ありすぎる島なにもない島 その1

昼前の船着場は沢山の漁船、防波堤の先では数人が釣りをしている。1日に3本しか出ない連絡船を待つのはいつもは島の人と郵便屋さんしかいない。

「おう、おかえり」

タバコを咥えたケイジ君が俺とオトンを迎えてくれる。ケイジ君は親戚であり、連絡船ひらい丸の船長だ。オトンに顔が似ている。と言うか島の人はみんな島の人だよねって顔をしている。俺はオカン似だから受け継がなかったが俺の兄貴は若干だが”島の顔”を受け継いでいる。

ビーーーーーーー!

出発のサイレンが鳴り白い煙とガソリンの匂いを吐き出しながらエンジンが物凄い轟音を立てる。風がすごく気持ち良く船後方の外の席で到着までの約15分間を過ごす。島の人からすれば風の気持ち良さなどいつも通りすぎてどうと言うこと無いらしく外の席にいるのは大概が帰省の人や釣りをしに外からやってきた人だ。船が本土を離れるに連れだんだんと携帯の電波も届かなくなり手持ち無沙汰になってしまった。携帯一つ使えなくなるだけですることが無くなるなんて鉄とプラスチックの塊に頼りすぎているよまったく。実際、エンジンの轟音で会話は全然聞き取れないはずなのに島のおっさんとおばさんがガハガハ笑いながら談笑している姿を何度も見た。インターネットの届かないこの島の人たちは恐らく何か違う電波を発してお互い連絡を取り合えるようになったのではないだろうか。携帯をしまってボーっとしているとケイジ君が乗船料を集めて回っている。オトンが二人分の乗船料を渡すとなにか話してケイジ君はまた職務に戻った。やはり島の人は轟音の中で話せる能力を持っている。

 エンジンの音が次第に弱くなる頃、見慣れた緑色の船着場が見えてきた。

ビーーーーーーー!

エンジンの轟音から解き放たれた俺とオトンは荷物を持ってひらい丸を降りた。轟音のせいで一時的に風の音だとか波の音が遠くに聞こえる。瀬戸内海に佇む小さな小さな島。ここが俺の婆ちゃんの住んでいる島だ。

 広大なみかん畑、港には乾いたタコツボと漁船とボート、いりこの加工工場、軽トラと原付、野良ネコ、あとは民家。これくらいで話が着いてしまう俺が大好きな何もない島だ。携帯に目をやると相変わらず圏外。腕を精一杯伸ばして歩き回ってやっと一つ目の電波柱が立つくらい。しょうがなく連絡を返せないと言う状況はすこぶる心地が良い。ここで過ごす1泊2日の間だけはやる事がある自分と無縁になることが出来る。

 船着場から5分ほど歩いたところに婆ちゃんの家はある。道中、あと数十年すれば島を飲み込むんじゃないかという程育ったアロエがあったり野良ネコが警戒心も無くその辺に5匹寝転んでいたり、錆びたジェットスキーがコテっと置いてあったりする。

「おかえり」

「ただいまー」

いつも通り縁側に置いた椅子には婆ちゃんが座っていて嬉しそうだ。そして玄関を上がって畳の匂いを思いっきり吸い込み、これまた玄関に置いてある段ボールの中からミカンを一つ取り出して食べる。これが至高の時間。この地域のみかんは大島みかんとして全国に出荷されていて俺が小さい頃はみかんの収穫を家族で手伝ったこともあった。婆ちゃんは今では作っておらず島のどこかで誰かが作って配ったりしているのだろう。なんにせよ大島みかんは昔から今までずっと美味い。

 それから少しだけくつろいだら西川の家にも顔を出しに行く。西川の家とはケイジ君の実家で西川のおじちゃんとおばちゃんは漁師をしている。夜中から朝にかけて漁に出るためおじちゃんは夕方まで大体寝ているがおばちゃんは元気に起きていてタバコをくわえてビールを飲んでいる。日に焼けた顔とタバコとビールがとても似合っていて松本大洋の作品に出てくる雰囲気のかっこよさだ。俺とオトンも席に付くと冷蔵庫から机の上にビールと缶のコーラをドンと置いてニカっと笑う。俺は迷わずコーラを選んでオトンはビールをプシュっと開ける。

「煮付け食うか?」

コトン、と目の前に味の染み込んでいそうなそれが置かれる。今日は漁でメバルが獲れたらしい。これが西川流のおもてなしだ。かなりのロケンロー。たまらない。

バシャーーーーー

防波堤にぶつかる波の音だ。遠くなっていた聴力が波に運ばれて戻って来た。


その2へ続く