「ミックスナッツ」が再解釈する『SPY×FAMILY』—アダプテーションとしてみるアニメソングー

はじめに

 
 「ミックスナッツ」とは、2012年に結成されたバンド“Official髭男dism”が2022年4月15日にデジタルリリースし、同年6月22日には同名EPのリード曲としてCD版が発売された楽曲の名称である。遠藤達哉の同名マンガ作品をアニメ化した『SPY×FAMILY』(2022-)の第一期オープニング主題歌でもあるこの曲は、ポピュラー音楽作品の人気の代表的な指標のひとつである「オリコン週間 合算シングルランキング」において、2023年6月現在までほぼ一年のあいだトップ20入りを続け、最高順位2位を記録している。本稿は、この楽曲のとくに歌詞について、原作マンガ『SPY×FAMILY』に対する創造性や独自性を読み解くことで、原作のあるアニメソングをアダプテーションの一種として捉える視点を提示するものである。

アニメソングとアダプテーション

 
 リンダ・ハッチオンによれば、アダプテーションとは「特定の作品の公表された包括的な置換」であり、そこには「つねに(再)解釈と(再)創造の両方が含まれ」、「翻案元作品との広範な間テクスト的繋がり」をもっている[2012:10-11]。アダプテーション研究では、はじめ小説を主とする「文学作品の映画への『翻案』あるいは『改作』」について考察されたが、「近年その対象をもっと広範な領域にも広げ」、「また様々なテクスト間、メディア間のアダプテーション」も対象とするようになった[武田2017:4]。例えば、ジェイン・オースティンの小説『高慢と偏見』(1813)のアダプテーションに、1995年BBC制作の映画や、1996年制作のドラマ『ブリジット・ジョーンズの日記』がある[岩田、武田、武田2017:ⅱ]。ハッチオンが日本語版への序文で挙げた例に従えば、黒澤明が『マクベス』を翻案した『蜘蛛巣城』も当てはまるし、『サザエさん』はマンガからアニメへのアダプテーションの一例である[ハッチオン2012:ⅳ]。これらに限らず、アダプテーションは現在いたるところに存在しており、私の考えではいわゆる「アニメソング」の一部も、これに含めることができる。
 アニメソングをアニメ作品の一部とみるならば、音についてはともかく、その歌詞は独自性をもった音楽というよりも、後続する、あるいはその前に流れる本編の映像に従属するものだと思われがちである。アニメソングの歌詞に注目した石田美紀[2017:77]が前提としたように、「歌詞は作品の世界観を伝える手段」であるとみなされてしまう(下線部引用者)。しかし、あるアニメ作品が翻案元となる作品を持っているならば、アニメソングと本編の映像は、それぞれ原作から同時に成立した二種類のアダプテーションであるといえるのではないか。じっさい、「ミックスナッツ」の作詞作曲者でボーカルでもある藤原聡が作詞の際に参照したのは、まだ(映像としては)完成していないアニメではなく、原作マンガである。

