見出し画像

活動電位の発生メカニズムはどうやって解明されたか! #00059

 前2記事でようやく活動電位メカニズム解明に至る背景を話すことができました。要するに、さんざん実験して基本的な細胞膜の電気的特性が明らかになったにもかかわらず、神経がどうやって情報伝導を行っているかは不明だったわけです。そこで4人のスーパー電気生理学者たちが現れます。(小野堅太郎)

 1年前、下の2記事が代表するようにマナビ研究室では「神経の電気反応」について語ってきた(吉野先生と小野がそれぞれ執筆)。すべての始まりは18世紀後半のガルバーニ(イタリア)による「カエルの坐骨神経の電気刺激で足が動く」という発見だった。この発見は、電池の発明からフランケンシュタインという創作へと繋がるわけだが、「なぜ神経断端への電気刺激で遠隔の骨格筋収縮が引き起こされるのか?」という科学ミステリーは20世紀半ば、第2次世界大戦後まで解決されることはなかった。解明には電子工学の発展が必要であった。

 第2次世界大戦中、ドイツ軍の暗号機解読するために、秘密裏にある数学者がイギリス政府の暗命により召集される。コンピューター開発者として有名なアラン・チューリングである。AIもこの人から始まっている。彼によるコンピューター(自動計算器)により人では大変な計算をミスなく客観的に行えるようになっていた。

 同じくイギリスでは、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジでスルメイカの巨大軸索を用いた実験が始まっていた。1952年、30代の研究者、電子工学に詳しいホジキンと数理計算に詳しいハクスリー(ホジキンより3つ年下)の二人がイオンチャネル仮説に関する一連の論文を発表する。

 彼らはまず、「電圧固定法」を開発した。神経活動は電位変化である。与えた電気刺激に対して、ある電圧ラインを超えると一定の急速な電位変化(活動電位)が生じる。考え得るのは、「膜電位に依存して急峻にイオンの透過性が上昇して電位が変化しているのではないか」という仮説だった。現在は当たり前だが、当時は平衡電位を決定しているカリウムイオンの膜透過性は安定的であったので、電位に依存したイオン透過性の変化は突拍子もない説であった(一部の研究者を除いて)。電圧を上げているのは細胞膜を横切るイオンによるイオン電流と想定されるが、電圧変化の記録(電流固定法)では「電圧による電流の変化」を捉えることができない。そこで、電圧変化を起こさせないように逆電流を流して補正する電圧固定法の回路が組まれた。これにより、各電位設定時に補正した分の電流を計測すれば「電位に依存した電流量」を計測することができる。イカの巨大軸索は1本の軸索内に電極線を差し込めるほど大きいということで標本として採用された。

https://physoc.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1113/jphysiol.1952.sp004716?sid=nlm%3Apubmed

 この実験により、静止電位から脱分極すると軸索内へのナトリウムイオン流入による電流(内向き電流)が一時的に流れ込み、カリウムイオンの流出による外向き電流が発生することがわかりました。さらに得られた結果から時間に関する微分方程式を構築し、電流特性から電圧変化をコンピューターでシミュレーションすることに成功します。まだ、1952年(昭和27年)、サンフランシスコ平和条約の年です。Journal of Physiologyに掲載されたものだけでも5本の論文が発表されている。これにより、神経回路シミュレーターが可能となり、H-Hモデルという名前で現在も使われています。

https://physoc.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1113/jphysiol.1952.sp004764?sid=nlm%3Apubmed

 ちなみに小野も大学院生と一緒にH-Hモデルを使用して薬物の影響による神経応答の変化をシミュレーションした論文を最近報告しました。

 これから11年後の1963年に、二人はノーベル賞を受賞します。この二人と共に仕事をしたベルンハルト・カッツは「神経伝達物質の発見」で1970年にノーベル賞を取っています。彼はドイツ人ですがナチスによるユダヤ人迫害のためにイギリスへ移っていました。そこへ故郷のドイツからベルト・ザクマンがやってきます。そして、ドイツのマックスプランク研究所に移ったザクマンはエルビン・ネーアーと「パッチクランプ法」を開発します。3人目と4人目の登場です。

 ホジキンとハクスリーが論文を発表した1950年代は、まだ「チャネル(流入経路)」という概念がなく、後に広がっていったものです。ネーアーとザクマンの二人は、1976年、Nature誌に「単一チャネル電流の記録に成功した」と報告します。カエル骨格筋を標本としたもので、ニコチン性アセチルコリン受容体チャネルと思われます。これにて、細胞膜に「イオンチャネル」なるモノが存在することが証明されます。その後もパッチクランプ法の改良を続け、1991年にノーベル賞を授与されます。

 ガルバーニの発見から200年経って、活動電位のメカニズムがようやく理解されました。とはいえ、まだわからないことも多いです。つい最近、哺乳類の有髄神経軸索の再分極過程では、信じられていた「電位依存性カリウムイオンチャネル」ではなく、「電位依存性」であるとの報告がありました。面白いです!

 さて次回は「神経シリーズ」最終回です。神経線維は「跳躍伝導」というさらなる進化を遂げて伝導速度をアップさせます。

00:00 前回の復習
00:30 今回のダイジェスト
00:53 本編スタート(活動電位)

02:00 脱分極・再分極・不応期
07:10 質問「そもそもなぜNaイオンの透過性が上がるのか?」

補足・訂正

 note記事では触れませんでしたが、上記の動画では、電位依存性ナトリウムイオンチャンネルの同定は日本のグループがその後に達成したことを語っています。動画でも語っていませんが、電位依存性ナトリウムイオンチャンネルの構造解析も日本が一番乗りだったと思います。

動画クイズの答え

 YouTube動画エンディングのクイズの答えは、「チャネルの一部にある電荷をもった構造が膜電位の変化で動き、その構造変化でイオンを通す孔が開く」というものです。

 1998年に、ロックフェラー大学のロデリック・マキノンがKcsAチャネルというカリウムイオンチャネルの構造を発表します(2003年にノーベル賞受賞)。この発見を起点として、なぜ電位変化でチャネルが開くのか、なぜイオン選択性があるのか、といったことが次々と解明されることになりました。電位依存性については上記の通りですが、イオン選択性はちょっと難しいです。だって、ナトリウムイオンはカリウムイオンより小さいですよね(周期表を思い出してください)。カリウムイオンが通るなら、ナトリウムイオンも通るんじゃないの?となりますよね。この矛盾は次のように理解されています。

 イオンは実は単体ではなく水分子と緩く結合した状態(水和)で存在します。カリウムチャネルの開いた穴は、カリウムイオン単体でないと通れないサイズの孔でした。その孔にはカルボニル基(−C(=O)− )があって酸素原子が負に帯電しており、水和したカリウムイオンがぴったり収まって水分子を外し、カリウムイオンだけになって通過できるのです。ナトリウムイオンは小さいので孔にスカスカで引き寄せられるので、カルボニル基で水分子を外すことができずに弾かれてしまう、という説明です。この辺のメカニズムは、別の動画でまとめます。なるほど。納得です。構造を決定することでさらなる謎が解けたわけです。

全記事を無料で公開しています。面白いと思っていただけた方は、サポートしていただけると嬉しいです。マナビ研究室の活動に使用させていただきます。