生放送のある金曜日だし今回は日帰りなのだろう。それにしても驚いた。
「今日は…隠密ですか?隠密…?」
立ちあがりながらの私の問いに、
「そうなんですー。バレないように別のお友達に予約してもらってー」
「チェックインしてくれますぅ?」
と答えが返ってきて、一瞬解釈に時間がかかる。
その私の様子を見て、ユウさんがもう1度言う。
「予約はしてるんで、チェックインお願いしまーす!」
ようやく理解が追いついた私の視界の端で初めて見る人がぴょこんとこちらへお辞儀する。
え、この人が宿泊予約の名義の人!?
「えええええええ!そうなのぉ!?宿泊するのぉ?」
言いながらも、驚きのあまりまた後退る。
今まで自分達が来ることを隠すために別の人を用意して連れてきた人がいただろうか。
どこまでするの、この人たち。
闇メンたちは包囲網をさらに狭くして、改めて驚く私を取り囲むと、フロントまで私を連行し始めた。
「そうそう!妖怪さんとこにはこれからネタばらしに行くんですよぉー☆」
とワルい顔をしてこちらに微笑みかける面々。
これはアレだ。鬼滅の刃の「お前も鬼にならないか?」のヤツだ。
そう理解すると途端に面白くなって、私は手を叩いて笑った。
「それは面白い!」
そう笑う私に、
「実はこの後ツイートに使う匂わせ写真も撮ってるんですよぉ。ほら」
とスマホの画面を見せくれた。私たちが撮っていた写真とそっくりな、だけど写っているのは兄やんの格好をした中岡さんの写真だった。
なにこれ面白い。
その瞬間、私は迷わず闇に魂を捧げた。
もちろん、彼らが来ていることは妖怪さんには内緒だ。兄やんも姉やんもビックリするだろうなぁ…。そう思うと、とても楽しくなった。
あぁ、この人達はこんな楽しい気持ちで今日1日島に潜伏してたんだ。
「とりあえず、第1弾の宿舎さんへのドッキリは大成功やね☆」
「いえーい!」
喜び合う闇メンたちのチェックイン手続きをするためにフロントに入りながら汗を拭く。
さぁ、今夜は楽しくなるぞ
と気合いを入れた。
我々小豆島軍団が、
仕掛けられたプロレスを返さないわけがないのだから…。
「あ、ところでご予約のお名前は…?」
次からは普通に宿泊してもらおう。
闇メンにそうお願いする事を心に決めて、私は名義の人に問いかけた。
視界の隅では、自分の闇メンシールが貼られた館内清掃用のルンバを見つけたGOTOさんとユウさんが騒ぐ声がフロントに響いていた。
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