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活動電位は如何にして軸索を伝導するか #00056

 前回の記事では「ケーブルを電気が伝わる仕組み」について話しました。今回は、このケーブルを「神経軸索」に置き換えて活動電位の伝導を解説していきます。(小野堅太郎)

 金属線では自由電子の動きによって電気的な変化を起こすことができます。自由電子の流れにくさを「抵抗」といいます。電気の流れやすさは「コンダクタンス」といって、抵抗の逆数です。抵抗の単位は「Ω」ですが、コンダクタンスは「S(ジーメンス)」となります。conductionが「伝導」という意味ですので、conductanceに「伝導性」という訳があってもいいとは思うのですが、生理学ではカタカナで「コンダクタンス」というのが通例になっています。神経信号において活動電位が伝わることを「伝導」といいますので、イメージが繋がってしまいがちなのでカタカナにしたのかもしれません。

 ちなみに、もう一つの神経信号の伝え方であるシナプス「伝達」ですが、英語でトランスミッション(transmission)です。transmissionは他分野学問で「伝導」と訳されていることも多いのですが、神経生理学の中では「伝導(conduction)」と「伝達(transmission)」は厳密に使用しないといけません。日本語では似てるので、ややこしいですね。

 さて、活動電位ですが、神経軸索内で引き起こされる急激な電圧上昇変化です。上昇した後直ちに元に戻りますが、発生時間は僅か1000分の1秒(1ミリ秒)です。これが神経軸索の一端で発生すると、もう一端まで同じ形の電位変化が「伝導」していきます。これは、ケーブルでは起こらないわけです(前回の記事参照)。ケーブルなら、抵抗に従って伝わる電位変化は段々と小さくなっていきます。ところが、神経軸索内での活動電位は減衰しません。これを「不減衰伝導」といいます。興奮伝導の3原則のうちの一つですね。

興奮伝導の三原則

 減衰しない、ということは通常の自然法則(ケーブルでの伝導)に反しています。つまり、何か特殊なメカニズムが存在していることが示唆されます。研究者たちは、この謎を解くのに躍起になるわけですが、そもそも、たった1000分の1秒の電気現象が「生理現象である!」と気づく研究者が少なかったと思われます。多くの人たちは「実験の失敗(アーチファクトもしくはノイズ)」と考えていたようです。原理仮説の発見、新規実験手法の開発、そして分子解明までの流れは、今後の記事で紹介します。

 なぜ減衰しないのか。それは、軸索の1部分で発生した活動電位は、隣の軸索部分へ「ケーブル特性」によって電位変化を伝え、その刺激が「活動電位の閾値」を超えることで、新たに活動電位が発生する。そして、その活動電位が次のお隣の軸索部分へ「ケーブル特性」によって電位変化を伝え、その刺激が・・・というように連鎖的に軸索領域で再生されているからです。つまり、厳密には「伝導」しているわけではなく、近傍の軸索膜で連鎖的に活動電位が発生しているわけです。

 ん?であるならば、初めに活動電位が発生した部位では、ずっと活動電位が発生し続けるのでは?という疑問は生まれてきます。そもそも「閾値」を超えるとなんで急速な電位変化が起きるの?という疑問もあります。科学で第一に必要なのは「観察」です。まずは、再現可能な不思議な現象をとらえることが必要です。そして、その不思議さを既知の知見から解説する(仮説を立てる)ことになります。科学の第二番目は「仮説の検討」、つまり実験です。

 活動電位が明らかになるためには、「電圧固定法」と「パッチクランプ法」という2つの新たな実験手法の開発が必要でした。この2つとも「ノーベル賞」の対象となりました。この話はまだまだ後です。次回は、「化学」の観点から細胞膜における電位差形成について話していきます。

00:00 前回の復習
00:30 今回のダイジェスト
00:54 本編スタート(伝導と伝達)
02:01 活動電位は軸索各部で再生される

04:46 不減衰伝導とは(興奮伝導の三原則)
08:32 活動電位の伝導メカニズム概説
09:16 理解を深めるための3つのこと

補足・訂正

 動画で「細胞膜は絶縁体」と言っていますが、厳密には間違いです。「脂質二重膜は絶縁体」ですが、「細胞膜」にはイオンチャネルがありますので「伝導体」です。とはいえ、軸索内部で発生した活動電位を他の神経軸索に電気的に伝えるものではありません。

動画クイズの答え

 YouTube動画エンディングのクイズの答えは、「反応を引き起こすギリギリの強さの刺激のこと」です。閾値という言葉は、生理学という学問では活動電位だけでなく、味覚などの感覚受容でも頻繁に出てきますので、理解しておきましょう。

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