ワタシのハタチ。
ハタチ。
なにかと節目になることが多い、ハタチという1年間。
子どもから成人となり、一気に自由が増える。と同時に責任も大きくなる。毎日学校へ登校して授業を受け、受験を乗り越えてきた。児童から生徒へ、生徒から学生へと変わっていき、10代が終わった。2019年秋、私はハタチを迎えた。
二十歳と書いてハタチと読む。私はこの1年間を大切に生きたいと思った。ハタチという1年間を特別にしたいと思った。理由はわからない。
ハタチの年越し
私のハタチの1年間で自慢できること、それは2019年から2020年の年越しの瞬間。いろいろあって、私は海外で年越しをすることに成功した。
死ぬまでにやりたいことのひとつだった年越し海外。本当にいろんなことが重なって、だいすきなシンガポールで2020年を迎えることができた。2019年のクリスマスから日本を飛び出し、台湾、タイを満喫し、シンガポールで年越しをして帰国した。家族と過ごさない年末年始は初めてだった。
毎年もふもふのパジャマを着て、家族で紅白歌合戦を見て、年越しそばを食べて、ジャニーズカウントダウンLIVEを見ながら年越して、初詣に行くのが毎年のルーティーンだった。
今年は夏服で、シンガポールで一番人が集まる場所で、夕方から場所取りをして年越しのスタンバイをし、いろんな言語が飛び交う中、カウントダウンをして2020年を迎えた。2020年になった瞬間、その場にいた人たちの興奮してる姿、熱気、視界におさまらないくらい豪華な花火。死ぬまでにやりたかったことを達成できたときの感情は、今でもうまく言葉に表すことができない。ただ、あの瞬間は今でも鮮明に覚えてる。死ぬまで忘れたくない。
カタチに残して伝える
ハタチを迎えてから始めたこと。それは、家族や祖父母に向けて手紙を書くこと。
私が生まれてから今この瞬間まで、なにをするときも応援してくれて、たっぷりの愛情をくれて、甘えさせてくれた祖父母の存在。私の祖父母は幸いみんな生きてる。でも100パーセント健康とは言えない。祖父母孝行したくても、遠くまで旅行には連れていけないし、なにかものをあげるのも違う気がする。今の私になにができるだろうか。
そこで私は、手紙を書くことにした。20年間ありがとうの気持ちを込めて、祖父母に送った。昔ほど頻繁に会えないし、電話もなんだか照れくさいし。手紙ならモノとして残るし、いつでも読み返せる。私の文字が、文章が、手紙が、祖父母が元気に過ごしていくための励みになれたらいいなあ、そう思いを込めて手紙を書いた。
それから、数カ月に1回、気が向いたときに手紙を書くようにした。どんな風に過ごしているか、どんなご飯を作ったか、なににハマっているか、これからの楽しみはなにか、小さな日常を言葉にして、ひとりでも頑張ってるよってことを伝えた。近況報告の手紙でも、涙を流しながら読んでくれたこともあるらしい。お互い離れててなかなか会えない生活、少しでも安心してもらえるように、笑顔になってもらえるように、手紙を書くことは続けることにした。
一度だけ、両親にも手紙を書いた。20年間育ててくれてありがとうと、20年間お父さんお母さんおつかれさまを伝えた。長女の私は生まれて20年。同時に両親もお父さんとお母さんになってから20年。今では当たり前になってる子育てだけど、私の知らないところでたくさん悩んでくれたんだろうなあと。
高校受験も大学受験も前例がないまま私を側で支えてくれた。勉強に関してはあまり口出しされなかったけど、テスト週間にドライブに連れてってくれたり、一緒にご飯食べに行ったり、両親なりに支えてくれてたなあと、今になって思う。高校も大学もあんまり相談せず自分で調べて決めたのもあって、全部自分で乗り越えたって思ってたけど、その環境を作ってくれてたのは間違いなく家族で、両親がいなかったらできてないことだなあって、今だからわかる。
ハタチになったときの手紙は、両親を泣かせようと意気込んで書き始めたのに、結局当時頑張ってたことをつらつら書いてしまって、泣かせれんかった。今こうやって振り返って書いてても泣きそうなくらい、両親には感謝してる。この感謝の気持ちは結婚式で伝えよう。
