【書くラジオ】#22 パンプスを目指して

街中でふと見かけたものに、痛烈に憧れる瞬間がある。皆さんには、そんな瞬間はありますか?

新しい職場に勤め始めて1週間が経つ。先日、仕事帰りに電車に乗っていたら、同い歳くらいの女の子がふと目に入った。私はドアの真横の手すりのところに立っていて、その女の子は私から少し離れた吊り革を掴んで立っていた。黒ジャケットとチノパンで、彼女も仕事帰りなんだろうなという格好だった。

彼女が可愛かったから、というのはもちろんあるのだけれど、私は彼女が履いていたベージュのパンプスに心を惹かれた。目を奪われた。先が少し尖っていて、ヒールのあるベージュのパンプス。なんて可愛いんだ!と思った。仕事=黒い靴だと思っていた私は、先の丸い、ストラップ付きの黒い靴を履いていた。立ち仕事の時もあるので、ヒールの一切無い黒い靴だ。

そうだ。次にお給料が入ったら、あんなパンプスを買おう。仕事に行く時は、自分のことを可愛いと思えないと戦えない!と信じて止まない私は、名前も知らない彼女に憧れた。

その2日後。職場で立ち仕事をしていたら、少しだけ踵が痛い気がした。履いていたのは、あの時と同じ先の丸いぺたんこ靴。うーん、ずっと立って動いているから、踵が靴に当たって皮でも剥けちゃったかな…?そんな風に思いながらも気にしないふりをして仕事を続けていたら、同じ業務の女性の方が

「大丈夫?靴擦れしてない?」と耳打ちしてくれた。

「あぁ〜、なんかちょっとだけ痛い気がするんですよね〜」と言いながら、ちらっと自分の足を見た私はゾッとした。

「だよね?血が出てるのが見えちゃって…!」

痛いよね?と何度も聞いて心配してくれた女性に、何度も何度も謝った。見苦しいものを見せてしまったことに、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。と同時にあの女の子のパンプスを思い出した私は、少しだけ悲しくなった。こんなぺたんこの靴で靴擦れを起こすなんて。パンプスなんて、私にはまだまだ早い。ヒールで日々戦っているのであろうあの彼女との戦闘能力の差を思い知らされたような気がした。

私、こんなんで大丈夫かな…?

そんな風に弱気になった私に、周りの方々が次々に「大丈夫?絆創膏持ってる?」と声をかけてきてくれた。持ってないです、本当にすみません…!と焦る私に「全然いいよ!私持ってるから取ってきます!」と言ってくれた。

パンプスを履いて戦える私になる前に、今日お世話になってしまった人たちに優しくなりたい。ベージュのパンプスに辿り着くまでに、必ずそこを経由するんだと決めた。情けなさは消えないけれど、大丈夫。まだ始まったばかりだと言い聞かせている。

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