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【終】僕が君に花向けの言葉を贈ってやろう

2024年6月7日をもって、私のUCLでの学生証は失効し、ひいてはそのうち実家に送られてくるだろう卒業証書(もしくはメールで送られてくるだろうPDFファイル)を待つのみになった。以下、大学を卒業できると仮定して文章を紡ごうと思う。

大学で何を学んだだろうか?国際関係論、記憶の政治、安全保障理論(特に社会学的観点)、リスク・レジリエンス。知らないものを学び知らないことの存在を知るということは、大学の学びらしくて好きであった。同時に、色々勉強したけど視点の問題から実際の仕事に役立つかはわからないなとも思った。私は個人として強くなったが、社会人の準備としては強くならなかった。

イギリスの大学どうですか?と言われるたびに、私が説明したいと思っていた事象にきちんと理論が与えられていて、今発展しているのを見るとここに居場所があったんだと思いますと言っていた。自分の興味が学問的に追求さて、追求されることで更なる意味を持つということは、ずっとずっと好奇心をくすぐり続ける経験だった。

高校生の私を思い返した時、あの時の私は、大学に進学するということを通して何者かになりたかったんだとようやく分かった。高校で光かがやく色々な個の中で埋もれていきながら、私はここに埋もれるのではないのだ、何者かになってやるんだと思っていたんだとようやく気がついた。それは小さな反抗期だったのかもしれない。だからと言って何者かになれたわけではないけれど、23歳の私は19歳の私が何者かになりたかったということを知った。

19歳の時に感じていた悩みとかしんどさとかは、23歳になったら、つまり大学を卒業する頃には解決していると思っていた。だけど、別にそんなことはなかった。いまだに19歳の後輩と普通に話が合うのでそれはそれでどうなのだろうかと思う。息苦しさも無力感も将来への不安も解消することはなかった。解消することはなかったけれど、それを理由に足を止めることはしなかったし、できる限り前に進み続けてきたつもりだった。それが、このナイーブさを内包し続ける言い訳であって欲しいと思う。

仕事が忙しくなると本を読めなくなるとよく言うが、大学生の間は本をよく読んだ。静かに内面に潜りながら、物語に飛び込み哲学書と取っ組み合いをし学術書をギトギトにしながら、いろいろなことを考えた。それは海外大に行ったからというよりも、日本と英国の合間でふよふよと浮かんでいられたからだった。足がつかないのはずっと怖かったけれど、足がつかないなりの自由もあった。

英国に4年間住んだ。英国に4年間住んだということは、いつのまにか国内での引越しと大して変わらない意味に埋没して行った。それは良いことだと思う。人間は自分の世界を少し広げて、慣れることで自分のものにして安心を得て、また退屈して他の世界を探しに行く。転勤族の娘であることが、実は有利に働いていたのだと思う。実際、人生を振り返っても4年おきに住居が変わることは、実は全く珍しいことではないのだ。

自分のやったことが、何かに収束していくのを見るのが嬉しいような、悲しいような複雑な気持ちだった。大学に入って高校生の時に見ていた向こう側に立ったのは一つの収束の形だったけれど、もしくは高校生の時に興味のあったことを大学で理論化して取り扱えた時には一つの収束をみて嬉しかったけれど、同時に就職活動の中で今までの人生について問われたときに、人生が一本のストーリーにまとまって御社で働く話に落とし込んでいかれるのがすごく悲しかった。四方八方にとっ散らかった生き方をしたい。これからも四方八方にとっ散らかりたいと思っている。

だから、そういう話し方をしない採用担当の人がいるところがすごく好きだ。最後の最後はそこに決めたいので(内定をください)。

留学をしていた4年間のうち、3年間はNoteが私の話し相手であった。3年間でこちらでできた友人というものは右肩下がりに減ってしまい、雑談というものをした記憶があまりない。雑談が苦手な性格にまた拍車がかかった。アルバイト先で雑談はずっとヘタクソなままだった。そんな時、溢れ出しそうな考えと言葉を整理するために、私はMacbookのキーボードを叩いた。

ここに書ききれないまま消えていった言葉たちもたくさんある。東京にいるときは、毎日のように人に会って話していたから、逆にNoteに残すはずだった言葉は誰かの耳に消えていった。社会的に(それも実名で書いている!)書けないようなことは、いつかの日記帳に消えていった。

私は物事を完遂するというのがとても苦手だ。だから、大学生になったらできるだけ最後までちゃんとやることを意識しようと思ってきた。今まで中途半端に終わることの多かったアルバイトも、大学を卒業するまで2年間と半年強続けた。本当はまあ3月くらいで辞めても生活には困らなかったけど、ちゃんと最後まで。少なくとも自分の生活と課外活動は自分の労働の対価で賄われていたということは、留学したことの後ろめたさを覆い隠してくれて、毎日をちょっと楽にしてくれたと思う。

さようならイギリス。さようならロンドン。さようなら大学生。大きな大学の端っこで勉強できて、目立った不幸もなくて、私は本当に幸せでした。普通に毎日しんどかったし辛かったしうまく行ったことの方が少なかったけど、途中であんまり行きたくなくなっていた高校生活も今思えば美しい青春だったように、喉元過ぎれば全ての熱さを忘れるんだと思う。

さようなら私の青春時代!願わくば大学生活が人生のピークではないことを。


以上を以て、大学を卒業して英国を離れるので、このノートの更新は終わりにします。今後は本名に紐付かない形でSNSをやりますので、文体が似ている人がいても別人だと思ってください。

フォローしてくださった皆様、フォローはしていなかったけど読んでくれていた皆様、ありがとうございました。

さようなら!

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