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【日記】暖かな春の日に

暖かな春の日に、私は実家の周りを歩いていた。

4月初め、どうしても日本に帰らないといけない用事があって4日間だけ帰った。人に会う暇は何もなかったので、誰にも言わないでこそっと帰って、こそっとまたロンドンに戻ってきて、しれっとシフトに入った。しれっと。

家の外に出る。母と別れて少しコンビニに歩く。カフェインを摂取しないと寝てしまうからだ。コンビニのプリンターで印刷しようと思ったら、プリンタの中に10円が残っていた。カウンターにいた外国人の店員さんに、Hi sorryと言いかけて危うくやめる。すみません、10円プリンターに残ってて、どうしましょう。店員さんは普通に「あ、すみません」と言って10円を回収してくれた。Thanksと言いかけて飲み込む。ありがとうございます。ちなみに印刷はシステムが変わっていて、できなかった。

コンビニを出て薬局に行く。カフェインを買う。ちいかわの声みたいなのが店内放送で流れている。今まで画像でしか見たことがなかったので、ちいかわの声はこんななのかとちょっと驚く。もっと無機質な声なのかと思っていた。抹茶のお菓子があったのでバイト先に買ってくか、と思ってエナドリと一緒にカウンターに出したら、おじさんの店員さんが「はい、いってらっしゃい」と言った。きっと徹夜明けで友達に会いに行く大学生とかに見えてるんだろうな、と思った。お釣りが金で縁取られた500円玉で出てきて、ちょっとだけ面食らった。面食らったけど、行ってらっしゃいのその無機質で機械的な声に勝手に暖かさを感じて、ああ日本だなあと思う。

春の暖かい空気に包まれて、17時間も空の上にいたことなんて綺麗さっぱり忘れて歩く。横断歩道のとおりゃんせの音楽も変わらないし、母校に向かっていく高校生がいるし、自転車は相変わらず歩道を走るし、実家の周りというのは何も変わっていなくて、それでこの国は私にとって暖かすぎて、私はこの国にいたらきっと、ぼーっと幸せな気持ちのまま腐っていくんだろうな、と思った。この国と実家は、私に安心感をもたらしすぎる。だけど同時に、いつかこの暖かい日差しの中で、後悔なく社会人になりに戻ってきたいな、と思う。それでそのまま、ぼーっと幸せな30代くらいを過ごせたらいい。

高校生の時の私が、腐り落ちなかった大学生活をみてちょっとでも微笑んでいるといいなと、春の日差しの中に思うのだった。どろっ。

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