今日のシェアハピ
もうひとつ、ハタチになって始めたこと。正式には今年の4月からスタートした、みなさんご存じ”今日のシェアハピ”。
きっかけは、ある一冊の本。春休みに読書しようと思ってたまたま読んだ本に、前向きになるためには毎日のありがとうを見つける、みたいなことが書いてあった。
どうしてもネガティブ思考になってしまうのに悩んでた私は、これを真似て、1日のよかったことをインスタのストーリーに毎日あげることにした。いわばポジティブになるための特訓。当時はどのくらい続けるかも考えてなくて、とりあえずで始めてみた。
1週間、2週間と続けていると、少しずつコメントをいただくことが増えた。シェアハピ楽しみにしてるよ、めっちゃいいね、こっちまでハッピーになる、嬉しい言葉をたくさんいただいた。いつまで続けるか決めてなかったから、とりあえず4月いっぱいでやめたけど、コメントをいただいてたのと、終わるのさみしいっていう声があったのが嬉しくてうれしくて、GW明けから再開してしまった。毎晩ストーリーあげるだけなら負担も大きくないし、自分も1日の振り返りができるし。でもまさかこんなに続けるとは思ってなかった。
今では、シェアハピあげ忘れて寝かけてても、シェアハピあげてなかったって思いだしてぱっと目が覚めるくらい。ここまできたら皆勤賞目指したいなあ。
このシェアハピを始めて、前よりはなんとなくポジティブになれてる気がする。無駄に考えすぎることがなくなったし、特に最近はなにもしてなくても楽しい。それはそれで問題かもやけど(笑)必ずしもシェアハピのおかげとは限らんけど、私にとってプラスになってることはたしか!始めてよかった!
会いたい人に会いにいくキャンペーン
もうひとつ、忘れちゃいけないのが、この「会いたい人に会いにいくキャンペーン」。
夏休み前半まで、世の中の事情もあってずっと家にいた。本来なら航空券調べて宿予約して、いろんな楽しみに心躍らせながら過ごすはずだった春夏。遊びに行けないってなったら、家でパソコンと向き合うか、バイトするか、そのくらいしか選択肢がなかった。とはいえ、おうちだいすきひとりだいすきなもんで、そんなにつらくはなかったけど。ただ、画面上では何回も会ってるのに、1回もオフラインで会ったことない人たちにはひたすら会いたいが募ってた。
そんな人たちに会いにいくためにこのキャンペーンは始まった。ひたすら私が会いたい人に会いにいくだけのもの。夏休み後半は、毎週家を飛び出していろんなところに行ってた。この1か月間は遊ぶ!って決めてバイトも入れず、とにかく楽しんだ。
ずっと画面の中の人だった人たちに会えて、対策をしながら観光もして、おいしいものを食べて。前期家で大人しくしてた反動がすごかった。これはこれで自分らしくてすきだった。
ハタチの夏、いろんな制限はありながら、誰かに会いたいって気持ちとそれに対する行動力が存分に発揮された季節だった。
会いたい人に会いにいくキャンペーン、おすすめです。
ワタシのハタチ
そんなこんなで、私のハタチは終わった。1年間あっという間だった。やりたいことやって、行きたいとこ行って、会いたい人に会って、自分の心に素直な1年だった気がする。
なんとなくだけど、自分の成長も感じることができた。できることの幅が広がり、自由が増えるハタチ。それと同時に人としての責任も大きくなるハタチ。
ワタシのハタチは、いろんな可能性にあふれてるハタチだった。不可能だと思ってたことが、やってみると意外とできたり、難しいと思っていたことが、そんなに難しくなかったり。自分で自分の可能性を狭めるのはもったいない。やって後悔よりやって後悔。これを強く思った。
こんな感じでこれからも1日1日を大切に過ごしていきたい。とはいいつつだらだらしちゃうだろうけど、それはそれでいい。それも私には必要な時間であって、無駄ではない。
21歳。小さいころ想像してた21歳の自分とはだいぶ違うけど、自分らしさを忘れず、毎日楽しんでいく!
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