めんつゆとポン酢を間違えると心臓飛び出る

確かあれは小学校低学年の頃だったと思う。土曜の昼飯にオカンが蕎麦を茹でてくれた。さぁ食おうと俺は虎が獲物を狩るようにがっついた。

「ズルルスパーーーーン」

壁にボールを思いっきり叩きつけたように蕎麦がつゆの中に跳ね返されていった。兄貴が爆笑していたのを今でも覚えているが兄貴のイタズラと言うわけではなくて間違いなく間違えたのは俺だった。俺自身がめんつゆと間違えてポン酢を出してしまっていた。肺の中全てが酸味に一瞬で掌握されてしまった。その日は食欲がなくなってしまい昼食は食べなかった気がする。本当にビックリした。その日から数年間、俺は蕎麦が食えなくなった。


そして引き続き多分小学校低学年の頃だったと思う。夏休みに香川からいとこ家族が遊びに来ていた時だ。俺の姉ちゃんといとこのお姉ちゃんがお昼ご飯にチャーハンを作って家族みんなで食べた日があった。俺はカチカチとスプーンの当たるチャーハンのあの音がすごく好きだった。

「モグモグモグ、ガリっ」

俺はすぐに姉ちゃん達に卵の殻入ってるよ!と伝えた。ん?待てよ。

「スッペぇ、っフォ!」

卵の殻までなら心の準備は出来ていたがチャーハンに存在するはずのない酸っぱさで口の中がいっぱいになってすぐに吐き出した。すると二人の姉ちゃんが爆笑していた。今度は俺の間違いでは無い。計られた。「アタリだね!」一個だけビタミンCの錠剤入れて運試しをやったらしい。その日は全部チャーハンを食いきったが俺の精一杯の強がりだった。あんなに好きだったスプーンの当たる音すら酸っぱく聞こえてしまう。本当にビックリした。その日から数年間、俺はチャーハンが食えなくなった。ハズレだね。


そしてこれまた小学低学年の頃だった。学校では給食は残してはダメだと誰もが教えられて来ただろう。じいちゃんばあちゃんが米農家だから苦労もわかる分俺もそう思う。ある日先生が給食の時間いつもと違う促し方をした。

「残しちゃダメだよ〜お米の一粒一粒が百姓の汗の結晶なんだからね!」

「え?・・・・これって汗なの?」

すこぶる素直な少年だった俺は今口の中で噛んでいるこれが汗なんだと気持ち悪くなって直ぐにティッシュに吐いて捨てた。その教え方は人によっちゃ本当に逆効果だ。先生もビックリだったろう。その日から数年間、俺はお米が食えなくなった。


大人になって鏡月を飲みまくって吐き鏡月が飲めなくなり、ウイスキーを飲みまくって吐きウイスキーが飲めなくなった。だがどちらもすぐにまた飲めるようになった。やはり子供の頃の衝撃の方が桁違いに強い。ポン酢色の深い黒の模様、そしてビタミン剤色の鮮やかな黄色の毛並み、新米の如く白く輝く牙の獰猛なトラに噛み付かれたウマこそまさに幼き頃の俺だったと言う訳だ。ちなみにトラウマの語源はギリシャ語らしいので虎と馬は関係無い。