基本的には作品を読んで感じたことを思うままに書いてほしいと、信頼してお任せいただきました。

「ヒゲダン、星野源が語るアニメ『SPY×FAMILY』の楽曲作り」『日経エンタテインメント』302号(2022年5月号)、日経BP、pp.20-21 


「ミックスナッツ」の歌詞読解 


 「ミックスナッツ」をアニメ作品の一部分ではなく、原作マンガ『SPY×FAMILY』のアダプテーションと考え、両テクストの関係のより詳細な観察を試みる。注目するのは、主に楽曲の歌詞である。
 もちろん、音楽的な形式や演奏形態も楽曲の一部である。「Official髭男dism「ミックスナッツ」Music+Talk」という音声番組で、曲の複雑な構成について「スパイアニメだということで、やはりルパンだったりとか、カウボーイビバップみたいな、クールな質感も欲しいよなということでね!(中略)ジャンルもミックスナッツで行こうと。」と藤原が語るように。さらに、ある楽曲の中から歌詞だけを取り上げ、ただ言語的な水準から分析を加えることの危うさも指摘せねばならないだろう。増田聡[2006:95-116]がサイモン・フリスなどを援用しつつ語ったように、「ポップソング」は歌詞だけで成立するのではない。聴衆が聴いているのは、独特の歌唱や声を含んだ音楽それ自体であり、歌詞はそれらの要素と結びつくことで、多様な意味作用を及ぼしている。それでもなお、歌われる歌詞だけを読解の対象にするのは、音楽それ自体を言葉にしようとすると、あまりにも多くのことが語れてしまうからだ。例えば、「ミックスナッツ」が転調を繰り返すのは、スパイアクションとスラップスティックとが同居する原作マンガの慌ただしさを反映しているのだ、ということもできてしまう。本稿では、あまりに主観的な判断に陥ることを防ぐため、ひとまず、歌詞に注目する。歌詞の全文を次に掲げる。歌詞(改行および空白の挿入は[ Official 髭男 dism 、 2022 ] に付属する歌詞カードに拠った。)

 歌詞

1 袋に詰められたナッツのような世間では
2 誰もがそれぞれ出会った誰かと寄り添い合ってる
3 そこに紛れ込んだ僕らはピーナッツみたいに
4 木の実のフリしながら 微笑み浮かべる

5 幸せのテンプレートの上 文字通り絵に描いたうわべの裏
6 テーブルを囲み手を合わすその時さえ ありのままでは居られないまま

7 隠し事だらけ 継ぎ接ぎだらけのHome, you know?
8 噛み砕いても無くならない 本音が歯に挟まったまま
9 
不安だらけ 成り行き任せのLife, and I know
10 仮初めまみれの日常だけど ここに僕が居て あなたが居る
11 
この真実だけでもう 胃がもたれてゆく

12 化けの皮剥がれた一粒のピーナッツみたいに
13 世間から一瞬で弾かれてしまう そんな時こそ
14 曲がりなりで良かったらそばに居させて
15 共に煎られ 揺られ 踏まれても 割れない殻みたいになるから

16 生まれた場所が木の上か地面の中か それだけの違い
17 許されないほどにドライなこの世界を 等しく雨が湿らせますように

18 時に冷たくて 騒がしい窓の向こうyou know?
19 星の一つも見つからない 雷に満ちた日があっても良い
20 ミスだらけ アドリブ任せのShow, but I know
21 所詮ひとかけの日常だから 腹の中にでも 流して寝よう

22 隠し事だらけ 継ぎ接ぎだらけのHome, you know?
23 とっておきも出来合いも 残さずに全部食らいながら
24 普通などない 正解などないLife, and I know
25 仮初めまみれの日常だけど ここに僕が居て あなたが居る
26 この真実だけでもう 胃がもたれてゆく
27 この一掴みの奇跡を 噛み締めてゆく

読解に進もう(参照する歌詞の行数はゴシック体で表す)。歌詞を読むと、翻案元となるマンガ『SPY×FAMILY』を逐語訳したような、すなわち原作の台詞や設定を引き写して書かれた部分が多く存在することがわかる。5・6は、まさに「文字通り絵に描」かれた原作1話冒頭のシーンをいったものである。9の、生活が「成り行き任せ」であるという言い回しは主人公のロイド・フォージャーがアーニャという娘(主人公のひとり)を引き取ってからの近況の表現として原作中に現れる。10・25の「仮初め」という言い回しも、1話冒頭の「かりそめの平穏を取り繕っている」という台詞の模倣である。19の「星」および「雷」という隠喩は、原作でアーニャが通う学校にて褒章および懲罰として与えられるバッチのモチーフに拠っている。

