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私にとって特別な存在。


特別な存在ってどんな人だろう。人それぞれ、いろんな答えがあると思う。

実際、私にも特別な存在と呼べる人がいる。特別って一言で表すにはもったいないくらい、私にとって、私の人生において不可欠な存在。今回はそんな人たちと関わっていく中で感じたことを言葉にしていく。





10年以上の仲

私にとって特別な存在といえる人が2人いる。

1人目は、小学校中学校の同級生で、9年間のうち6年間同じクラスだった。(1学年3クラス、毎年クラス替えあり)小5、中1、中2以外は同じクラス。

最初に仲良くなって遊びだしたのは小学2年生の頃。お互いの家に行き来したり、学校のグラウンドで遊んだり、小学生らしい遊びをしてた。次に遊んだ記憶があるのは小学4年生の頃。遊び方はあんまり変わってないけど、この頃はほんの少しだけけんかもした。今思えばなにやってたんやろって感じの衝突。ザ、小学生ですね。

小学5年生で1年間クラスが離れて、6年生でまた同じになった。この頃は遊んでたかは覚えてないけど、それまでよりも少し大人になった付き合い方をしてた気がする。笑 卒アルにメッセージ書きあったけど、そんなに深い関係ではなかったかな。クラスメイトってくらい。

中学生になった。部活もクラスも違って、接点はほとんどなかった。3年生で久しぶりに同じクラスになった。最初はなにもなくただのクラスメイト。6月くらい、いろいろあってひとりでいた私に話しかけてくれたのがその子だった。正直同じクラスになったときは、その子の部活にいい印象を持ってなかったのもあって、少し避けてた。話しかけてくれたのを機に、教室移動をいっしょにする仲に、休憩時間を一緒に過ごす仲になっていった。同級生として過ごしてきた9年間の中で、1番距離が近くなっていた。

高校は別々だったけど、中学を卒業しても会っていた数少ない友達の中のひとりだった。そしてJK生活を経て、私たちは大学生と社会人になった。

それから2年と半年くらい経った。高校の頃より今のほうが会ってる。その子が車を持ったのもあって、うちに遊びに来たり、いっしょに私の実家に帰省したりしてる。自分の実家より、私の実家のほうが好きらしい。笑

小学校1年で出会ってもう15年目くらいの仲。きっと毎年仲の良さを更新してる。小学校からの知り合いで、今でも連絡とったり会ったりしてるのは唯一なんじゃないかっていうくらい数少ない存在。常に連絡とってるわけじゃないけど、何かあれば連絡するし、車で移動中は近況報告をするし、無言になっても気まずくない、そんな存在。

なんにも考えてないように見えて意外と考えてて、相談したら親身になって考えてくれる。最近はどんどんきれいな女性になってて会うたび大人だなあって思う。変に気遣わず、いっしょにいて居心地がいい。

ちょっと長くなったけど、1人目はそんな感じの子。


突如表れた女神

私の人生の転機になったのが、高2春の転校である。この転校はでかかった。学校の先生も、授業で使う教材も、制服も環境も全部変わった。大学受験に向けて2年間使ってた英単語帳も、文法に関する教材も、古典の授業のやり方も、元の学校とは異なっていた。

高校3年生になるときに人生で初めての転校。編入試験を受けて、合格をいただいて、春休みにいろんな先生とお話して新学期を迎えた。みんなのクラス替えを見届けて、わけわからんまま始業式に参加して、そこで初めて校歌を聞いた。

人見知りの私を救ってくれたのはクラスのテニス部の女の子たちだった。お弁当も1年間いっしょに食べたし、常に誰かがそばにいた気がする。自分にはもったいないくらい素敵な人たちだった。

その子たちとは別に、気づいたら仲良くなってた子がいた。なにをきっかけに仲良くなったかは覚えてないけど、放課後残っていっしょに勉強したり、授業でわからんことあったら教えあったり、駅までいっしょに帰る仲になってた。土日や夏休み、冬休み、自由登校期間も毎日学校に通って、冬の寒い日にはいっしょにココア買って飲んだりして。私の大学受験においてその子は不可欠な存在だった。相談するのが苦手な私も、その子には悩みを相談してた。私にとって唯一無二の存在だった。

なんとかいっしょに受験乗り越えて、大学生になった。頻繁に連絡とるわけではないけど、私が帰省するときには連絡して、都合が合えば短時間でも会っておしゃべりしてる。どこかお出かけするわけでもなく、駅のパン屋さんで会ったこともあったな。転校した私にとって、数少ない地元の友達と呼べる人。

自分のやりたいことにまっすぐで、がんばりやさん。メッセージには思いやりと優しさがたっぷりで、自分もこんな人になりたいなあって思う。甘え上手でしっかりしてて、ずっと笑っててほしいくらい癒される笑顔の持ち主。

またまた長くなってしまったけど、この子が2人目の私にとって特別な存在、これからもずっと仲良くしていたい存在。


話してて感じたこと

2人と会って話してて、感じたことがある。それは、どんな私でも受け入れてくれるということ。

2人以外の仲良くしてくれている人たちがそうでないわけではない。ただ、2人と話してると特にこれを感じた。

私の少し恥ずかしい部分やコンプレックスに感じている部分。きっと話したら笑われる、少し馬鹿にされるかもしれんってことを話した時、私の想像とは裏腹に、2人は受け入れてくれた。何事もなかったかのように、笑わずに、そうなんだって返事してくれた。私が思っていた反応と違って、自分が少し戸惑ったくらい、そのくらいナチュラルに受け入れてくれた。

そのとき、この人は私の中で特別だなって思った。これからもずっと大切にしたい、なにかあったら報告したい、時間があれば会いたい、がんばっていることがあるなら応援したいって思った。

それだけじゃない。その子たちは私にいろんなことを話してくれる。そんなこと私が聞いちゃっていいのって思うくらい、プライベートな話をしてくれる。それが嬉しかった。私に話してくれることが、嬉しかった。



特別な存在

たったひとつのリアクション、ほんの少しの会話、短時間のおしゃべり、ちょっとのやり取りで相手の受け取り方や感じ方が変わってくるんだって思った。

出会ってからの時間も、いっしょに過ごした時間も関係ない。連絡を取る頻度も、回数も関係ない。時間と仲の良さや信頼関係は比例しないんだってことを身をもって感じた。

2人にとって私がどんな存在かはわからない。普通の友達の中のひとりかもしれないし、特別な存在かもしれない。でも正直それは関係ない。自分がどうしたいかが大事じゃんね。




今までたくさん助けてもらった分、私にもできることがあるなら支えたいって思う。生意気かもしれないけど、応援したいって思う。

夢ができたとき、なにかに成功したとき、好きな人ができたとき、悲しいことがあったとき、悩んでるとき、つらいとき、どんなときも報告したい、報告しなきゃって思わせてくれる存在を、大切にしたい。

一度きりの人生、2人に出会えてよかった、ありがとう。






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