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【読書感想文】「ボトルネック」米澤穂信

ネタバレになりうる内容を含みます。

米澤穂信の「さよなら妖精」って知ってます?と話していたら、全然違う方向から「米澤穂信のボトルネックいいですよ!」と返ってきたので読んだ。結構な勢いでおもろかったし。

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どちらかといえば、どちらかと言わなくても、嫌な話だと思う。どこで拾ったフレーズかわからないが、私の頭の中にはいつも「人は人の地獄を生きている」とという言葉が小さく小さく反響していて、それを体現したような。どんなに幸せに見える人でも、どんなに羨ましく見える人でも、外側からは知り得ない暗さを抱えて生きているのです。きっと。

主人公がパラレル・ワールドの(生まれてこなかったはずの)姉に出会ってしまう時、そしてできるだけ干渉しないように生きていたはずの人生が実は全くそうではなかったことに気が付く。それに気が付くのには遅すぎたのだ。

だけどその違いというのは、間違い探しをしなければ気が付かなかった違いでもある。だから、本当は気がつかなくてもよかった違いとも言える。そう思うと、地獄を生き抜いていく中で必要なのは僕が絶対的に正しいのだという意味のない、しかし確固たる自信と、それを表に出さずに飄々と生き抜く力ではないのかと思うのだ。

だって彼がしえた選ばなかった方の選択は、同時に彼が今日を生き抜くために必要だった選択であり、必要なものだったのだから。彼がああしていれば親は別れかったかもしれないし、カノジョは死ななかったかもしれないし、食堂のおじさんはきっと生きていた。あれをやってよけばよかった、こうしておけば良かったなんていう選択は無限に思いつくことができるが、それを選ばなかったのは当時それなりの理由があったからで、それは状況が変わってしまった将来から振り返るのは余りフェアでは無いと思う。俺は今正しいと思うからこれをする、しかしそれが将来的に正しいかは知ったことでは無い(なぜなら時間は進むから)。


自分が好きだと思っていた感情が自己愛だったとことに気がつく下りも、人を好きになるということは虚無の中で生まれる訳では無い点で、仕方がないんじゃ無いのと思う。私がみている世界は私の目を通したものだし、私が見る誰かは私と世界を共有している人で、私はその人を好きなのかその人がくれる何かが好きなのか、そんなことはよく考えたら狂うのだ。そういうことをひっくるめて箱に詰められてようやく、人間は生きられるのかもしれない。

私はミステリというものが嫌いで、というのは謎の説明が始まった3分目くらいでようやく「あ〜〜〜あの時のあれ!」みたいな気づき方をするからである。すぐに自分の洞察力で気づくか、全く気が付かないかの二択でありたい。


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