つづいて、原作でみられる特定の状況を、この楽曲特有の表現で言い換えている箇所が見つかる。もっとも目につくのは、タイトルに始まり1・3・4・8・12・15・16・27にまたがる「ミックスナッツ」および「ピーナッツ」についてのくだりであろう。多数派=木の実と異なる生活を営む主人公ら三人を、豆でありながらミックスナッツの一つとして数えられるのが通例であるピーナッツに例えて表したものだ(この隠喩は楽曲にまつわる藤原らの三種類のコメント——先にあげた『日経エンタテインメント』、「Official髭男dism「ミックスナッツ」Music+Talk」に加えてアニメ『SPY×FAMILY』公式サイトに掲載の【コメント】——のすべてで言及されている)。この秀逸な見立ては、しかし、原作中には登場しない。確かにアーニャがピーナッツを好むことは原作単行本の1巻で[遠藤2019a:28]すでに示されているが、小さなコマの中でのじつにさりげない提示であるし、彼女のこの嗜好はその後の展開には全く影響しないうえ、そもそもピーナッツがほとんど出てこない。ピーナッツのイメージは、原作のもつ大量のキャラクターやかれらの諸関係をうまく圧縮しつつ喚起的にするための翻案といえよう。

より詳細に原作と歌詞を対照すれば、この楽曲が原作の読者としての反応を行っていることにも気づくだろう。24の「普通などない」というフレーズは、(偶然の一致であるという意見を無視する限り)単行本1巻における主要キャラクターヨル・フォージャーの「……あれがきっと/”普通”なのでしょうね…」[遠藤2019a:136]という発言への応答となっている。翻案元作品に新たなものを追加しようとする姿勢が最もよく表れている箇所だ。

さらに特定の行ではなく歌詞全体を概観することで、「ミックスナッツ」が原作に対して大胆な再解釈を行っていることが明らかになる。原作マンガにおいて、スパイのロイド・フォージャーと殺し屋のヨル・フォージャーが偽の家族を営むのは、あくまで自らの職務のため、国家や世界の平和のためである。かれらの行動原理は公僕心だ。そのために偽の家族があるにもかかわらず、共同生活の良さや自らがかつて属していた家族の記憶から「本当の家族」をつい形成しようとしてしまい、そのために騒動が起きる、というのが原作の基本的な構造である。一方で、この楽曲で問題になっているのは「自分たち家族の形態」と「何か漠然とした世間のイメージ(1・13・17をとくに参照)」の二者であり、関心はもっぱら私的な面にのみ向けられているのだ。「ミックスナッツ」が『SPY×FAMILY』を踏まえて行った最大の読み替えがここにある。そしてこの点において、「ミックスナッツ」は注目すべき一つのアダプテーションたりうるのだ。


参考文献 

  •  Official髭男dism、2022『ミックスナッツ』[EP]IRORI Records、Lastrum、ポニーキャニオン

  •  石田美紀、2018「アニメソング論——アニメと歌の関係」小川昌宏、須川亜紀子(編著)『アニメ研究入門[応用編]——アニメを究める11のコツ』現代書館、pp.69-92

  •  武田悠一、2017「アダプテーション批評に向けて」岩田和男、武田美保子、武田悠一(編)『アダプテーションとは何か——文学/映画批評の理論と実践』世織書房、pp. 3-24

  •  大橋洋一、2017「未来への帰還——アダプテーションをめぐる覚書」前掲書、pp.25-48

  •  遠藤達哉、2019-『SPY×FAMILY』集英社(1・2巻は2019a・b、3-6巻は2020a・b・c・d、7・8巻は2021a・b、9・10巻は2022a・b)

  • 増田聡、2006『聴衆をつくる 音楽批評の解体文法』青土社

  • 増田弘道、2011『もっとわかるアニメビジネス』NTT出版

  • リンダ・ハッチオン(片渕悦久、鴨川啓信、武田雅文 訳)、2012『アダプテーションの理論』晃洋書房

  • 「ヒゲダン、星野源が語るアニメ『SPY×FAMILY』の楽曲作り」『日経エンタテインメント』302号(2022年5月号)、日経BP、pp.20-21 

  • ORICON、“オリコン週間 合算シングルランキング”

URL:https://www.oricon.co.jp/rank/cos/w/(2023年6月12日閲覧)

  • 「【コメント】」、MUSIC│アニメ『SPY×FAMILY』

URL:https://spy-family.net/music/music_op.php (2023年6月12日閲覧)

  •   藤原聡 他四名、2022「Official髭男dism「ミックスナッツ」Music+Talk」[音声番組]

URL:https://open.spotify.com/show/6nlMnd5n0INo7EMg7s0me3 (2023年6月12日閲覧および聴取)

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