ありすぎる島なにもない島 その2

 この島にはナンバープレートの無い軽トラや原付が至る所にある。しかもどれも鍵は刺さりっぱなし。派出所もなければ駐在さんもいないのがこの島の平和さをさらに加速させて物語っている(代わりにある程度は海上保安庁が管理していたりする)。ガソリンスタンドすら無いのだからガソリンの補給もストーブを給油するように自分で注ぐ。当たり前と言えば当たり前だが目の当たりにするとすごく面白い。ガソリンが薄いピンク色だということを知っていただろうか。俺はこの島のおかげで知った。ちょっとしたボートの運転の仕方や原付の運転の仕方も小さい頃そこでオトンに教えてもらってたくましく育ててもらった。(時効でしょうから目を瞑って頂きたい)

 泊まった次の日の早朝、俺とオトンはオキアミ(エサ)と釣具を持って船着場に出かける。ケイジ君の釣り用のボートなのだがもう使う人は俺とオトンくらいであるだろうそれに乗り込んで沖へ出るのだ。オトンがエンジンオイルやその他色々と確認をしてポンプをシュッシュと押したりしているのだが俺にはそんな細かいことまではさっぱり。
さぁ出発進行だ。朝は波も低く風も落ち着いていてすごく気持ち良い。吹かれる風ではなく自らが風を切って感じる風だ。そしてひんやりと冷たい。

 1〜2時間ほどしてボート中央部の蓋を開けて池巣を眺めると大体がアジで時々サクラダイ、時々カレイという面子だ。俺が小学生の頃は沖でもサバやメバルがよく掛かっていたのにだんだんといなくなってしまった。温暖化の影響なのか水質の問題なのか獲り過ぎなのかは分からないが、それを肌で感じて来た。親父が小さい頃なんて家の裏のちょっとした溝があってそこでうなぎが獲れたらしい。
話が逸れたが、釣れた魚達を持って帰って婆ちゃんに見せるのが俺はすごく好きだ。そして婆ちゃんがその魚達を手際良く捌くのを見るのが物心付いた頃からずーっと好きだ。年季の入った包丁をガシガシと研いで年季の入った木のまな板を用意するとすごいスピードで頭と内臓を落として刺身用と煮付け用にあっという間に仕上げていく。
煮付け、刺身、味噌汁、全てが釣れたての魚で最高の昼ご飯だ。

食リポを書こうとしたがうまく書けなかったからどうか松重豊さんを島に呼んで孤独のグルメをやってくれないだろうか。
きっと頷きながら「うーん、、このアジ、、、、とろとろの醤油に絡んで、、実に美味い」と心の声が聞こえてくることだろう。

 昼ごはんが終わって16時くらいの便(本島に戻るための最後の便)に乗って帰るために荷造り。自分たちが釣った魚と西川のおいちゃん達が漁で獲った魚を実家に持って帰るために発泡スチロールに詰める。田舎町の人はどうもお節介が過剰なようであれも持ってけこれも持ってけとすぐ言ってくる。言ってくれる。大事な人にはとことん尽くせということを思い出させるのだ。

バシャーーーーー

 この島の時間はゆっくり流れているのにとても短く感じる二日間。今はなかなか島の婆ちゃんに会いに行けないけれど寂しい思いはしてほしくないと心から想う。東京から婆ちゃんに電話すればオレオレ詐欺じゃないかと疑われたこともあるがATMなどこの島に無いし西川の人達もいるから大丈夫。そしてたまに俺や家族が帰ってだんらんのグルメが行われているから大丈夫。ありすぎて何もない島が東京だとして、なさすぎて何かある島がここ。無いことと有ることは紙一重であり表裏一体だ。表側が忙しい日常だらけでいっぱいいっぱいな時は裏っ側にめくって見るといい。何度も書いて消して考え直したことが浮き出て見えてくる時がある。


ビーーーーーーー!


豪快なエンジン音が響いてこれから俺の聴力と共に島は遠ざかって行く。そして俺はこれでいいのだと紙を表に戻してまた書き進み始める。