【日記】そういうもんだよ
グラスを拭いている私の斜め後ろで、予約の電話を取っていた上司がしょりしょりと鉛筆を削る音が聞こえた。ふっと無性に、ああ美しいなと思う。大英博物館の前の人気店のマネージャーと、十数年前にお城のある田舎街でセーラー服を着ていた10才の少女が同じことをしている。しょりしょり。
【そういうもんだよ】
「風邪ひいた?」
バイト先のバックヤード、10時間のちょうど半分の休憩時間。咳止めシロップで痛み止めを流し込む私に、年上の後輩が聞いた。いんや、なんかシンプルに体調が悪いね、という私の投げやりな返事に、「生理?」と想像の3億倍の感度で察した返事が返ってきた。話が早い。マジで毎回熱出た時みたいに関節痛くなるし今回に至っては喉やられたんだけど、と漏らせば、「わかる、今月私もそうだったよ〜」のあとに一言、「だけど、そういうもんだよね」と返ってきた。そういうもんなんだよ。
明るくてコミュニケーション能力がバリバリに高くて一緒に働いていて楽しい彼女のたった一言、「そういうもんだよ」の言葉がなんだか虚しくて、「そういうもんだよ」の一言で落ち込む感情も痛え腹も月に1回布団から起き上がるのが最果てなくだるい関節痛も飲み込むことになっている人体の不思議に、そこはかとないやるせなさを感じて、それがただひたすらに悲しかった。
【すごいひと】
最近、人に関わる機会が多かった。そこそこ仲の良い先輩が、私の別の知り合いに紹介してくれというので「すみませんが…」と繋いだ。後日連絡を取ったらしいが、先輩からありがと〜が来ただけではなくて、すみませんが…とお願いした方の人からも「紹介してくれてありがとう!」と連絡がきて、私はその懐の深さと連絡のマメさに深く深く感嘆するとともに、そういうのができる人が偉い人になっていくんだろうな、と思ったのだった。
【居場所がない】
直近で日本に帰った知り合いが、「あー日本に帰りたい、」とジメジメしたイギリスの空気の中でつぶやいた。「先輩もうちょっとで帰れるの、いいなあ」。やっぱり日本の方が過ごしやすいよね、という私に、日本にいるときはイギリスがいいし、イギリスにいるときは日本がいいですよね、どこにいてもずっとそう思うんだろうなあ、と言うのを聞いて、動けば動くほど居場所が無くなっていくのは私だけじゃないんだな、とひどく安心した。
【秘書が欲しい】
気合いを出して、終わらせられる限りの書類仕事を終わらせた。
奨学金の学期終了報告。大学経由で行くサマースクールの奨学金応募、二つ。家庭収入状況を提出しないといけないので、過去の戸籍謄本の英訳やら課税証明やらを引っ張り出して提出。内定辞退のご連絡。インターンの応募①。応募フォームが機能していないので確認メールを送る。マスターに関するウェビナーの申し込み。直近で受ける試験の受験票印刷と対策講座の確認諸々。あと一つ、参加したいプログラムの申し込みが残っているが、頭が全く回らないので終わりにする。社会人になったら、朝から晩までこういうことやってるのかなあ。朝から晩まで奨学金に応募してるの?手帳を眺めながら、そういうのを管理してくれる秘書が欲しいなあ、と思う。
【人生双六】
高校の後輩と話した。高校の居心地ってよかったよね〜という懐古である。その日の午後に、今度は全然別の文脈で出会った人とお茶をして、人の家庭環境とか背景とかって本当に人それぞれで、かなりしっかりその人の人生を規定しているんだなあ、と思う。明文化されていたとしても、されていなかったとしても。
どこかで書いた気がするが、人々が人生双六を明確に持っていることに驚くことが多々ある。いわゆる男性の友達もまあそこそこいるのだが、就活とその後の人生の話をしていると大抵、まあ研修して5年くらいしたら結婚して、2人くらい子供設けて、郊外に広めの家/都内にマンション(興味深いがここは個人的バリエーションがある)かなあ。まあその頃にはそこそこの給料になってるでしょ。新卒一括採用生涯雇用を自覚していることと、家族の形がそこそこ確定しているのがなんとも面白いなあと思う。私の知り合いたちの就職先が基本的にいわゆる「良い」会社であることが、生涯雇用を前提をされやすくさせているのはあると思うけれど。私が女だから彼らからそれ以外の面を、つまり私が同性の先輩と話す時に出てくるような人生の悩みを、引き出せないのかなあ、とか思うけれど、別に女子扱いされているわけでもない気がするので、関係ないのかなあ、とも思う。
主語を無駄に大きくするとその分信憑性も下がるので、認知には気をつけましょうね。
【正しい答え】
用事があって一瞬日本に帰るんですよね、とバイト先のマネージャーに言った。というか、店長に言わざるを得ないので、自動的にみんなに知られているシステムである。「日本に帰ったら絶対食べるのは何?」と言われて、何かなあ〜〜〜〜と長考しそうになったが、いやいやこれは「正しい答え」を求められているんじゃなくて、何か会話が回っていればその中身はなんでも良いのだと思い直して、「うーん何かなあ、おさしみかなあ、〇〇さんは前△△って言ってましたよね」で会話をスムーズに続けることに成功した。ちょっとコミュニケーションが上手になったんじゃないか。面接でもないかぎり、自分の話をダラダラして長くなってしまうよりは、会話がスムーズに回ることに注力せねばならんよなあ、というのが21歳の学びである。
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