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分断を超える知恵

ひとりの黒人男性が、白人の警察官に首を圧迫されて死亡した事件をきっかけに、人種差別に対する抗議デモ #Black lives matter がアメリカ中に広がり、盛んにメディアで取り上げられその波紋が世界に広がっているさなかに、この本が届いた。

「ステレオタイプの科学」 クロード・スティール著
「社会の刷り込み」は成果にどう影響し、わたしたちはなにができるのか

本書は、ある集団に対して社会が抱くイメージ(ステレオタイプ)が、人間のパフォーマンスにどのような影響を及ぼすのか、また、そのスティグマを払い除けて、ステレオタイプの脅威から抜け出すにはどうすればいいのかを、いくつもの研究を積み重ねて明らかにしている。

・アメリカで起こったこと

この本の冒頭は「私は黒人なんだ―。」で始まる。

 この本に書かれているのは、アメリカでの研究結果をまとめたもので、文化の違う日本人の自分にも理解できるのか、そんな懸念もあった。アメリカにおける人種差別は歴史が長く根深い。黒人に対する差別はもちろん、黒人以外の有色人種に対する差別もあると感じるし、理解は進んでいてもLGBTに対する偏見が解消されたわけではないと思う。

 以前、シカゴに滞在していたときのことである。私は、ダウンタウンでタクシーに乗った。ドライバーは、陽気で話好きな韓国人のおじさんだった。目的地までの道中、自国の話や家族の話をしてくれて、私の家族もここに住んでいるのかと聞いてきた。妹が国際結婚をしてシカゴに住んでいると答えると、私の話が終わらないうちに、妹の夫は白人かどうかを尋ねてきた。彼女の夫はドイツ系の白人だと言うと、おじさんは、「She’s very lucky.」を何度も何度も繰り返した後、目的地つくまで、極端に口数が少なくなった。

 さらに、タクシーを降りて数時間後、小さなカフェに入った。窓際の席に案内されて、ピザを堪能し、食後のコーヒーを飲んでいると、カフェのオーナーらしき女性が私のところにやってきた。
「少しだけ話せる?」と聞かれたので、「OKだ」というと「あなたが中国人か日本人かわからないけど、漢字は書けるか」と尋ねられた。もちろん書けると答えると、「来週、LGBTに対する差別や偏見をなくすためのパレードに参加するので、Love & Peaceを漢字で書いてほしい。」と頼まれた。漢字はcoolだけど、うまく書けないからぜひ私に頼みたいという。快諾すると、彼女は画用紙くらいの大きさの紙とマジックペンを持ってきた。どうせ書くならと気合が入り、毛筆調の文字で「愛と平和」と書いた。そうこうするに、私は、オーナーとウェイトレス、そして2組の同性カップルに囲まれる形になっていた。みんな、とても喜んでくれて、私は心のこもったハグとブラウニーをもらってそのカフェを後にした。

 これらは、たった数時間うちに私の身に起こったことだ。私にとって、アメリカ社会を垣間見るのに十分な経験になった。日本で暮らしている限り、こうした直接的な差別や偏見に向き合う人々に出合う機会は極めて限られている。

・アイデンティティの制約を受けない人はいない

アメリカでの研究だから、日本にはあてはまらないかもしれないし、そもそも理解が伴うのか、このエピソードを思いだしてそう感じずにはいられなかったのだ。
しかし、心配は杞憂だった。この本に書かれていることは、人種というステレオタイプについてのみ書かれているわけではないし、少し目を凝らせば、私たちの周りにも、数多くの「本人にはどうすることもできないステレオタイプの脅威」が存在していることに気づく。
「女子は数学が苦手」「高齢者は記憶力が悪い」「都会の人は冷たい」「子育ての中心は母親」など、アイデンティティに紐づいた制約は、数限りなく散らばっている。つまり、アイデンティティによる制約を受けない人など存在しない。

私たちの誰しもが、例外なく日々ステレオタイプの脅威にさらされている。ここでもっとも厄介なのは、ステレオタイプの脅威にさらされ、人生の大事な局面で、思うような成果を残せないのは、自分の所属する集団への愛着が強く、努力を積み重ねてきたタイプだという点である。自分がこのステレオタイプを追認してしまうのではないかという恐れが、パフォーマンスを悪化させてしまうのだ。

これほどもったいないことない。

「自分に関する評判が当たっていようが、そうでなかろうが、何度も、何度も、何度も頭に叩き込まれれば、それが本人の性質に影響を与えないわけがない」             ゴードン・オルポート(社会心理学者)

・精神論や根性論は役に立たない

世の中にいまだはびこる精神論や根性論だけでは、この問題に対処することはできないともいう。何をどう変えれば、ステレオタイプの脅威を軽減できるのか、実践的な研究から5つの対処方法を導き出している。教師や経営者をはじめ、リーダーシップを必要とする立場の人は、ぜひ本書を読んで、確認してほしい。分断を超えて、アイデンティティに由来する苦境に陥ることはないという安心感を与えること、それが、多様性のある社会をより豊かなものに変えていく可能性にアクセスするカギとなることを確信するだろう。

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