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そっとしておくという応援の仕方

どんな親でも先生でも、子どもの才能を伸ばしてやりたいし、できる限りの支援をしてあげたいと思うのはあたりまえだと思う。
もちろん、親も子も楽しんでいるうちはまったく問題がない。
でも、少し注意が必要だと思うのは、ほかの子より少しばかりできる子に対する、周囲の反応と期待のかけ方だ。

幼稚園児、習字を習う

私は、幼稚園に入ると同時に習字を習い始めた。小学校に入る前に、文字の読み書きができるようにという親の配慮からだった。真新しい習字道具を買い揃えてもらって、近所の習字教室に通いだした。初めて硯で墨をすったときの香りは今も鮮明に覚えている。
初日は、先生からお手本をもらって、漢数字の一から練習していたと思う。
「筆をすっと入れて少しだけ力を加える。それから、滲まないよう持ち上げて、かすれないように力加減、最後は止めてはね返し」そんな風に説明しながら、書き方を教えてくれた。
当然だが、まったく何を言っているのかわかっていなかったと思う。でも、私は何の苦労もなくお手本に近い字を半紙の上に表現できた。先生はあきらかに驚いていたし、少し興奮気味に私を迎えに来た親と長々話し込んでいた。その後も習字教室では、かなりかわいがられていたと思う。
頑張らなくても、どんどん級が上がった。単に、スイミングやそろばんと違って、習字は筋がよかった。
おそらくそんな感じのちょっとした才能、得意な領域のようなものは、誰にでもあるはずだ。

周囲からの期待と2番手である安心感

小学校の3,4年生ぐらいから、周囲はコンクールのようなものに出品することを勧めてくるようになった。学校の先生、両親、習字の先生、みんなが私に入選を期待するようになった。
冬休み明けの「書初め大会」などは、私より周囲が熱心だった。冬休み中は、毎日半紙30枚以上という練習量が課せられた。これはまったく面白くなかった。それでも作品は、市や県の書初め大会に出品され、入選すると市庁舎のホールに展示され、学校の集会で表彰状を受け取った。
だけど、私は決して自分が一番だとは思ったことがなかった。同じ学年の由美ちゃんは、私より数段もセンスが良かったし、とにかくうまかったのだ。
私と由美ちゃんは、コンクール入選の常連だった。毎年、2人とも入選することがあたりまえのようになっていた。
私は、てっきり由美ちゃんは習字が好きなんだと思っていた。一度、母が「由美ちゃんの文字は、のびのびしていて力があるわ。型どおりに書いただけのあなたの習字とは違うのよね。」と言ったことがある。この一言は、すごくよく分かったし、私が一番でないことを母が認めたことにちょっぴり安堵した。それに、私は、由美ちゃんの文字が好きだった。何故かわからないけど、好きだった。

最後のコンクール

私たちは6年生になり、最後のコンクールに向けて準備していた。私は、これを最後に習字はやめることになっていた。その代わり、英語や数学の塾に通うことが決まっていた。中学入学準備として、体よく習字から離れられることに内心ほっとしていた。
最後のコンクールの後、もちろん由美ちゃんも私も入選したのだが、由美ちゃんもこれを最後に習字はやめると言っていた。

「ひとりじゃなくてよかった。ずっと真奈美といっしょだったからね。」

私は少し驚いた。由美ちゃんは、習字が好きで、これからも習字を続けていくと信じていたから。
私は、由美ちゃんというナンバーワンがいてくれたから、それなりに周囲の期待に応えることができた。それでも、だんだん習字が面白くなくなっていった。由美ちゃんも結局私と同じだったのだ。小さい頃は、ふくよかな墨の香りや、毛筆の質感をただ楽しんで文字を書いた。周囲の大人たちには、何の悪気もなかった。むしろ良いところをもっと伸ばしてあげようと思っての応援だった。
それでも、由美ちゃんも私も、周囲の期待と称賛に応えていくのは、もうしんどかったのだ。

あたりまえの危険性

親や教師にとって、子どもを褒めたり、期待したりするのは、ごくごくあたりまえのことだろう。しかし、この当たり前が、意外に危険なのだ。子どもは周囲の期待に敏感だ。最初は楽しんでいたことも、だんだん褒められることや期待に応えるということが目的になってしまう。さらには、期待に応えられなかったらどうしようと心配になる。そうすると、当然長続きはしなくなる。誰だって、他者の期待にこたえ続けるのはしんどいからだ。

褒めるなとか期待するなと言っているわけではない。ただ、そっとしておくという応援の方法もあるということを知っておくといいと思う。
子どもには、学ぶ環境だけを与えたら、あとは好きなようにやらせておけばいい。芽が出るも出ないも、子どもの素質次第だけど、伸びるかどうかは周囲のかかわり方にもよる。自由が保証された場所では、遠慮なく停滞もできるし遠慮なく伸びることもできる。

「お好きにどうぞ。楽しんでね。」そんなおおらかさを含んだメッセージが、きっと一番の肥料になる。

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